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スケール、scale

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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気象が専門の人と、地図が専門の人との間では、「large scaleの天気図」ということばが、まったく逆の意味になってしまう可能性がある。このことは、両方にかかわっているなかまうちの雑談ではたびたび蒸し返されるのだが、気づかない人は気づかないので、一度は明示しておく必要を感じた。ところがそうすると、英語の「scale」および日本語の外来語としての「スケール」には、とても多様な意味があることに気づく。とても全部をつくすことはできないが、気象学と地図学を教えた経験のなかで気づいたことを中心に、整理を試みることにする。

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専門用語に限定しない、英語の「scale」にはどんな意味があるか。研究社『リーダーズ英和辞典』第3版など、いくつかの辞書を見てみると、大きく次の3つがある (下に書くのはわたしの表現であり辞書のとおりではない)。2と3の意味は連続しているように思われるが、1はそれとは離れており、語源も別のようだ。

  1. 魚のうろこ。(それと同様な形のものとして) 温泉の「湯のはな」など、液体から析出した固体。
  2. (重さをはかる)はかり。動詞として「はかる」あるいは「重さがある」。
  3. (長さの)尺度、ものさし、目盛り。

この記事では、主に 3、それと関連がある範囲で 2 の意味について見ていく。

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気象で「スケール」と言うと、多くの場合は、注目対象となっている現象が、空間または時間の中でしめる大きさをさす。空間スケールをあらわす数量は、ふつう長さの次元のもので、渦なら直径または半径、波なら波長(理論的文脈では波長/(2 π)のほうがこのまれるかもしれない)などをとる。時間スケールをあらわす数量は、単発的事件ならば持続時間、周期現象ならば周期(またはその1/(2 π))、指数関数型で増幅または減衰する現象ならば時定数(数量が当初のe倍・(1/e)倍になるのにかかる時間)などをとる。「スケールが違う」とは、スケールをあらわす数量の「オーダー」(order of magnitude、[きょうの別記事]参照)が違うことをさす。

「空間スケール」と「空間規模」とはほとんど同じ意味だ。空間の中で大きな場所をしめる現象を、英語では「large-scale phenomena」のように、日本語では「大規模現象」のように言うことが多い。

気象学の対象となる現象を、空間規模によって、大きく、大規模・中規模・小規模に分けることがある。英語では「macro」「meso」「micro」とすることが多く、日本語でも「中規模」に代わって「メソスケール」という表現がよく使われる。(「中間規模」と「メソスケール」を区別して使う人もいる。その場合の「中間規模」は大規模と「メソスケール」との中間なのだ。) 大規模は、惑星規模(planetary scale)と総観規模(synoptic scale, [2012-06-21の記事]参照)に分けられる。

気象では、空間規模の大きい現象は時間規模も大きい傾向があることが知られており、気象学の教科書には、両対数目盛りの対角線付近に主要な現象をならべた図が示されていることが多い。(空間規模と時間規模との比は、大まかに、風速と比例すると考えられる。そして空間規模の大きい現象でも小さい現象でも、風速は同じオーダーなのだ。) もちろん、空間規模には、鉛直方向には大気の厚さによる限界、水平方向には地球の大きさによる限界があるので、この対応関係は時間規模が大きくなると崩れる。

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気象の仕事では地図は必需品だ。地図には縮尺がある。この「縮尺」に対応する英語も「scale」なのだ。「縮尺」は、地図上に書きこまれて地球上の長さを示す ものさし状の図形をさす場合と、地図上の長さと地球上の長さの比にあたる数値を示す場合がある。比の数値は、比例記号「:」を使って示されることが多いけれども、基本的には分数だ。「大縮尺」とはこの分数の値が大きいことだ。だから、たとえば1万分の1が大縮尺で、100万分の1は小縮尺ということになる。

紙面が一定だとすると、気象の規模現象を扱うときは、縮尺の地図を使うことになる。そこで、気象を題材とする地図について「large scale」「small scale」と言うと、現象の規模が念頭にある気象専門家と、地図の縮尺が念頭にある地図専門家との間で、意味が逆になるおそれがあるのだ。一貫して日本語で話しているときは、縮尺(数値のほう)のことを「スケール」とは言わないから、この行きちがいはめったに起こらない。しかし、英語の単語を使い慣れている科学者・技術者どうしで話しているときは、日本語の中に英語の単語をまぜてしまうことがよくある。そういうときにこの行きちがいに出会う。

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気象学のうち気象力学の分野で「scaling」、日本語でも「スケーリング」ということばが使われる。このことばの意味は必ずしも一定していないようで、次の6節で述べる「スケール解析」をさすこともあるかもしれない。

しかし多くの場合は、「数量を、それが属する数量群を代表する定数値で割る」操作をさしている。そのうちには、次のような、似ているが違った操作が含まれる。

  • 物理量を、同じ次元をもった定数値の量で割って、無次元化すること、
  • 数値を、それとだいたい同じ桁の定数で割って、見やすい桁数にすること
  • 数量をグラフにするとき、数値に一定の比例係数をかけて、紙面におさまる長さにすること

語源は1節で述べた第2(重さをはかる)だろうか、第3(縮尺)だろうか?

