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物理量の国際単位系(SI)の改訂で かわること、かわらないこと

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2019年5月20日、国際単位系(SI)の基本単位の定義が変更された、というニュースがながれた。

わたしは、じつのところ、今回どのような変更がされたのか、正確につかんでいない。そのあたりが知りたいかたは、産業総合研究所 計量標準総合センター が提供する情報をみたほうがよいと思う。(いま[2019-05-21] 産総研のウェブサイトのトップに出ている広報資料は、今回の変更のうち、質量の単位のキログラム(kg)に関する件と、それへの日本の研究者の貢献を紹介することに、集中しすぎていると思うけれども。)

わたしはこれまで10年ほどのあいだに、佐藤(2005) [その内容をとりこんだ 佐藤・北野 (2018)の本は まだ読んでいないが]、和田ほか (2002, 2014)、Crease (2011) などの本を読んで、単位系に関する知識を得てきた。その背景知識をもとに、今回の変更がどんなものであるかをおおまかに推測し、その意義を論じてみたい。

世界のほとんどの人が、長さ、(日常用語でいう)重さ、などの物理量(いわゆる度量衡)の単位をつかう。そのうち、比較的少数の2種類の人びとにとって、今回の変更は画期的なものだ。そのほかの大多数の人の生活にとっては、なんの実質的変化もない。あす も きのう と 同じ単位をつかいつづけるだけのことだ。(ただし、単位に関する問題がでる可能性のある試験をうける人は、出題者がどちらの態度でいるかを気にする必要があるかもしれない。)

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SIの基本単位としては次のものがあげられる。

  • 長さ: メートル、m
  • 時間: 秒、s
  • 質量: キログラム、kg
  • 電流: アンペア、A
  • 温度: ケルビン、K
  • 物質量 (いわゆる「モル数」): モル、mol

【制度上のSIでは、もうひとつ、つぎのものも基本単位とされているが、ここでの議論からは はずしておく。

  • 光度: カンデラ、cd

わたしは、これは、SIという特定の体系の歴史的なりゆきで基本単位にふくまれてしまったものであり、一般的に物理量の単位の体系を考えるさいにはよけいなものだと認識している。】
【わたしは、光の数量をあつかうことは本業の重要な部分なのだが、カンデラやそれから派生したルクス(lx)などの単位をつかうことはなく、その定義を確認することさえしてこなかった。わたしの専門分野の(いわば)方言では、「光度」ということば自体、聞いて「高度」とまぎらわしいからあまりつかわないのだけれど、もしつかうならば「放射光度」つまり電磁波による単位時間あたりのエネルギーの流れであり、その単位はワットなのだ。】

基本単位を、宇宙のいつどこでも通用する普遍的な物理定数から組み立てようという「自然単位系」という発想がある。

今回の変更でできた体系は、自然単位系とほぼ同じ発想で組みたてながら、数値が従来つかわれてきたものとほぼ同じになるように、物理定数の数値を定数としてあたえることによって構成したものだ。つぎの定数がつかわれている。(光の速さは、秒からメートルを定義するところで、すでにつかわれていた。)

  • (真空中での)光の速さ、c
  • プランク定数、h
  • 電気素量、e
  • ボルツマン定数、k
  • アヴォガドロ定数、NA

そして、秒は、特定の原子の特定のモードの振動数から定義されている。これも、物理定数ということはできるが、その原子が存在し、そのモードの振動をおこしうる状況に制約されている。(たとえば中性子星の中では定義できない。) したがって、普遍物理定数とはいえないだろう。将来、秒を普遍物理定数で定義しなおすことができれば、SIは (定数倍を別とすれば) 自然単位系と同じ基礎にたつものといえるようになるだろう。

物理定数のうちでも、アヴォガドロ定数の数値は、普遍的とはいえないかもしれない。これは、(当初ではなく今回の改訂のまえの定義を例にとれば) 炭素の同位体「炭素12」の原子が なん個で12グラムか、ということだから、グラムという質量の単位(の[基礎づけではなくて]大きさ)に依存していた。

おそらく、自然単位系を推進する人は、物理量の次元としては「モルあたり」は「粒子あたり」と同じであって、アヴォガドロ定数を無次元の換算定数とみなし、基本単位の数をひとつへらすべきだというだろう。

しかし、もし「物質量」をひとつの物理量の次元とみなしつづけるとすれば、それを普遍的物理定数をもとにきめたくなる。思いあたるのは「中性子1個の質量」だ。中性子が存在する条件が宇宙論で考えられている宇宙の全部ではないという意味で、普遍性に不満がのこるかもしれないが。

このようなわけで、単位の標準を、「キログラム原器」などの個別の物体にもとづく時代から、普遍的物理定数にもとづく時代にすすむことが、進歩だと思う人にとっては、今回の変更は、最終的なものではないが、画期的進歩だといえるだろう。

