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学術文献のダウンロード違法化に反対する

文化庁から、「侵害コンテンツのダウンロード違法化等に関するパブリックコメント」の実施 [ http://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/public_comment/1421771.html ] [ https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001067&Mode=0 ] が出ていて、しめきりが2019年10月30日だった。

わたしの意見は[2019-01-05 著作権に関する審議会への意見 : 学術文献のダウンロード処罰に反対]と変わっていないが、今回の設問にあわせて、「侵害コンテンツのダウンロード違法化」には「反対」とし、文化庁当初案についての意見は「要件にかかわらず、侵害コンテンツのダウンロード違法化自体を行うべきではない」を選択し、その理由についての自由記述欄に次のように書いた。(回答フォームはExcelのxlsx形式だったので改行なしでつめこんだが、ここではわたしが意図した段落ごとに(文字下げでなく)改行しておく。 )

わたしの意見の対象は、学術論文、学術図書、 学術的資料または学術的知見を伝える手段となる画像、 学術データのうち著作権が適用されるものに限定しております。 以下「学術文献」という表現でまとめ、おもに言語の著作物を想定しますが、 図形の著作物、データベースの著作物となるものもあります。


学術文献は著作権が適用されますが、 その運用では、著作者人格権は重視されますが、 学術的知見は人類全体で共有されるべきであるという価値判断があるので、 著作権者が報酬を得ることよりも、多くの人がアクセス可能なことが重視されます。


とくに公的資金による研究の成果である学術文献については、 ひところは商業化が奨励されたこともありますが、 いまでは、だれでも読むことができ、出所を明示すればだれでも再利用できる 「オープンアクセス」が奨励され、それを必須とする資金提供元さえあります。


もちろん、学術文献の形を整え、品質管理し、流通させるのには費用がかかります。 その負担を、読者側に求めることも認められるので、 購読契約をした人・法人にだけアクセスをみとめる学術雑誌も多数あります。 そのような出版物にのせられ、有料とされる学術文献を、 著作権者の許諾を受けずにダウンロード可能な形で置くサイトは、 いわゆる海賊版サイトであり、違法とされるべきです。


しかし、研究者は多様な出版物を必要とします。 どの雑誌がオープンアクセスなのか、おぼえきれるものではありません。 同じ雑誌のうちにオープンアクセスの文献と有料の文献を含む場合もあります。 出版社のサイトでは有料である文献を、著者やその所属機関のサイトから オープンアクセスにすることを、著作権者が許諾している場合もあります。 どの文献が、おかねをはらわないと得られないものであるかは、 実際にアクセスしてみないとわからないことが多いです。 ウェブ上のサーチエンジンで、文献にアクセス可能になっていて、 それが合法的に置かれたものであると推測してダウンロードしたものが、 実は違法であったら、処罰される、というのでは、 研究者の日常の文献を読む仕事が進まなくなってしまいます。


また、あきらかな盗作をふくむ文献は出版をさしとめられるべきだと思いますが、 著作権侵害であるかどうか疑問がある材料をふくむけれども、 その文献だけがもっているオリジナルな内容をもふくむ文献については、 オリジナルな知見にアクセス可能であることを優先して、 流通は継続されるべきだと思います。


以上のように考えて、学術文献については、 ダウンロードの違法化は、しないでほしいと思います。

なお、「リーチサイト対策に関して御意見があれば」という欄に、つぎのように書いた。

インターネットは国境に関係なくつながっているので、国内だけ規制しても効果はうすいでしょう。国際的になにを違法とするかの合意を得て、その対象について協力してとりしまることが必要と思います。(政治的・宗教的などの背景によるとりしまり要請には協力しない是々非々の態度も必要になると思います。)

また、「その他、海賊版対策全般に関して御意見があれば」という欄に、つぎのように書いた。

学術文献について何が著作権侵害であるかの利用者の感覚は、文学作品である書物、絵画、映画などのばあいとはだいぶちがいます。いわゆる海賊版とりしまりの制度をつくる際にも、その制度のもとでそれぞれの事例が違法であるか判断する際にも、財産権としての著作権をまもる思想だけでなく、近代のはじめからの学術知識は公共財であるという思想も、近ごろのオープンサイエンス推進の思想も理解した人が参画するようにしてほしいと思います。

【「近代のはじめから」のところは ことばたらずでしたが、学術知識は公共財であるという考えかたが、近代のはじめから支配的であったという主張ではありません。近代をつうじて、それは私有財であるという考えかたと並列につねにあり、国立・公立の大学や図書館などをつくる場面などではおもてに出てきた、という趣旨です。】