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大陸内陸部のオアシスの興亡とその要因としての気候変動についての予察的な考え

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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わたしが少年のころから興味を感じたことのうちに、いわゆるシルクロードのオアシスの興亡がある。ただし、絹の道であることにも、漢帝国とローマ帝国をむすぶ道であることにも、こだわりはない。むしろ、大きな大陸の内陸部の乾燥地帯や山岳地帯の交易路と交易中心地への関心だ。

交易路がなりたつためには、地形が人や家畜がとおれる道をつくれるものであるとともに、飲み水が得られる小オアシスが、歩いて1日程度の距離ごとにあることが必要だろう。さらに、食物、衣服、役畜などを得ることができる、農業や牧畜が可能な土地をふくむ大オアシスが、歩いて数十日の距離ごとにあることが必要だろう。大オアシスは、交易路網の節(ふし、node)ともなるだろうし、商業、政治、文化の中心地となることも多いだろう。

歴史をみると、大オアシスがさかえたりおとろえたりすることが見られる。それは偶然なのか、なにか明確な原因によるものなのか、というような興味がわく。ただし、その疑問を具体的においかけてはこなかった。いまになって、興味がすこしつよまってきたけれども、総論的なおおまかな考えがあるだけだ。ひとまず、それを書きだしておく。

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ユーラシア内陸諸国の興亡の歴史を読んでみると、著者によっては、要因として気候の変化・変動をあげているものがあった。(しかし、そういう要因をあげたがらない著者もいるようだ。)

わたしが考えても、砂漠の道が乾燥化がすすんで通れなくなることや、山地の道が寒冷化がすすんで通れなくなることによって、交易路がかわることはありそうだ。また、大オアシスの食料生産力が、乾燥化や寒冷化によっておとろえることもあっただろう。その乾燥化や寒冷化はその地域のローカルな気候変化であり、グローバルな気候が同様に変化していることもありうるがそうでないこともありうる。なお、(わたしは気候を専門にするようになってから知ったのだが)、乾燥化と寒冷化は、いつもというわけではないが、逆むきの気候変化であることが多い。土壌の水収支を考えてみれば、温暖な気候のほうが蒸発量が多いので降水量が同じならば乾燥しやすいのだ。

ユーラシアの歴史のなかで、気候の変動は、牧畜民が定住民のすむ土地にのりこむ事態 (その結果は、牧畜民が支配者になること、定住民が牧畜民をはねのけること、両者が共存することなど、さまざまだが) がおきた要因として話題になることが多いようだ。ところが、その因果関係の理屈はひととおりでない。(A)と(B)とでは、結果はにているが、原因は逆だ。

  • (A) 牧畜民の本拠地で、寒冷化あるいは乾燥化によって、食料生産能力がさがったので、牧畜民は食料を得られるところへ出ていった。
  • (B-1) 牧畜民の本拠地で、温暖化あるいは湿潤化によって、食料生産能力があがり、そのいきおいで人口が食料生産能力以上にふえたので、牧畜民の一部分が本拠地の外に出ていった。
  • (B-2) 牧畜民の本拠地で、温暖化あるいは湿潤化によって、食料生産能力があがり、牧畜民の社会がゆたかになった。気候は牧畜民が出ていった直接の原因ではないが、それを可能にする条件ではあった。

このような因果論を、うらづけのあるものにするためには、気候 (寒暖、乾湿)、食料生産能力、人口について、それぞれ独立な推定の精度をたかめていく必要があるだろう。

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気候が要因としてきくとしても、複数の大オアシスからなるシステムの応答は複雑になることがあると思う。

ある地域に A, B, C という3つの、同程度の食料生産能力をもつ大オアシスがこの順にならんでいたとする。しかし交易中心はある半径の領域にひとつあればじゅうぶんで、その半径はAとBとの距離やBとCとの距離と同程度だったとする。すると、AとCは交易中心になるが、Bは大オアシスではあるのだが交易中心にならない、ということになるだろう。

そこで、気候の変化によって、Aの食料生産能力が落ちて、Aの交易中心の機能を、Bがかたがわりしたとしよう。すると、Cでは気候が変化していない、あるいは気候の変化による食料生産能力の低下がおきていないのだが、Cの交易中心機能がおとろえる、ということがおこるかもしれない。その因果関係は、A, B, Cからなるシステムの Aでの気候変化に対する応答であって、Cだけを見ていても追うことができないだろう。

これは仮想的に考えた例であって、実際にあるかどうかは知らないのだが。

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わたしは1992年に地理学科にうつって、人文地理学には「中心地理論」というものがあることを知った。「中心-地理-論」ではなくて、「中心地の理論」だった。たとえば人が買い物のために集まる商業中心や、行政機能の中心が、どのように分布するか、ということだ。その理想的なばあいとして、Christaller (クリスタラー) の六角形網というモデルがあった。人口が均一に分布し、人の移動しやすさが直線距離できまるとすれば、中心の分布はハチの巣の断面のような正六角形がならんだ形になる、というものだ。

気象学をまなんできたわたしは、同じ形のものを知っていた。Bénard (ベナール) の六角形網だ。流体の層(たとえばフライパンのなかの油)をしずかに下から加熱し上から冷却したときにできる対流がこの形になる。大気中の対流は水蒸気の凝結をふくむので理屈が複雑になるが、おおすじでこの原理でできた雲の六角形網のパタンが気象衛星画像で見られることがある。中心地のばあいも対流のばあいも、この形になる理由は同じといってよいと思う。中心から同じ距離のところをむすべば円になる。しかし平面を円でうめつくすことはできない。円にいちばん近い、平面をうめつくすことができるパタンが正六角形網なのだ。

しかし、対流はいつも六角形網になるわけではない。冬の日本海では、北西から南東にのびる すじ状の雲がならんでみられることが多い。雲が上昇域、雲のあいだが下降域となっていて、雲のすじにそって長くのびるロール状の循環があるのだ。このばあいも実際は水蒸気の凝結があるのだが、凝結のない流体を下から加熱し上から冷却したばあいでも、このようなロール状の対流がおこりうることがわかっている。六角形網ができるばあいとのちがいは、基本場に大規模な流れがあることだ。基本場の流れにそった向きにロールがのびることが多い。(基本場の流れを横切る向きのロールができることもあって、それを説明した研究もあるのだが、わたしは紹介できるほどよく知らない。)

人間社会のばあいも、一般には基本場が一様ではない。とくに、乾燥地帯や山岳地帯では、人口の分布も、人の移動しやすさも、均一とはほどとおい。3節で考えかけた問題は、そのような非常に不均一な基本場のもとでの、中心地の立地問題なのだと思う。

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(この件についてのわたしの考えは、いまのところこのあたりで とまっている。)