macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

climatic change と climate change (気候変化、気候変動)

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたか、かならずしも明示しません。】

【気候の専門家として用語説明を書こうとしたのですが、この記事はまだその目標を達成しておらず、個人的な用語の感覚についてのおぼえがきになっています。】

- 1 -
日本語での「気候変動」と「気候変化」ということばについては、まえに書いたことがある。

いまの時点でのわたしの考えはつぎのようなものだ。

  • 「気候変動」と「気候変化」の意味は同じではないが、対象にはかさなりがある。
  • ひとつの文章中で両者を意味を区別してつかわれることはほとんどない。
  • したがって、どちらをつかってもよい文脈にかぎれば、両者は同意語とみなしてよい。

- 2 -
ちかごろ、英語での「climatic change」と「climate change」が話題になった。

わたしは、このふたつはまったく同じ意味で、表現だけのちがいだと思っている。しかし、意味のちがいを感じる人もいる。たとえば、climatic change は学術用語で、climate change は世間一般でつかわれることばだと感じる人もいるようだ。

上にあげた [2016-09-27] の記事でしめしたように、Google N-Gram で、Googleがディジタル化した本に見られる用語をかぞえてみると、1988年ごろまでは climatic change のほうがおおかったのだが、その後、climate change のほうがおおくなっている。(データを更新してやりなおしても同様になる。) これには、IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change、日本語の公式表現は「気候変動に関する政府間パネル」) が 1988年に発足したことがきいていると思うが、それだけではないと思う。

わたしは自分では climatic change という表現をつかわないし、見ることもちかごろほとんどなくなっているが、雑誌名として Climatic Change があることを思い出した。これは 1977 年に創刊された学際的な学術雑誌で、現在は Springer 社から発行されている。

また、change はふくまれていないが、イギリスの East Anglia 大学の 1971年に創立された 略称「CRU」という研究所の名まえは Climatic Research Unit である。(わたしはながらく Climate Research Unit だと思いこんでいた。わたしが CRU の名まえに出会うようになったのは、つぎにのべる WCRP を知ってからだったからだ。)

World Climate Research Program (WCRP, 世界気候研究計画) は、ICSU (International Council of Scientific Unions, 国際学術連合会議、いまは ISC (International Science Council) となっている) と、WMO (World Meteorological Organization, 世界気象機関) が主体となって1980年からはじまった国際的な研究事業である。いまでは、UNESCO の IOC (Intergovernmental Oceanographic Commission, 政府間海洋委員会) も主体にくわわっている。

その事業の前身といえる GARP (全球大気研究計画 [注1]) は、Global Atmospheric Research Program [注2] だった。「(全地球規模の) 大気を研究するプログラム」なのだが、その「大気」をあらわすことばは形容詞の形になっていたのだ。同様に考えれば、WCRP の C も climatic になりそうなものだ。しかし、実際に climatic とした形を見かけたことはない。

  • [注1] その研究の実施中につかわれていた日本語名称は「地球大気開発計画」だった。これは日本の国の予算をとりやすくするための便宜的表現だっただろうと思う。人工衛星の利用をふくむ内容なので、すでに定着していた「宇宙開発」との連想があっただろう。
  • [注2] GARP のほとんどの出版物では、最後の語は programme とつづられている。わたしはかつてその表記を尊重してきたが、いまでは、これは単につづり字の慣習であり program としても同じ語だと考えている。WCRP についても同様である。

- 3 -
語のくみたてに立ち入って考えてみる。

基本は

  • 気候が変化する。

という文だ。英語では

  • Climate changes.

となる。ここでの climate は名詞で、主語となっている。単数複数や冠詞の問題があるが、ひとまず冠詞なしで単数としてみる。ここでの changes は動詞だ。現在形であり、主語が単数なので s をつけた。

これを「気候が変化すること」とすれば、文のなかでは名詞のようにあつかうことができるが、もうすこしちぢめた表現にしたい。日本語ならば

  • 気候の変化

でよい (学校文法的には、名詞+助詞 が 名詞を修飾している構造である)。さらにちぢめて

  • 気候変化

でも通じるだろう (こちらは学校文法的には1語の名詞になった複合語である)。

英語では、(わたしには) まず

  • change of climate

という表現が思いうかぶ。ここでの change は名詞である。ひとまず、単数形、冠詞なしでつかっている。それを「of climate」という 前置詞+名詞 が修飾している。英語の of は所有格と同じ意味になることがある。しかし

  • [?] climate's change

という表現は見かけないし、変な感じがする。所有格は生物にはつかえるが、無生物には不適切だからだろうか。(「地球の」を「the Earth's」という表現は見かけるのだが、そこには地球を生物のようなものとみる発想があるのかもしれない。)

英語の、とくに学術用語では、このようなとき、名詞に対応する形容詞をもちこむことが多い。それでつぎの形がでてくる。

  • climatic change

わたしはこれを見ると

  • [?] 気候的変化

または

  • [?] 気候的な変化

という日本語表現を思いうかべてしまう。それには、「tic」と「的」の音が近いせいもある。(日本漢音のもとになった唐代の漢語では、「的」の音は tik または tek に近いものだったはずだ。) 現代中国語ならば、「的 (軽声の de)」の働きはだいたい日本語の「の」と同じだから、「気候的変化」と書けば「気候の変化」にあたる意味になるだろう。しかし、現代日本語ではそうではなく、「気候的変化」は奇妙な表現と感じられ、学術的文章に出てきたならば、著者独自の概念をあらわすのかもしれないと思って読むだろう。

別の例をあげれば、「短期的変化」や「長期的変化」は、「短期」や「長期」が変化するわけではない。何か (それが何かはこの語のうちでは特定されていない) の変化を、その変化のしかたの特徴によって、形容しているのだ。(このばあい「短期変化」や「長期変化」でも同じ意味になるだろうけれど、「的」があったほうが「短期」や「長期」と「変化」との関係がわかりやすいだろう。)

わたしが「climatic change」という表現を見てちょっととまどうのは、瞬間のうちに、「何かが変化し、その変化のしかたが気候のようである」という意味を読みとろうとして、それをとりけす作業をしているのだ。

しかし、(わたしは)「atmospheric research」を「大気的な研究」と思うことはないし、「atmosphere research」とは言わない。どんな表現を無理なく感じるかは、同じ分野の用語のうちでも、語ごとにちがうのかもしれない。

他方

  • climate change

というのは、名詞と名詞をならべた複合語で、意味からすると まえの名詞があとの名詞を修飾しているのだが、そのしるしはない。もしかすると英語 native の人にとっては不自然な表現なのかもしれないが、いろいろな母語をもつ人の共通言語としての英語の語として、このような形が選択されやすいのだと思う。

- 4 -
いまの段階でのまとめとして、わたしはつぎのように考えている。

1980年ごろに、この分野の文章を書く人のあいだで、名詞を修飾することばを、形容詞の形にするか名詞の形にするかの感覚が変わり、climatic change がすたれて climate change がつかわれるようになったのだろう。

- 4X -
「climatic」特有の問題として、まぎらわしい「climactic」ということばがある。これは「climax」に対応する形容詞だ。「climactic change」といわれれば、たぶん、climax が変化することではなく、この語のうちでは特定されていない何かが劇的に変化することだと思うだろう。