この「スケーリング」と意味が部分的に重なる用語として「規格化」「正規化」があるが、そちらに対応する英語はむしろnormalize (動詞)、normalization (名詞)だろう。

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気象力学の分野には、「scale analysis」ということばもある。日本語での表現は「スケール解析」がふつうだろう。これも意味が必ずしも一定ではなく、第3節で述べた「空間スケール」(「空間規模」)を知るためのなんらかの解析のこともあるかもしれない (「解析」ということばのいろいろな意味は[2015-04-30の記事]参照)。

しかし、代表的意味は、「運動方程式などの式の各項それぞれについて、変量に代表的定数値を入れて、項の数値のorder of magnitudeを知ること」である。たとえば、du/dt という項(uは速度、tは時間)を、注目する現象(あるいは計算の際に注意が必要な現象)についての速度の代表値 U と時間の代表値 T の比 U/T で評価する。

このような作業は、複雑な式から、order of magnitudeが小さい項を省略することによって近似式をつくりたいときに、その準備としておこなわれることが多い。

語源は第2(重さを比較する)だろうと思うのだが、第3(規模)かもしれない。

スケール解析は次元解析に近いが、次元解析では物理量の次元を考え、スケール解析では代表値を入れたときのorder of magnitudeを考える。

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気象学では地図とともにグラフも必需品だ。グラフによる数量の表現を論じようとすると、英語では「scale」ということばがいろいろな意味で出てくる。日本語で英語の単語をまじえずに話しているときにこれに対応する用語はふつう「目盛り」と「尺度」「縮尺」などであり、「スケール」ということはあまりないと思うが、ここでついでに論じておきたい。

グラフの書き方について論じたCleveland (1985)の本を、わたしは英語で読んだ。その中で著者は、グラフに関する議論で英語の「scale」という語が2つの意味で使われているので、この本では一方の意味に限定し、他の意味については他の表現をする、と、ことわっているところがある。

  1. 「scale」は、グラフの軸につける目盛りをさす。
  2. たとえば表示される対象が何かの質量ならば「紙面の1cmが質量なんkgをあらわすか」を、scaleとよぶ人がいるが、この本では「cmあたりの単位数」のように表現する。

これを読んで、わたしは、もう少し精密化して考えたほうがよいと思った。Cleveland氏の区別は、4節で地図の縮尺について述べた二つの意味と同様だが、次のように少し抽象化して考えたい。

  1. 図の部分としての、目盛り・ものさし
  2. 表示対象となる量から図上の長さへの変換(関数)、読む立場ではその逆変換

「目盛り」は、グラフでは多くの場合、軸上に軸に垂直な短い線(英語で「tick mark」というが日本語の適切な表現がよくわからない)をつけ(あるいは図を横断する格子線をひき)、その位置に対応する数量を示す数字ラベルをつける、という形で表現される。ときには軸と別にものさし状の図形を添えることもある。

表示対象となる量と図上の長さとの対応関係は、次のように分けて考えることができる。(b)と(c)は、表示媒体が紙と決まっていた時代にはひとまとめに認識されていたのだが、さまざまな大きさの画面が使われるようになった今では分けたほうがよいと思う。

  • (a) 表示対象となる量(例、質量)から、図上の寸法に比例する量へ変換する (例、「対数目盛り」または「対数尺度」)
  • (b) (a)で得られる量を、図上の長さ(ひとつの図の大きさに対する割合としてあらわす)に変換する (比例定数および原点ずらし)
  • (c) (b)で得られる量を、紙面・画面上の物理的な長さまたは画素数に変換する (比例定数および原点ずらし)

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技術を評価するという文脈で scalable, scalability ということばを聞くことがある。動詞として scale があって、「scaleできること」なのだろう。わたしは、大まかに「(この技術は)規模が大きく違っても通用する」のような意味だと推測しているが、正確な意味を知らない。

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