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洪水について、科学的知識があれば予想できること、知識があっても予想がむずかしいこと

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

【わたしは、洪水災害を研究する者ではありませんが、それについて大学の授業で話すことがある程度には専門家といえるたちばから、科学的知見の解説をこころみています。ただし、専門分野の共通認識といえる部分と、わたしが独自に問題整理をこころみている部分がまざっています。】

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台風の雨で洪水がおきた。そのときの報道に不満を感じたことがあった。とくに、台風がとおりすぎて、雨がおさまったとき、川の水位はまだあがりつづけているところもあったにもかかわらず、洪水に警戒しようというメッセージがよわまってしまい、被害が出てから報道がふえたのが、残念だった。他方、メディアが専門家や行政機関の予測能力について無理な期待をしていると思われることもあった。(しかし、わたしは報道を批評できるほどしっかりした記録はとらなかった。)

もっと多くの人が地学の知識をもってほしい、と思う。ただし、現行または次期の高校の学習指導要領にもとづいた教材では、大気と海洋について、また、土砂をはこぶはたらきをするものとしての川については教えるのだが、地球上の水循環の一環としての川などの陸上の水のあつかいが簡単すぎる。気象災害と土砂災害の話題もあるが、そのあいだの関連がよくわからない。地学の教育につけくわえるべき材料をしめす必要がありそうだ。

わたしは大学で地学の総論的な授業をしている。地球上の水循環を説明したあとではあったが、洪水にそなえるための知識の提供が実際の洪水にまにあわなかったのが残念だった。洪水のあとの回に、すこし洪水について話した。専門家が重要だと思う話題をあげていくときりがないので、観点をしぼるこころみをしてみた。

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洪水災害をもたらす自然現象について、専門家ならばかなり確信をもってものがいえることと、専門家でも予想がむずかしいことがある。確信をもてることの代表は、質量保存の法則をはじめとする、基本的な物理法則にもとづいて言えることだ。予想がむずかしいことの代表は、破壊現象がいつどこでおこるかだ。

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洪水あるいは氾濫[はんらん]は、ふだん陸面であるところが、水がかぶった状態になることだ。(「洪水」のほうは、そこまでいかなくても、水面が高まることもふくむ、という用語づかいもあるかもしれない。)

洪水の原因を大きくわけると、つぎのものがある。

  • 雨による
  • 雪氷の融解による
  • 海水がやってくる

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この記事ではおもに雨による洪水を論じようと思うのだが、そのまえに、海水がやってくるばあいを見ておこう。

海水が陸上にくる現象としては、津波がある。津波は、海面の波のうちで波長の長いもので、それがおこる原因は、地震にともなって海底(岩石と海水のさかいめ)が上下にうごくことだ。(それにくらべればめずらしいことだが、海面に物体が落ちることによっておこされる津波もある。)

気象を原因として海水が陸上にくるのは、高潮だ。災害になる高潮は、台風(強い熱帯低気圧)によっておこされることが多いが、温帯低気圧によっておこされることもある。高潮には、つぎの2つのおもな原因が複合している。

  • 海面の気圧が低いので、水面が高まる。(ふだんから海面は大気圧とほぼつりあっているのだが、その大気圧がかわるので。)
  • 海面をふく風によって、海水のほぼ水平の移動がおこり、水が(ところによって)海岸にふきよせられる。

さらに、ふだんからある、つぎの要因による海面変化がくわわる。

  • 風によっておこされる海面の波 (波浪 と うねり)。(風が強いときは波の振幅も大きくなり、山は高く、谷は深くなる。)
  • 潮汐。これのおもな原因は月の引力の地球の両側での差だ。(これは常にあり、嵐のときにとくにつよまるわけではないが、海面の高さにはたしざんできいてくる。)

なお、風によっておこされる海面の波のうち、波長が長く、長距離をゆく波は、現象としては津波とにているので、「気象津波」として論じる人もいる。

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雨による洪水でなにがおこるかを考えるには、水収支の考えが有効だ。これは質量保存の法則の応用だ。三相(氷、液体の水、水蒸気)をふくめた水という物質に注目する。厳密には、水とほかの物質とのあいだの化学変化もあるのだが、それは水のうごきにくらべればゆっくりしているので、水にかぎって質量保存を考えるという近似ができるのだ。

ある川の流域の陸上にたまっている水は、雨(や雪)がふることによってふえ、陸面から大気に水が蒸発していくことと、川によって水が流域外に出ていくことによって減る。流域にたまっている水には、湖などの地表水、土壌水分、地下水などがあり、川を動いている水の各瞬間に存在する量も たまり にふくまれる。

大陸の大河川の洪水を考えるときや、日本でも季節をつうじた水収支を考えるときには、蒸発も、地下水の変化も、無視できない。

しかし、日本で洪水がおこるような条件では、雨は、(多くは土壌水分を経て) 河川に流出し、(洪水になって陸上にたまったもののほかは) 数日で海にいたる。時間スケールが数日以内なので、蒸発と、地下水のかかわりは、近似としては無視できる。

