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陸水収支からみたモンスーン地域の特徴

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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「モンスーン、monsoon、季節風」について、このブログには[(1) 2014-07-07] [(2) 2017-10-31] [(3) 2018-06-20] [(4) 2018-06-20] [(5) 2018-06-26]の記事を書いてきた。

この記事もその関連であり、ひとりの研究者としてのわたしは、モンスーン(とくに熱帯と温帯をふくめた「アジアモンスーン」)の話をするならば、この話題は はずせないと感じている。しかし、書きはじめてみて、これは「モンスーン」や「モンスーン気候」の定義には なりそうもないことに気づいた。それで、この記事は「モンスーン、monsoon、季節風」のシリーズには入れず、別の表題で出すことにした。

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水収支を考える。[地表面のエネルギー収支と水収支 2012-07-05]の記事にも書いたが、これは、固体・液体・気体の3相にわたる水という物質についての質量収支である (水と他の物質とのあいだの化学変化は定量的に小さいので便宜上無視する)。

陸上では、対象領域として河川流域をとり、地下水流出が無視できるとすれば、流域にたまっている水の量(陸水貯留量)は、流域全体での降水(正)、流域全体での蒸発(負)と、河口からの流出(負)によって変化する。陸水貯留量は、湖、河道の水、積雪、土壌水分、地下水などの合計であり、とくに地下水については絶対量はよくわからないが、なんらかの基準時点からの差ならば、水収支によって知ることができる。ただし陸面からの蒸発量も代表性のあるデータはなかなかない。そこで、流域の上空の大気柱の水収支を考える。気柱の水蒸気量は、降水(負)、蒸発(正)と、大気による水蒸気水平移流の正味の収束量(正)によって変化する。気象データから水蒸気移流の値を計算でき、降水量はまずまず観測値があるので、蒸発量を知ることができる。

世界の大陸の大河川について、ひとまず多数年の月ごと(1月は1月で、2月は2月で)の累年平均で、水収支の季節変化を見ることにした。なお、実際には、河口付近では、河道が分流していたり、水位が海の影響で変動したりして、流量のよいデータがないことが多い。利用可能な流量観測点はいくらか上流にある。水収支計算の対象としては、観測点から上流の流域をとる。

70の大河川流域について計算した結果を、Masudaほか(2001)の論文で報告した。ただし、ページ数制限のきびしい雑誌に出したので、季節変化のグラフは少数の流域についてしか出せなかった。その後、2007年ごろまで、データを少しずつ更新してやりなおしていたのだが、もう少し更新してから論文にしようと思っているうちに機会をのがして、くわしい論文を出さずじまいになっている。おはずかしいしだいである。

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2004年ごろのバージョンの計算結果を、教材ページ[大陸の大河川流域の水収支各項の季節変化]にのせている。

まず、メコン (Mekong)、長江 (Chang Jiang、揚子江ともいう)、黄河 (Huang He)を見ていただきたい。

メコン川流域の大部分は、熱帯モンスーン気候だ (ケッペンの意味ではなくて、わたしが主観的にこの用語がふさわしいと思っているという意味で)。上流部は高山地帯と温帯だが、その面積比は小さい。中流下流部では、だいたい5月から9月が雨季だ。11月から3月は乾季で降水は非常にすくない。陸水貯留量 S (年変化での最小値を0として表示している)は、乾季の終わりの3-4月に最小になり、雨季のあいだふえつづけて、10月ごろ最大になる。その差は、流域平均で 200 mm (0.2 m)となっている。(ちなみに、メコン川本流の河道の水位の季節差は 10 m ぐらいある。)

長江と黄河は温帯にある。乾湿はだいぶちがう(黄河のほうが乾燥している)。しかしどちらも、降水量も蒸発量も夏のほうが多いのだが、降水量のほうがその変化幅が大きい。それで、S は、夏のあいだふえつづけて、秋に最大になる。夏を「雨季」とみなせば、熱帯モンスーン気候のところと似た形をしている。仮に「温帯モンスーン型」と呼んでおく。(温帯のこれとちがう形はあとで見せる。)

