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地球温暖化の話で水蒸気は原因としてはあげないが、無視しているわけではない。

【ひとまず Twitter に書いた内容からはじめて、すこしずつ書きなおしています。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】

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地球大気の温室効果をもたらしている成分として、(分子あたりの効果と分子数の積でかんがえて) いちばんおおきくきいているのは水蒸気で、そのつぎが二酸化炭素だ。しかし、いわゆる地球温暖化の議論では、二酸化炭素をおもな原因としている。「水蒸気は無視されているのか?」「無視してよいのか?」という うたがいが出てくるのは当然だ。それに対する専門家のこたえは、「無視しているわけではないが、二酸化炭素とは位置づけがちがうのだ」というものになる。

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気候変動のうち世界平均気温の数百年の時間規模の変化をかんがえるときは、大気中の温室効果物質のうち、二酸化炭素の量は外部要因、水蒸気の量は気温にともなって変化する内部変数ととらえられる。【なぜこのようにちがった位置づけをするのかの説明は、おって、4節以降というかたちで追加したい。】

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地上気温があがれば、海から水蒸気が供給され、大気中の水蒸気量がふえる。大気中の水蒸気量がふえれば、温室効果がつよまり、地上気温をあげるようにはたらく。このようにして、水蒸気量の変化は気温の変化にとって正のフィードバックとなる。正のフィードバックは、気候システムの外部要因に対する感度を高める。

二酸化炭素濃度の増加による温暖化のつよさは、水蒸気のフィードバックがあることによって、それがないばあいの約2倍になる。しかし、けたちがいにふえるわけではない。そこで、水蒸気のフィードバックを考慮にいれたうえで、二酸化炭素濃度の増加が主役であるような表現をするのだ。

【ここまでがこの記事の主要な論点で、ここからは補足です。】

- 4 [2020-01-17] -
気候変化を考えるうえで二酸化炭素と水蒸気の位置づけがちがうおもな理由は、大気中の水蒸気量は、下に海があるという条件のもとで、気温に応じて大きく変化するのに対して、二酸化炭素量の気温に応じた変化は(二酸化炭素量自体にくらべて)大きくないことだ。

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空気がふくみうる水蒸気量は、気温によって大きく変化する。教材ページ[大気中の水蒸気量の表現]に、飽和水蒸気量を、「水蒸気圧」と「比湿」という2種類の定量的表現でしめした。比湿は、空気の質量のうち水蒸気の質量のわりあいである。飽和比湿は、あたえられた気温・気圧のもとでありうる比湿のほぼ上限にあたる。(「ほぼ」と書いたのは、過飽和という状態がありうるからだが、過飽和状態は長つづきしない。飽和比湿は気圧にもより、それは空気が鉛直に動いたときの水の凝結を考えるときには重要だが、気候の変化にともなう気圧の変化が飽和比湿を変えることは省略して考えてよい。) 海面に接した (1 mmから1 cmくらいの厚さの層の) 空気の比湿は、海面水温・海面気圧での飽和比湿と 同じとみてよいだろう。それがその上のほうにある空気とどのようにまざっていくかは、気候の変化とともに変わりうる。したがって、大気がもつ水蒸気量が気温とともにどう変わるかは簡単な規則ではあらわせない。しかし、おおざっぱには、相対湿度 (実際の比湿の、その気温・気圧での飽和比湿に対するわりあい) が一定である、つまり、気温が上がれば、実際の比湿は飽和比湿に比例してふえていくという近似で考えることができる。

水蒸気量が気温とともに変化することは、半球ごとの水蒸気量と気温の季節変化にもあらわれている。【図示しようと思ったが準備ができていない。水蒸気量の季節変化については、やや古いデータだが、[大気の質量の季節変化 (全球・南北半球)]のページ中にグラフを示した。】 ただし、定量的には、半球平均・季節平均の水蒸気量の気温依存性と、全球平均・年平均の水蒸気量の気温依存性とはちがう。

- 4b -
大気中の二酸化炭素の変化には、温度による要因があることはある。そのひとつは、水への二酸化炭素の溶解度は温度によるから、海面での海水と大気のあいだの二酸化炭素の交換量が、海面水温によっていくらか変わることだ。

