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現代、「システム」ということばはそこらじゅうに出てくる。その意味はまちまちだと思う。いろいろな文脈で使われる「システム」ということばから共通の意味をとりだそうとしても、「複数の部分からなり、しかし単なる部分のよせあつめではなく、全体としての特徴をもつもの」というくらいしか言えないと思う。そしてこんな漠然とした意味ならば「システム」ということばを積極的に使う意義はないだろう。「システム」ということばは、文脈によって違った意味で使われているのだ。
大学の科目名や専攻名に「〇〇システム学」があるが、「〇〇学」との違いがよくわからないことが多い。違うとしても、ある事例での違いかたから他の事例への類推はできない。
自分の授業の教材に(大学が設定した科目名ではないのだが)「気候システム論」という題目をつけているわたしとしては、そこでの「システム」の意味を説明しなければいけないと思ったが、なかなかできなかった。ようやく、[ここでのシステムの意味]というウェブページを書いた。このブログ記事には、そこに書いたことの周辺で考えたことを書きとめておく。
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科学のうちでの「システム」ということばの使われかたのうちで、わたしの使いかたから遠いものとして、生物体系学(systematics)での使いかたがある。
生物の系統を知ることと、生物を分類することは別々の動機であり、その答えは一致するとは限らない。しかし、生物がDarwin型の進化をしていて、種(しゅ)は分化するが合流はしないとすれば、系統はtree型になる。分類を人間の勝手なつごうでなく自然物がもつ構造をすなおに反映したものにしようとすれば、系統を反映したものがよい分類になりうる。(ただし、形質の類似性に基づくという分類原理もあり、それは系統によるものと一致するとは限らない。)
ただし、わたしはまだ生物体系学でsystemということばがどう使われているか、それと日本語の「系統」、「分類体系」それぞれがどう関連しているかをよく知らない。
人間の知識やそれに基づく人工物についても、系統を考えることはできるのだが、合流が頻繁にあってきれいなtree型にならないと思う。そして、系統を知ることと分類することとの関係は、生物の場合ほど強くならないと思う。
【[2021-04-07 補足] 矢澤 (1989) 『気候地域論考』という本で、「気候システム」は重要なキーワードなのだが、その意味はこの記事の 5~7節でのべる「気候システム」とはまったくちがい、たぶん生物体系学のばあいと同様に、気候の分類体系をさしている。】
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「システム」ということばが使われる頻度がいちばん高い分野は計算機関係だと思う。そしてそこでの「システム」という用語の意味はあきらかに多様だ。もっとも、これに限らず、計算機関係、とくにソフトウェア関係では、まったく違った場面でも、多少似た構造があると、同じ用語を使ってしまうことがよくある。今わたしは、その多様な意味に踏みこんで考える元気が出ない。
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熱力学では基礎概念のひとつとして「系」がある。英語ではsystemだが日本語で「システム」とは言わないようだ。わたしの授業でも熱力学の概念を使うのだが、わたしはあまり自信をもった説明ができず、定義は熱力学の教科書を見てください、ということになってしまう。
実際に出てくるところでは、中に物質を含む「箱のようなもの」と考えることにしている。[2012-06-07の記事]で述べた「孤立した系、閉じた系、開いた系」の問題は、箱の(仮想的に考えた)壁を、エネルギーや物質が出入りするかに関する区別だ。
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熱力学での「系」は、システム論の全部ではないとしても多くの場合に共通する、「実際には連続体である世界を、仮想的に境界を設定して部分に分け、ある部分と他の部分との間の相互作用を考える」という考えかたの一例だと思う。
Georgescu-Roegen (1971)は、経済について、そのようなとらえかたを説明している。執筆当時、新しい考えかただったようだ。
Blilie (2007)は(対象物としては自然物も人工物も社会も含めて)計算機によるシミュレーションをするためのモデルを組む話をしているのだが、モデルを組むにあたって対象を境界が明確なシステムとして認識する必要があることを強調している。
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「気候システム」については、物理法則に基づく気候モデルが成り立っている。実際の計算機プログラムとしてのモデルを組む背景として、次のようなシステムの理解がある。対象が従う主要な法則は、質量保存、エネルギー保存などの保存則の形をしている。運動方程式も、運動量あるいは角運動量という量に関する保存則として扱うことができる。対象は複数の「箱」からなると考える。それぞれの箱について、ある量(たとえばエネルギー)が保存則を満たすとすれば、箱の中のその量のたまりは、箱に(他の箱またはシステム外から)出入りするその量の流れによってだけ変わり、その他の生成消滅はない。保存則が近似的に成り立つならば生成消滅項を補助的に考えればよい。
もう少し一般的に、地球環境に関するシステムは、物質やエネルギーの「たまり」と「流れ」から構成される「物質・エネルギー循環系」としてとらえることができる、と思う。
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気候システムを考えるうえでもうひとつ重要な理屈として、フィードバックがある。これは、計測・制御工学のほうで発達した概念だ。(「サイバネティックス」ということばとも結びついているが、これは現代の専門分科名というよりも20世紀なかばの思想潮流のひとつと見たほうがよいのだと思う。)
この場合、系は複数の部分からなっていて、部分間で信号が送られ、信号を受けた部分の状態が変わる。信号が伝わる経路がループになっていると、状態の変化が増幅することや減衰することが起こる。
現実の系を動かすためには物理的エネルギー源(むしろ低エントロピー源というべきか)も必要だが、それは系の状態をきめるうえで重要な信号の源と一致している必要はない。フィードバックシステムという枠組みで考える限りでは、後者だけが重要なのだ。
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しかし、気候システムをフィードバックシステムとしてとらえる場合には、各部分の主要な状態量は、エネルギー(あるいは質量、運動量)のたまりであり、各部分から他の部分に送られる信号は、エネルギー(など)の流れに関連する量であることが多い。つまり、物質・エネルギー循環系がフィードバックシステムを兼ねているのだ。(具体的に数式を書く際には、部分の温度などの状態量を信号とみなすことも多い。その状況を含む説明はもうひとくふうする必要がありそうだ。)
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現実の地球環境をとらえようとすると、生物の働きが無視できないことがある。
生物からなるシステムである生態系も、物質・エネルギー循環系としてとらえることができる。食物連鎖による有機物の物質収支あるいはそれに伴うエネルギー収支は、生態系というシステムにとって、重要な特徴のひとつだと思う。しかし、それと、生態系をフィードバックシステムとしてみたときの重要な要素とは、対応しないかもしれない。さらに、生態系の働きをつかむためには、このどちらとも違う観点も必要だろう。
「気候システム」に生物の働きをもやや具体的に含めて考える場合は、「地球システム」または「地球環境システム」という表現をすることが多い。地球システムを考えていくうえで、7節で述べたような考えかたは今後も重要だと思うのだが、それだけではすまなくなるかもしれない。
文献 ([教材ページ]にあげた参考文献はここでは省略した)
- Charles Blilie, 2007: The Promise and Limits of Computer Modeling. Singapore: World Scientific. [読書ノート]
- Nicholas Georgescu-Roegen, 1971: The Entropy Law and the Economic Process. Cambridge MA USA: Harvard Univ. Press. [読書ノート]
- [同、日本語版] ニコラス・ジョージェスク=レーゲン 著, 高橋 正立 ほか訳 (1993): エントロピー法則と経済過程。みすず書房。
- 矢澤 大二 (たいじ), 1989: 気候地域論考。古今書院。[読書メモ] [2021-04-07 補足]