次に、黄河、アムール (Amur、黒竜江ともいう)、レナ (Lena)を示している。

東シベリアのレナ川流域では、冬には積雪があって、川も凍るので、水が動かなくなる。いくらか降雪もあるので、陸水貯留量は冬のあいだふえつづけて、雪どけの季節に極大になる。河川への流出は雪と川氷のとける季節に集中して多い。夏は年のうちでは降水も多いのだが蒸発も多い季節で、陸水貯留量は夏のあいだ減っていき、秋に極小になる。世界の寒冷地域の流域水収支の季節変化は(雪どけの流出がこれほどするどいとはかぎらないが)だいたいこのような形をしている。

中国とロシアにわたるアムール川流域は、温帯モンスーン型と寒冷地域型の混合と言えると思う。陸水貯留量の季節変化は、あまり大きくないが、春と秋の両方にピークがあるようだ。

それから、長江、ミシシッピ (Mississippi)、パラナ (Parana、La Plataともいう)を見よう。

アメリカのミシシッピ川流域も、温帯にあり、降水量も蒸発量もそれ自体の極大は夏にあるのだが、夏には蒸発量のほうが大きい。夏には水蒸気収束量(C)が負になっており、流域はその外に水蒸気を供給しているのだ。陸水貯留量は、春に極大があり、夏のあいだ、だんだん減っていく。陸水貯留量だけ見ていると、寒冷地域のほうに似ている。なお、北アメリカのうちのほかの河川であるコロンビア川やコロラド川で見ても、それぞれ乾湿はかなりちがうのだが、陸水貯留量の季節変化に関する限り、ミシシッピと似た形を示す。北アメリカだけかどうかわからないが、ひとまず「温帯北アメリカ型」としておく。

1990年代、大陸規模の水循環は、ミシシッピ川でていねいに研究すれば、少なくとも温帯については世界じゅうに通用する結果が得られるだろうという議論があった。しかし、この結果を見たとき、夏が、陸面がかわいていく季節なのかしめっていく季節なのかという意味で、北アメリカと東アジアはだいぶちがうので、東アジアでも研究する必要があるのだ、と主張できると思ったのだった。

ただし、東アジア特有というわけでもないらしい。南アメリカパラナ川も、南半球なので1月前後が夏であることに注意すると、夏に降水も蒸発も多いが降水のほうが変化が大きく、陸水貯留量は夏のあいだふえていくので、東アジアと似た形なのだ。ただし、使うことのできた観測点が中流域のものなので、もしかすると下流域のふるまいはちがうかもしれないが、未確認である。中流域にあるパンタナールの季節的湿地について、わたしが知ることのできた断片的な知識は、この陸水貯留量の結果とあっている。暫定的に、南アメリカにも温帯モンスーン型の流域がある、と認識している。

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ただし、この話題をモンスーンに結びつけるのには弱みがある。赤道域にあるアマゾン川コンゴ川流域では、明確な乾季はない。しかし、(「モンスーン」のシリーズの(5)の記事で述べたように) 降水量の相対的な季節変化はある。アマゾン、コンゴ、いずれも流域の大部分は南半球にあるので、流域にふる降水量は、南半球の夏に多く、南半球の冬に少ない。蒸発の季節変化は大きくないから、陸水貯留量は、南半球の夏の終わりに極大になる。夏が「雨季」であるようなモンスーン気候の流域と同様にふるまうのだ。河道の水位の季節変化も数メートルあり、季節的に水没する面積も大きいと聞いている(文献もさがせば見つかる)。流域水収支の特徴では、アマゾンやコンゴと、メコンなどとを区別するのはむずかしいと思う (乾季の降水量でしきい値を決めれば分けられるけれども)。まとめて、(「熱帯モンスーン型」ではなくて)「熱帯型」とするべきか、と思っている。

文献

  • Kooiti Masuda, Yukie Hashimoto, Hiroshi Matsuyama and Taikan Oki, 2001: Seasonal cycle of water storage in major river basins of the world. Geophysical Research Letters, 28: 3215 -- 3218. https://doi.org/10.1029/2000GL012444