ここで、水が海に出ていくまでに数日かかることにも注意してほしい。だから、雨がやんだらすぐ洪水の危険がなくなるわけではないのだ。

流域の土壌や地表にたまった水は、川をとおって出ていく。川の水の流れは、地球の重力と、下にある岩石などからの抗力・摩擦力とがはたらく結果、表面の傾きにそって低いほうにむかう。(水面の傾きは、多くの場合は地面の傾きによってきまっているが、水位の高い場合は逆転もありうる。) 川の流量 (本来は単位時間あたりの質量のうごき。標準の水の密度を仮定して単位時間あたりの体積のうごきとしてしめすことが多い。)は、流れの速さを、流路の断面積で積分したものだ。流れの速さはだいたい、 m/s で 1けただ。水位があがれば断面積は大きくなるけれども、川がはこびだせる流量にはかぎりがある。

流域にふった雨のうち、川がはこびきれないぶん、流域にたまっている水の量がふえることになる。遊水地やダムや水田などによってもためきれないぶんは、氾濫することになる。流域にふった雨の量 (数量を事前に予想することはむずかしいが、事後ならばかなりよくわかるようになった)、川がはこびだす能力、遊水地などのためる能力の見積もりができれば、流域のどこかで洪水がおこる可能性(というよりもポテンシャル=潜在性)をのべることは、かなり確信をもってできそうだ。

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川からの氾濫といわれるできごとのうちでも、実際に水があふれたしくみはつぎのように区別できる。

  • 単純にあふれる「溢流」、(堤防のあるばあい) 「越流
  • 堤防をこわしてあふれる「破堤」「決壊」。
  • 土壌や小水路から川に出ていかない水があふれる「内水氾濫」。(川から逆流する場合もあるし、逆流をふせぐため人為的に川から切り離された陸地の水が氾濫する場合もある。)

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氾濫をさける対策も、水収支にはさからえない。できることは、水をはこびだす能力を強めるか、水をためるかだ。ためる方法は、地下貯水池を例外として、指定した場所に氾濫をおこさせることによって、そのほかの場所の氾濫をふせぐことだともいえる。

水をはこびだす能力を強めるには、「放水路」とよばれる川をつくる。日本では、江戸時代から近代にかけて、平野部のいくつもの川についてつくられてきた。

水をためる方法にはつぎのようなものがある。

  • 遊水地 ...ふだんは陸面だが、洪水時には水面になって(氾濫をゆるして)水をたくわえる。
  • ダム ... 上流側の陸面の一部(ダム湖)を常時水面にする。
  • 地下貯水池 ... 道路や公園などの地下に水をためるトンネルや水槽をつくる。費用がかかるので、遊水地をつくる場所のない都市部にかぎって実現されている。

ダムについては、つぎのような注意もしておくべきだと思う。

  • ためられるのは、ダムの集水域(ダムから上流側)にふった雨である。(他の地域にふった雨については調節機能をもたない。)
  • 安全にたくわえられる量の限界がある。限界のてまえに操作上の最高水位を設定する。最高水位に達したら、流入(ダム湖への降水をふくむ)と同量を放水するしかなくなり、洪水制御機能がとまる。
  • 多くのダムは、用水、発電などの機能をかねるので、全能力を洪水調節に使えるわけではない。

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自然現象には、「いつか、どこかに」おこるだろうとは予測できても、「いつ、どこに」は予測困難なことがよくある。地震はその典型といえると思う。それは、たぶん、地震の震源でおこっていることが、岩石の破壊をともなう現象だからなのだろう。

破壊現象」と言ってもよさそうな現象を、物理を応用する学問分野 (気象学もそうだ)の人は、「不安定現象」というくせがある。これは、一様な基本状態に小さな乱れがくわわったとき、乱れが減衰してくれれば基本状態は安定であり、乱れが増幅してしまうならば基本状態は不安定である、という考えにもとづいている。(天気予報で「大気が不安定」だというのもこの一例で、もし積雲(鉛直にのびる雲)ができたらそれが発達しそうな基本状態をさしている。)

基本状態が不安定であることがわかれば、その基本状態がこわれる可能性があることは予想できるが、どのようなきっかけでどこからこわれるかは、こわれてみないとわからないことが多い。

洪水に関係があって、破壊現象と考えられる現象の例としては、つぎのものがあげられる。

  • 熱帯のあたたかい海面の上のおだやかな大気中で、どこに台風ができるか?
  • 水平百km規模で雨がふる天候のとき、そのうちでどこに1~10 km規模の強い雨をもたらす積雲ができるか? (陸では、地形と大規模風向の関係による上昇流のできやすさがあるので、一様な基本状態とはいいがたいが、それでも雨のこまかい分布は予測困難だ。)
  • 明確な欠陥のない堤防がどこで決壊するか?