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ラジオ気象通報と、データの可聴化(聞こえる化)

2014-12-22の記事[データの「可聴化」「聞こえる化」を考えてみる(まだ机上論)]に対して、「データの可聴化には、ラジオ気象通報などもあるのではないか」というコメントをいただいた。そのようなものは、わたしが22日の議論で想定した範囲の外だったのだ。ただし、「可聴化」(あるいは視覚に限らない意味での「可視化」)の意味をそこまで広げてみる立場もありうると思う。また、気象通報というものを、データの可聴化に含めないとしても、それと関連するものとして考えてみる意義はあると思う。

まず、気象通報という具体例にふれる前に、なるべく一般的に、22日の記事を書いたときに暗黙のうちにどのように対象を限定していたかを、ことばにしてみる。限定はふたとおりあり、両者は同じことではないと思うが無関係でもない。

第1に、人がデータのもつ情報を受け取る際に、言語の認識(ことばを聞き取ること、文字を読むこと)を含まない知覚によることができるものに限りたかったのだ。視覚の場合で言えば、データを文章ばかりの文書で伝えることも「可視化」に含める立場もありうるけれども、22日の記事の立場はそうではなく、大きさや形に関する知覚によって数量を認知できるグラフのようなものだけを想定していた。聴覚の場合も、データをことばで伝えることも「可聴化」でありうるけれども、22日の記事では、音の強さや高さなどに関する知覚で受け取れる形で伝えることを考えていた。

もっとも、現実のグラフには、図形のほか、注記の文字がある。その部分を読む作業には文字からの言語の認識の能力を使う。同様に、22日の記事で述べたような音によるデータの表現に、補助的に言語情報がのることは考えられる。声楽のような形のものが考えられるかもしれない。

第2に、22日の記事でいう「可視化」や「可聴化」は、データが示す複雑な内容のなるべく多くの部分を、人が知覚・直観を活用して短時間に受け取れるように、表現することをさしている。もちろん情報をゆがめずに伝えることが望ましいのだが、(情報理論のほうでいうような形式的な意味での)情報を損失なしに正確に伝達することを主眼としているわけではない。

人の話しことばは(ひとまず複数の人が同時に話すことを考えなければ)時間軸上に1次元にならべられる。書きことばも、行の折り返しやページレイアウトはあるものの、標準的な読む順序が決まっていて時間軸上の情報に対応するものだ。また、正確な情報伝達のための技術は、実際には並列に伝達することもあるだろうが、理屈を考えるときには、データを順序のついたひとつの列とみなすことが多いと思う。それに対して、グラフは情報を2次元平面上に表現し、1次元的にならべない。そのことによって受け手にデータが示す内容の構造(の一部)を伝えようとする。音による表現では、時間1次元でないものの実現はむずかしいとは思うが、データが示す内容の構造を直観的に受け取れる形で伝えるくふうはできないだろうか、と考えたのだった。

データの可視化としての天気図
気象通報の話の前に、天気図を説明しておくべきだろう。天気図というのは、気象の状態の、ある時刻での、ある高さ(地上天気図であれば地表面[用語説明参照]付近)での、水平2次元の分布を、地図上に表現したものだ。主役となる変数は、地上天気図の場合、気圧 (詳しくいうと海面気圧[用語説明参照])であり、これを等値線 (気圧の等値線なので「等圧線」という)で表現する。【等値線とは何かの話は別の機会にしたい。】そして、水平面上でみてまわりより気圧が低いところを「低気圧」、高いところを「高気圧」として示す。また、各観測地点の位置に記号や文字による注記で、気温、湿度、風、雲量、降水などの天気現象、の情報を示す。(次に述べるラジオ気象通報で使われる方式では、雲量と降水などの天気現象とをまとめて「天気」としている。また、ここで例示した気象要素のうち、湿度は含まれない。)

これは明らかに、地図を利用したデータの可視化である。各観測地点での観測値や、低気圧の中心気圧などを読み取ろうとするときには、文字の認識も必要となるけれども、少なくとも等圧線による気圧配置の表現に関しては、形の知覚(パタン認識)に訴える情報伝達だと言えると思う。

情報伝達としてのラジオ気象通報
ラジオ気象通報は、天気図の情報を受け手が再現できるようにラジオで伝える放送番組である。地上天気図について、NHKラジオ第2放送で、長い間、1日3回放送されていたのだが、最近、1日1回 (日本時間16時)に減ってしまった。

これは、22日の記事で述べた意味での「データの可聴化」ではなく、ことばによる情報の正確な伝達をねらった活動である。そしてその伝達の目的が天気図というデータの可視化なのだ。

パソコンとインターネットが普及する前、一般の人が天気図を見るおもな媒体は新聞かテレビだったが、新聞は印刷と配達による遅れがあり、テレビは簡単に持ち歩けるものではなく、テレビの映像を録画できたとしても紙などに出すのは簡単ではなかった。そこで、とくに登山などの野外活動をする人にとって、ラジオ気象通報が天気図の情報を得る主要な方法だった。(登山者向けには、日本短波放送(のち「ラジオたんぱ」)で高層天気図の気象通報が放送されたこともあった。) また、気象について勉強しようとする人のための教材として、気象通報を聞いて天気図をかくことが勧められた。なお、もともとラジオ気象通報が想定した主要な受け手は漁船だった。漁船に無線ファクシミリの受信機が普及してからも、ラジオ気象通報は海上の船舶が注意すべきことに重点がおかれた構成が続いている。

気象通報が送りたい情報は、天気図であり、(水平)2次元空間にひろがるものだが、伝達手段が、ラジオの音声なので、時間1次元である。そのため、情報を順序づけしてならべる必要がある。緯度経度の一方を主、他方を従として整列する方法もあるが、気象通報はそうしなかった。

固定した地点での観測値は、緯度経度情報を省略して地名で場所を伝える。受け手が観測地点が書きこまれた地図を持っていることを伝達の前提にする。地点の順序も毎日同じにして、慣れが有利に働くようにする。慣れた人が聞きながら直接地図上に書きこむことを想定して、比較的近い地点が続くような、ひとふでがきの発想でならべる。ただし、おそらく歴史的事情によるとびもある。

移動する船などからの観測値、低気圧中心や霧の広がりなどの自然現象、ロケット打ち上げ予定などの注意を必要とする人為現象の通報では、位置は基本的には緯度経度の数値で伝える。緯度経度格子がひいてある地図に記入することが想定されている。緯度経度の前に、大まかな場所(海域)を、たとえば「本州東方の」のように指示する。直接地図に書きこむ人は、地図の上で対象海域に手を動かして緯度経度を待つことになる。

今、耳で聞くことによってこのような作業をする必要性はすたれた。しかし、空間情報を非空間情報の形で伝え、再現するという形の作業はある。その例題として多くの人に共通の材料があるとよいと思う。その意味で、気象通報が続いているのがありがたいと思う。