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今回の改訂が大きな変化だと思うもうひとつのグループは、物理量の非常に精密な計測をしている人やその結果をつかう人だ。たとえば、ある物理量の計測の精度がたかまって、有効数字 8 けたの数値がだせるようになったとしよう。ところが、従来の単位の定義にあわせて、測定値の標準を決めようとすると、どうがんばっても有効数字 7 けたしかだせないとしよう。これでは、8けたの測定をしても、8けためがいくつであるのが正しいかの校正ができない。有効数字 8けたの測定値を発表して他の人がつかえるようにするためには、単位の標準を、有効数字 8けた以上にできるものにとりかえないといけない。これは、なん年もまえから希望されていたことだが、ようやく、測定値どうしの比較がうまくいったので、あたらしい標準を制定することができたのだ。

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今回の改訂で、基本単位の定義はかわったけれども、従来の単位と従来の精度の範囲で互換になるように、普遍物理定数からみちびくときの係数がきめられた。

だから、単位の基礎づけに関心がなくて、必要な有効数字の数が従来の定義でじゅうぶんだった人にとっては、今回の改訂では、実質的に何もかわらない。

すでに単位をつかっていて、その大きさに対する感覚ができていれば、その感覚をそのままつかいつづければよいのだ。

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単位の大きさの感覚は、各人がそれをつかっているうちにできるもので、社会全体にとっての単位の由来とは関係なくなっているかもしれない。とくに、近代になるまえからつかわれている単位のばあいはそうだろう。

しかし、メートルやキログラムは、近代になってからきめられたもので、由来はよくわかっている。その定義 (現在の基礎づけ) はかわっても、由来はかわらないということができるだろう。

メートルとキログラムには、構想された段階での定義がある。おおまかにいえば、メートルは地球1周(ただし極をとおる子午線)の4分の1(赤道から極まで)の10の7乗ぶんの1だ。キログラムは1辺が0.1メートルの立方体の水(温度の指定もあるが)の質量だ。

【わたしは、地球科学の授業で、受講生が1メートルと1キログラムがだいたいどのようなものかの感覚をもっていることを前提として、逆に、地球の大きさと、水の密度とを認識してもらうために、メートルとキログラムの構想を話題にする。】

この構想は、それまでの単位が、人体などの変わりやすい物体か、あるいは特定のひとつの物体にもとづいていたのに対して、当時なりに普遍的な自然物にもとづいて単位を決めようとしたものなのだ。当時もとめられたのは地球の上での普遍性であって、宇宙に出ていくことまでは考えていなかったようだが。

なお、メートルのばあいは、根拠とする物体は地球なのだが、地球の寸法をそのまま基本単位にするわけではなく、それに(10のべき乗の)係数をかけている。それは、結果が、人間生活にとってわかりやすい規模、この場合は、人の身長と同じけた(order of magnitude)の長さになるようにしたのだろう。(SIの組み立て単位のばあいは、このような配慮は直接にはされず、10のべき乗をしめす接頭語で調整するようになっている。)

しかし、ものさしを検定するために、地球を測量するわけにもいかないので、具体的な物体(標準のものさし)をつくって、「メートル原器」とした。そして、メートルの定義は、地球によるものから、原器によるものに変更された。メートル原器には、1799年ごろのものと、1889年のものの2世代がある。メートルの定義はその後、1960年に ある原子の出す光の波長によるもの、1983年に、まず 秒 をさきほどとは別の原子の出す光の周波数によってきめ、光の速さを定数として計算したものにかわってきた。

メートルの基礎づけは、普遍的自然物にもとづくことをめざし、挫折して具体的物体による標準にたよることになり、2世紀かかってようやく普遍的自然物にたどりついた、と要約できると思う。そして、キログラムはメートルから半世紀おくれて普遍的自然物にたどりついたのだ。しかし、基礎づけがかわり、精密化したけれども、感覚的な意味でのメートルとキログラムはかわっていないともいえる。

文献

  • Robert P. Crease, 2011, paperback 2012: World in the Balance — The Historic Quest for an Absolute System of Measurement. New York: W.W. Norton, 317 pp. ISBN 978-0-393-34354-0 (pbk.) [読書メモ]
  • [同、日本語版] ロバート・P・クリース 著, 吉田 三知世 訳, 2014: 世界でもっとも正確な長さと重さの物語 — 単位が引き起こすパラダイムシフト。日経BP社。[わたしはこの版を読んでいない。]
  • 佐藤 文隆, 2005: 物理定数とSI単位 (岩波講座「物理の世界」ものを見るとらえる 9)。岩波書店, 86 pp. ISBN 4-00-011185-X. [読書メモ]
  • 佐藤 文隆、北野 正雄, 2018: 新SI単位と電磁気学。岩波書店, 200 pp. ISBN 978-4-00-061261-6. [わたしはまだ読んでいない。] [読書メモ (2022-12-29)]
  • 和田 純夫, 大上 雅史, 根本 和昭, 2002: 単位がわかると物理がわかる -- SI単位系の成り立ちから自然単位系まで。 ベレ出版。[読書ノート]
  • 和田 純夫, 大上 雅史, 根本 和昭, 2014: 新・単位がわかると物理がわかる — SI単位系の成り立ちから自然単位系まで。ベレ出版, 247 pp. ISBN 978-4-86064-419-2. [読書メモ]