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「本体価格 + 税」の形の価格表示はずっと有効にしてほしい

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも明示しません。】

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いまの日本で出版された本に印刷されている ねだんの表示は、「定価 本体 ... 円 + 税」という形にだいたい統一されている。消費税の制度がはじまってしばらく、いくつかの形がこころみられたすえに、この形におちついたのだ。ここでいう「税」は消費税で、現在の税率は 10 % だから、本を買う人がはらうねだん (税こみ価格) は、定価の 1.1 倍になる。これでうまくいっているのだから、この制度をこわすべきではないと思う。

ところが、消費税の制度のもとで、ねだんの表示は「総額」つまり税こみ価格が原則であって、出版物で「本体価格」つまり税ぬき価格の表示がみとめられていたのは特例だったのだそうだ。そして、特例の期限がきれるので、2021年4月から、税こみ価格を表示しなければならない、と言われている。

この原則がきびしく適用されるとすると、1冊ごとの本のねだんの表示を書きかえないといけない。ラベルをはるとか、スリップといわれる紙きれをはさみこむことでもよいとされている。それにしても、小売店で作業しきれるものではない。とりつぎ業者まで、あるいは出版社まで、回収して、そこで作業することになるのかもしれない。それにしても、費用はかかり、もうけにつながらない作業だ。費用をまかなえない本は、回収して廃棄でおわってしまうだろう。損失がかさんで廃業する出版社も出てくるだろう。買い手のたちばでいえば、売り続けられていれば買いたかった本を買えなくなる。日本語圏全体としての文化の損失になる。

聞こえてくる話によれば、すでに流通している本をそのまま売りつづけることはかまわない、ということになりそうだ。それにしても、もし、これから出荷される本について「総額表示」が義務づけられて、そのあと、消費税率の変更があれば、そのときに、同様な問題がおこる。

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この問題は、商品のうちで出版物のもっている特徴によるところ、また、日本の出版物流通の体制によるところがある。しかし、かならずしも出版物特有の問題ではなく、特徴を共有する商品にもあてはまることがあると思う。

  • a. 本は、それぞれちがった内容をもっている。ある本が売られなくなると、貨幣価値が同じ本でおきかえられても、知的価値の損失がおきる。
  • b. 本のうちには、需要がある期間という意味での寿命が長いものがある。その寿命は、税制が変更される間隔よりも長いだろう。税制の変更の前後にまたがって、出版社、とりつぎ業者、小売店が、それぞれ在庫をもつことによって、継続した供給が可能になっている。
  • c. [とくに現代の日本での新本流通では] 出版社がきめた定価が尊重されている。ただし、出版社がきめるのは税ぬき価格である。

このうち c は、「再販売価格維持制度」(「再販制度」と略すことにする) によるところが大きい。これは、独占禁止法のカルテル禁止の原則の例外とされている。大部分の商品でみとめられないことが、出版物の特殊性にもとづいてみとめられているのだ。

外国にはこのような制度がないことが多い。わたしはよくしらべていないが、イギリス、アメリカ合衆国、オランダ、ドイツなどで出版された、いわゆる「洋書」には定価が印刷されていないことが多い。たぶんそこには再販制度のような制度がないのだと思う。他方、中国で出版された本には定価が印刷されている。そこに税などの記載はない。市場経済化が進んでいるけれども共産党政権の国であり、出版物については価格統制政策があるのかもしれない。

日本でも古本は再販制度と関係ない。新本でも、例外的ではあるが、再販制度によらずに売られていることがある。小売業者がねだんをきめてラベルをはっているようだ。そのねだんは税こみ価格であるようだ。

再販制度を今後もつづけるべきかについては、いろいろな考えがある。廃止するべきだという意見にももっともなところがあると思う。しかし、それは消費税に関する制度変更のはずみで変えられるべきものではない。独占禁止政策の観点も必要だ。独占禁止の例外とするからには、出版業や出版物流通業に対する産業政策の観点も必要だ。産業政策には、経済の意味での価値の生産と、労働者の雇用という面がふくまれるのは当然だが、出版業や出版物流通業のばあいは、日本語圏の文化や日本国の言論への貢献も評価する必要があるだろう。当面の問題に対しては、再販制度は既定の条件として考えるべきだと思う。

なお、ここに書いた条件 c は、かならずしも再販制度を前提としない。出版社がつけた定価にもとづいて売り値をきめることが、義務になっていなくても、現場の慣例として尊重されているならば、なりたつことなのだ。

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わたしは、「定価 本体 ... 円 + 税」が表示されていれば「総額表示」の義務をはたしているとみなす、というのが、よい政策だと思う。税率がわかっていれば、自動的に計算できるのだから。これがいまのわたしの主張のおもな論点だ。

こまかいことをいうと、複数の本を買うばあいに、1冊ごとに税額を計算して合計するのと、本体価格の合計について税額を計算するのでは、1円単位のくいちがいが生じる、という問題はある。しかし、これは、たいていのばあい、誤差とみなしてよいと思う。もし、この さや をねらってその千倍もの額の本の売り買いをくりかえす業者があらわれたら、そこで規制を考えればよいかと思う。

また、買い手のたちばで考えて、本を買えば税こみ価格はわかるのだが、買うかどうか決意するまえに税こみ価格を知りたいと思うことがある。売り手にその情報提供を義務づけてほしいと主張したくなることもある。しかし、それには、すべての本に税こみ価格を表示する必要はない。すべての客に販売まえに税こみ価格をしめす必要もなく、情報をもとめる客にしめせばよい。お客のすくない店ならば、店員が個別に、電卓をたたくなどして計算してしめせばすむだろう。お客の多い店ならば、レジに「税こみ価格 見積もり表示」機能を追加すればよいと思う。