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太陽放射改変を制御することを考えた計算 (Kravitz, MacMartinほか 2016)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

意図的気候改変(geoengineering、気候工学)に関する論文の紹介とコメントの2件め。

Kravitz, MacMartin, Wang, Rasch (2016)の論文を読んだ。Kravitz氏は、気候モデル実験の研究者で、geoengineeringに関する数値実験を多数の気候モデルで同じ条件でおこなう共同研究プロジェクト「GeoMIP」の幹事役として知られる。Kravitz et al. の論文はたくさんあってほとんどはGeoMIPの成果だが、今度のはそうではない。

この論文では、太陽放射改変(SRM、この論文の表現ではsolar geoengineering)をシステム制御の問題と考える。目標変数を観測し、観測値と目標値の差に応じて、強制変数の値を調節することを続けていく。線形制御理論を応用している。(理屈の説明にはラプラス変換が出てくる。わたしはそのあたりを詳しく追いかけていない。)

【GeoMIPを含む他の多くのモデル実験では、強制の与えかたはあらかじめ決めており、目標変数からのフィードバックはかかっていない。】

この研究では、ひとまずSRMの実現方法の問題をたなあげして、地球に正味で入射する太陽放射の量(以下これを「日射量」と表現する)を強制と考え、それを自由に変えられると仮定している。先に出たMacMartinほか(2014)の論文では、強制は全球平均日射量、目標は全球平均地上気温のそれぞれ1変数を扱った。今度の論文でも基本的発想は同じなのだが、多変数にする。具体的には次のとおり。

  • 2×2問題: 強制は北極圏の日射量と南極圏の日射量、目標は、北極圏の地上気温と、全球の降水の緯度分布を表現する1つの係数。
  • 3×3問題: 強制は日射量、目標は地上気温。それぞれ緯度のsineの直交多項式で、0次、1次、2次の項。

気候モデルとして、まず、ESM(地球システムモデル)のひとつであるCESM (Community ESM、NCARが中心となって作ったもののはずだがこの論文ではNCARの名まえを出していない)を使っている。このモデルでは、工業化前のCO2濃度を維持したコントロール実験と、CO2濃度を毎年1%の複利で漸増させた実験がすでに行なわれている。そのCO2漸増の条件のもとで、2×2問題の1変数制御・2変数制御、3×3問題の1変数制御・2変数制御・3変数制御の実験を行なった。目標変数の目標値として、コントロール実験の長期平均値をとったようだ。

このCESMによる実験では、CESMの計算値を真の気候システムの観測値とみなしている。それでは、結果は制御しやすいほうに偏ってしまうだろう。そのことは著者たちも考えていて、CESMによる気候の表現が完全でないことからくる不確かさを評価するための試みとして、CESMによる制御実験で決めたフィードバックパラメータを、別のESM (GISSのもの)に適用した実験も行なった。(わたしには、これで不確かさの評価として充分とは思えないが、それに向かう最初の試みとしては理解できる。)

結果として、制御はうまくいったように見える。

  • 2×2問題では、北極圏の日射量だけを制御するのでは、気温は目標に近いところにとどまるけれども、熱帯の降水帯(ITCZ)の緯度がずれる。しかし、南極圏の日射量も制御すれば、降水の緯度分布も、コントロール実験に近い状態を維持する。
  • 3×3問題では、強制変数と同じ次数までの目標変数を制御することができた。つまり、0次で全球平均の気温の上昇、1次までで気温の応答の南北非対称性(その結果として降水帯の緯度のずれ)、2次までで低緯度で冷やしすぎ・高緯度で冷やし不足という形の偏差を、それぞれ小さくすることができた。

ただし、GISSモデルでの実験とCESMでの実験とでは違ったふるまいをした。2×2問題で2変数を制御した場合、南極圏の日射量はCESMでは増加、GISSでは減少させる必要があった。3×3問題で2変数または3変数を制御した場合、日射量の1次(南北非対称)の項は、CESMでは10年ほど負のほうに拡大してそれから縮小するのだが、GISSでは変化が小さい。わたしは、このことが、現実の気候システムで温度や降水の南北非対称成分を日射量の強制によって制御することがむずかしいことを示唆していると思う。それに比べると、南北対称な低緯度と高緯度のコントラストを示す2次の項のほうが制御しやすいように思われる。3×3問題で、0次と2次の2項だけを制御した実験をしていないのが残念だ。

残された課題として、まず、自由度(実質的な目標変数の数)をどこまでふやせるか、という問題がある。(著者も地域ごとの気候の制御については楽観していないが、わたしの主観的印象では、3変数止まりか、季節依存性を少し追加できるところまでかと思う。)

また、当然ながら、SRMを実現する方法に関する問題も残っている。成層圏エーロゾル注入ならば、ここで考えた気候システムと、注入するエーロゾルの(緯度・高さ・季節ごとの)量から放射強制への連関とが複合したシステムを制御する問題になる。

わたしの感想として、SRMの技術アセスメントをするならば、気候がどのくらい詳しく制御可能かをさぐる研究はもっと必要だと思う。ただし、SRMに関する数値モデリング研究が「気候を望ましい状態に向かって制御する」という発想のものばかりになってしまうとまずいとも思う。

文献

  • Ben Kravitz, Douglas G. MacMartin, Hailong Wang, and Philip J. Rasch, 2016: Geoengineering as a design problem. Earth System Dynamics, 7: 469-497. http://doi.org/10.5194/esd-7-469-2016 (無料公開)
  • Douglas G. MacMartin, Ben Kravitz, David W. Keith and Andrew Jarvis, 2014: Dynamics of the coupled human–climate system resulting from closed-loop control of solar geoengineering. Climate Dynamics, 43: 243-258. http://doi.org/10.1007/s00382-013-1822-9 (本文は有料)