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小笠原高気圧?

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2018年6月26日に、「小笠原高気圧」ということばが話題になっているのを見た。

(その日が、小笠原諸島が第2次大戦後、アメリカ合衆国の施政下から日本に返還された記念日だったから話題になったのかもしれない。)

わたしは、1960年代の子どもとして、このことばを(たぶんテレビの天気予報や教育番組で)聞いたおぼえがある。その後、マスメディアの天気予報の用語としては「太平洋高気圧」、専門文献では「北太平洋高気圧」のほうがふつうになった。

第2次大戦前の日本の気象学・気候学では、観測とその通報がまだとぼしかったので、東アジアとそのすぐ沖の西太平洋だけが視野にはいっていた。そこで「夏には小笠原高気圧が出現する」とか、「梅雨前線は(東日本では)小笠原高気圧とオホーツク高気圧のあいだにある」とかいう記述がされたのだ。

第2次大戦後、太平洋全体に視野がひろがると、小笠原高気圧とよばれたものは、([前の記事]で述べた亜熱帯高圧帯の部分である) 北太平洋高気圧のうち西の端に近い部分と認識されるように変わってきた。

わたしは、地上気圧の2次元分布で論じるかぎりは、「小笠原高気圧」という表現は不適切だと思う。

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端に近い部分だからこそ、年々変動や季節内変動で「高気圧におおわれている」とはいえない状態になることもあるから、季節予報などの立場では重要な地域なのだと思う。

小笠原諸島の人間社会に視点をおくと、この年々変動が生活に影響を与えている。松山(2018)が、2016年5月-2017年4月の少雨(干ばつ)について報告している。この場合は、小笠原諸島からみて南西のほうの気圧が高くなっていたのだ。

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しかし、現代でも「小笠原高気圧は北太平洋高気圧とは別ものだ」という主張がある。

わたしは、中村 尚[ひさし]さんの著書で、そのような主張を見た。その理屈はおよそ次のようなものだ。北太平洋高気圧は、背の低い高気圧だ。対流圏のうち下層では高気圧だが、上層では高気圧でない。小笠原高気圧は、背の高い高気圧だ。対流圏の下層でも上層でも高気圧なのだ。

中村さんの考えは、3次元的な構造に注目したものなのだ。それが可能になったのは、第2次大戦後しだいに上空(「高層」)の気象観測が充実してきたからだ。

中村さんが指摘している上層の気圧の特徴を、わたしは1980年代に聞いている。しかし、それを説明した人(気象庁の、当時の表現で「長期予報」、いまの表現で「季節予報」の担当者だったと思う)は、「背の高い高気圧」という表現はしなかった。夏の対流圏上層には、(チベット高原あたりを中心とする)「チベット高気圧」がある(これは当時あたらしい知見だった)。日本南方の小笠原あたりは、上層でチベット高気圧、下層で北太平洋高気圧に覆われて、対流圏全層で高圧部になることが、比較的おこりやすい、というような表現だった。

大気は連続体なので、どこからどこまでの構造に名まえをつけるかは、記述する人の主観によってしまうことがさけられない。わたしは、背の高い小笠原高気圧があるという認識も、下層の北太平洋高気圧の西端部と上層のチベット高気圧の東端部がかさなっているという認識も、同程度にもっともで、どちらがよいかは、それを使った説明の有用性で判断すればよいと思う。

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高気圧の名まえに「小笠原」という地名を使うことには、いくらか不安がある。

この高気圧の中心は、かならずしも小笠原諸島付近ではなく、たとえばマリアナ諸島あたりとか、フィリピン海とかにあることもあるだろう。

世界地図スケールで、大まかに見るのならば、それでも「小笠原高気圧」(英語ならばBonin High)でよいとされるだろう。アリューシャン低気圧が、南に北緯40度ぐらいまでひろがってきても、そう呼ばれるのと同様だ。

しかし日本にすむ、地球科学専攻でない人の感覚では、高気圧の中心が、小笠原諸島からはなれると、「小笠原高気圧」と呼ぶのが不適切だと感じるのではないか?

もっとも、沖ノ鳥島南鳥島(マーカス島)も、自然地理上の小笠原諸島ではないものの、行政上の小笠原諸島(東京都 小笠原村)の内なので、そのあたりまでならば、「小笠原高気圧」と呼ぶことはゆるされるだろうが。

文献