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擾乱 (じょうらん)

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたか、かならずしも明示しません。】

ある人がネット上で「擾乱」 (じょうらん) ということばを論じていて、気象学用語でもあることにふれていた。

たしかに、このことばは日本語圏の気象学の文献ではよくでてくる。英語の disturbance に対応する。おそらく、英語の disturbance かそれとほぼ同じ意味のドイツ語の単語の訳語として導入されたのだろうと思う。

わたしは、気象学の専門の勉強をはじめた大学3年生ごろ (1970年代後半) にであった。しかし、意味のひろがりがぼんやりした語であると思えたうえに、「擾」という字はこの語でしかつかわないし、「擾乱」は「撹乱」(かくらん) とシルエットがまぎらわしいから、わたしは自分からつかうのはさけてきた (共著のときはつかうこともあるが)。

わたしはながらく、気象学と海洋物理学のほかの文脈でこのことばに出あわなかった。2010年代になって、日本史上の事件の固有名として「観応の擾乱」というものがあるのを知った。この「擾乱」と「応仁の乱」の「乱」とのあいだに意味の区別があるのか、わたしはよく知らない。

「観応の擾乱」は日本の政治の異常事態だったようだが、気象学用語の「擾乱」は日常に存在するものだ (特別に強い擾乱が存在するのは異常事態だが)。

気象の理論の議論では、基本の流れの場として、一定速度の直線運動とか、一定角速度の円運動などの、対称性のよいものをとることがある。そして、実際の流れの基本場からのずれをすべて「擾乱」とみなすことがある。ごく弱い擾乱もあるのだ。基本場に弱い擾乱がくわわった状態について「擾乱が増幅する状況ならば基本場は「不安定」であり、擾乱が減衰する状況ならば基本場は「安定」である」という議論 ([不安定]の記事参照) もする。ただし、このような文脈でつかわれる「擾乱」に対応する英語はむしろ perturbation であり、perturbation の標準的な日本語訳は「摂動」である。

現実の大気の場をあつかうときも、基本場以外はすべて擾乱とみなすこともあるが (そのばあいの「擾乱」は eddy ([渦、vortex、eddy]の記事参照) と意味がかさなってくる)、むしろ、はっきりした 渦 (vortex) や 波 などの形をとったものをとりあげて「擾乱」ということが多い。それにしても、大気の場にはだいたいいつでもなんらかの擾乱がある。そして、擾乱にはさまざまな空間規模のものがある。(空間規模の大きい擾乱と小さい擾乱が共存し、相互作用していることもある。)

気象現象の空間規模については、[スケール、scale] の記事でのべたように、水平方向の長さによって、大規模、中規模 (メソスケール)、小規模とわけられる。大規模はさらに、惑星規模 と 総観規模 ([総観規模 (synoptic scale)] の記事参照) にわけられる。気象学の文献では、水平規模が 千 km のけたの「総観規模擾乱」と 十から百 km のけたの「メソスケール擾乱」がでてくることが多い。中緯度の対流圏での代表的な総観規模擾乱は温帯低気圧であり、熱帯の対流圏での代表的な総観規模擾乱は熱帯低気圧 (台風をふくむ) である。しかし、「擾乱」ということばでしめされる対象がこのような代表的な形をしているとはかぎらない。