しかし、1958年以来の、ローカルな人間活動の影響のすくないところで観測された大気中の二酸化炭素濃度のデータを見ると、その変化のうちで温度と関連した変化がしめるわりあいはすくない。たとえば、日本の気象庁のウェブサイトの「温室効果ガスweb科学館」のうちの「基礎的な知識 展示室2 二酸化炭素濃度の経年変化、季節変動、地域差 」http://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/tour/tour_a2.html のページ に、1984年以後の世界平均の濃度と緯度帯別の濃度(を観測値をくみあわせて推定したもの)のグラフがある。2つの明確な特徴がある。このどちらも温度と直接的な関係はない。

  • 年周期変化 (季節変化)。緯度別にみると振幅は北半球で大きく南半球で小さい。おもに陸上の植物による光合成と有機物の分解にともなう陸上生態系と大気との炭素のやりとりによると考えられている。
  • 期間をつうじた増加傾向。おもに人間社会による化石燃料の消費にともなう二酸化炭素の排出によると考えられている。大気の二酸化炭素のたまりの年あたりの増加は、だいたい化石燃料からの年あたりの排出量の半分である。大気にのこらなかったぶんの炭素は海洋または陸上生態系に行っているにちがいない (どちらにどれだけ行っているかの議論は複雑になるのでここでは省略する)。

1年よりも長く30年よりも短い周期帯の変化に注目すると、温度と相関のある変動があることはある。気象庁の「温室効果ガスweb科学館」のうちの「さらに詳しい知識 展示室1 二酸化炭素濃度の年々変動とその要因」http://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/tour/tour_c1.html のページに、大気中の二酸化炭素濃度の年ごとの増加量のグラフがある。周期が一定ではないがおおまかにいえば2年から5年ぐらいの年々変動がある。熱帯の海洋と大気のこの周期帯の変動の代表的なものである「エルニーニョ・南方振動 (ENSO)」とつきあわせてみると、ENSOがエルニーニョの状態のときに二酸化炭素濃度の増加量が大きくなりやすいという相関がある。なお、ここにはしめされていないが、世界平均地表温度がエルニーニョの状態のときに高くなりやすいという相関がある。したがって、世界平均地表温度が高いほど二酸化炭素の増加量が大きくなりやすいという相関もある。(ただし、相関があるといっても、変動の山・谷がいつも一致しているわけではない。) 相関をもたらした因果関係について、単純に考えると、海面水温が高いほうが二酸化炭素の溶解度が低いので大気に出てきやすいからかと思うが、それでは定量的に観測事実が説明できないことがわかっている。気象庁の上記のページにもあるように、エルニーニョの状態では熱帯の陸上の多くの地域の乾湿が乾燥にかたよって陸上植物による光合成にともなう二酸化炭素吸収がへることがおもな因果関係だと考えられている。この年々変動は、1年間の変化量にとっては大きいが、大気中の二酸化炭素濃度の変化を大局的にみるときには、さきほどのべた増加傾向と年周期変化にくらべてこまかい特徴にすぎない。

- 5 [2020-01-17] -
気候変化を考えるうえで二酸化炭素と水蒸気の位置づけがちがう理由を、人間活動によって追加される流れの規模と、自然の流れの規模との比較から考えることもできる。

大気中の二酸化炭素のたまりをふくむ炭素循環については、教材ページ[炭素循環の概略]に、IPCC第5次評価報告書(2013年)の情報を表現しなおした図をしめした。大気と、陸上生態系および海上との間には、人間活動がなかったばあい、炭素の質量の流れとして 170×1012 kg/年の両方むきのやりとりがある。化石燃料の燃焼から出てくる流れは 8×1012 kg/年で、自然の流れの片道の約 5 % にあたる。自然の流れは往復でだいたいつりあっていたと考えられており、そこにくわわる人為起源の流れは無視できない大きさなのだ。

大気・陸・海にわたる水循環については、教材ページ[地球上の水の存在量と移動量]に、沖 大幹さんの1999年の著作にもとづく図をしめした。大気と、陸および海との間には、水の質量の流れとして 500 × 1015 kg/年の両方むきのやりとり(降水と蒸発)がある。化石燃料の燃焼でできる水蒸気の質量の流れのデータは見あたらないが、おおまかに二酸化炭素の質量の流れと同じ程度の量である (メタンのばあいに二酸化炭素 44 に対して水 54、石油や石炭では水がいくらか少なめになる)。ひとまず8×1012 kg/年とすれば、自然の流れの片道に対して 2×10-5 (十万分の2)となるから、こちらは無視してよさそうなのだ。