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高校学習指導要領 (地学・地理) についての意見(パブリックコメント)

[2018-02-15の記事]で紹介した高校の学習指導要領の案に対する意見募集(パブリックコメント)のしめきりが来たので、地学と地理に関して考えたことを、コメント受けつけフォームの制限字数(2000字)にあわせて書いて提出した。提出した文章をここに再録する。

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本論は教科内容のうち大気・水圏の科学の専門家の立場からの意見、付論は個人としての意見です。便宜上1件にしましたが、本論と付論の論旨を別々に受け取ってくださいますようお願いします。

-- 本論1.「地学基礎」について --
「地球のすがた」で学んだ基礎をふまえて「地球環境の科学」や「日本の自然環境」に出てくる現象のしくみを理解できることが望ましいです。しかしすべての基礎を教えられないことはやむをえません。関心をもった生徒が「地学」や他科目の教材にふれて補うことをしやすくするべきだと思います。

「大気と海洋」の内容のしぼりかたは専門家間でも意見が分かれると思いますが、わたしは、世界全体を巨視的にひとまとめ(0次元)の観点あるいは南北・鉛直だけの1次元・2次元の観点で見ることにしぼったのは妥当と思います。

ただし、熱収支にも運動にも関連する項目として「地球の水循環」をも明示するべきだと思います。これは、水蒸気・液体の水・氷の3相を含み、海洋・陸上・大気にわたる水の循環です。

ここでの「熱」は物理の用語と意味がずれています。「エネルギー」に変えるか、もし「熱」を使いたいならば、エネルギーの概念を知る人向けの注釈として、エネルギーのうち運動エネルギー以外のものを便宜上「熱」と呼び近似的に保存量のように扱う、とことわるべきと思います。

「地球環境の科学」で地球温暖化とエルニーニョ現象が単純に並列されているのは不適切です。気候変動(「変動」と「変化」を区別する考えもありますがここでは「変動」にまとめます)には人間活動起源の変動と人間に関係なく起こる自然変動とがあることをおさえて、地球温暖化は前者、エルニーニョ現象は後者であることを明示するべきです。

地球温暖化のしくみの理解には、「大気と海洋」の内容の選択は適切です。

エルニーニョ現象のしくみの理解は、「地学」の「地球の大気と海洋」で扱う大気や海洋の運動の理解を前提とするので、「地学基礎」の範囲では現象の特徴を知るまでにとどまるでしょう。

オゾン層破壊のしくみの理解には、「大気と海洋」の「大気の構造の特徴」のところで成層圏の存在を熱収支と関連づけて学ぶことが有用ですが、さらに化学で学ぶことがらも、なぜ環境問題になるかの理解には生物で学ぶDNAに関することがらもかかわるので、科目間の連携にも期待したいです。

「日本の自然環境」の「日本に見られる気象現象」のしくみの理解には「地学」で扱う内容を必要とします。「地学基礎」では「大気と海洋」と「日本の自然環境」をあわせて、気象がどのような数量や図で表現されるかを知り、テレビや新聞の天気情報を読めるようにすることを実質的目標とするのがよいと思います。

-- 本論2. 「地理総合」「地理探究」について --
案は、学習態度に重点が置かれていることはわかりますが、学習内容に関する記述が簡単すぎると思います。ただし学習内容の語句を細かく列挙するのではなく、もらすべきでない大きな主題領域をあげるべきでしょう。わたしは、主題領域としての自然環境とその部分である気候について意見を申します。

両科目の各単元のそれぞれに「自然環境」がどうかかわるか明示し、全体にわたる「自然環境」の説明の中でそれを1段階細分した領域を明示するのがよいと思います。

「地理探究」では「自然環境」の内わけとして「地形、気候、生態系」が示されています。それは適切だと思いますが「水文」を追加すべきです。(海洋・雪氷・大気中の水蒸気を含む水循環を扱いたいことがあるので、「陸水」よりも「水文」が適切です。)

「地理総合」では「地形」「気候」は自然災害のところに副次的に出てくるだけです。こちらでも、自然環境の要素として「地形、気候、水文、生態系」を明示するべきだと思います。

気候のしくみの理解は「地学基礎」で教える「地球の熱収支」や「大気の大循環」をふまえるべきです。それから、気候と他の要素との連関、とくに陸上生態系にとって気候が制約要因になっていることを扱うべきです。(ケッペンはこの連関を考えた先駆者です。)

-- 付論 --
地理歴史の指導要領案に、政治的影響があると感じられた2点に関する意見です。

教科の目標に「愛情」を置くことは、公教育では無理があると思います。わたしは「親しみ」ならばよいと思いますが、それもまずいと考える人もいるかもしれません。

領土問題を教えよ、しかし尖閣諸島については領土問題はないと教えよ、というのは、無理難題です。「尖閣諸島については領土問題はないというのが日本国の公式見解である」と教えることならば可能かもしれません。「学習指導要領」も日本国の公式文書なので苦しむところでしょうが、尖閣諸島のことは明示しないのが現実的解決かと思います。