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モンスーン、monsoon、季節風

「モンスーン」と「季節風」は、どちらも英語の monsoon に対応し、同じ意味のことばとして扱われることもあるが、区別されることもある。意味の広がりが一定しないので、文脈ごとに確認が必要だ。

本論にはいる前に、関連する他の用語についておことわりする。

  • ここでの「」「」は、太陽高度角が年平均より大きい・小さい(太陽天頂角で言えば逆に小さい・大きい)時期をさすものとする。北半球ではJJA、南半球ではDJF([2012-11-10の記事]参照)が夏の主要部分となる。夏は必ずしも気温が高い時期ではない。
  • 雨季乾季」「雨期乾期」はどちらも使われる。同じ語の表記のゆれとみなす。(この記事では前者を採用するが、わたしが書くもののうちでも一定していない。)
  • 東岸西岸」は、(ここでは、海の立場ではなく)陸(大陸や島)の立場で使う。

「モンスーン」あるいは「季節風」ということばが使われる典型としては、次のものがあげられる。

  1. 熱帯で、季節内では一定の風向が持続する傾向があり、それが冬と夏では逆転するような現象を「季節風」あるいは「モンスーン」という。とくに、インド洋熱帯北半球側で、冬に北東、夏に南西の風が吹くことをさす。英語の monsoon の語源は、アラビア語 mawsim (マウシム)であり、それは「季節」を意味する。季節ごとに出現しやすい風向に関する知識は、帆船による航海がさかんだった時代、とくに重要だった。
  2. 熱帯で雨季と乾季のある気候の、とくに雨季のことを英語でmonsoon (日本語でも「モンスーン」)という。この使われかたはインドに関する英語文献ではふつうであり、おそらくそこから他の熱帯地域にも広まった。
    • インド西海岸およびデカン高原では、雨季が(年々変動はあるがおよそ) 6月初めに急に始まり(onset=入り)、8月から9月に終わる(withdrawal=明け)。(日本語表現は梅雨に関する「つゆ入り」「つゆ明け」にならった形を使うことにする。) この雨季は、1で述べた南西モンスーンの風がインドに達している時期に対応する。この地域は天水田の稲作に雨を必要とするので雨をもたらす南西モンスーンへの関心が高い。
    • 東南アジア北半球側のインドシナ半島の状況もインドと同様だが、雨季の入りがやや早く(5月ごろ)、やや不明確である(乾季中にもいくらか降水がある)。
    • 西アフリカ(ギニア湾の北)でもインド・インドシナと類似の風と雨の季節進行が見られる。
    • オーストラリア北部のモンスーンも、夏冬が逆になる(雨季入りが年末年始ごろ)が、類似の現象である。
    • (南北アメリカには風向が季節によって逆転するところは少ないのだが、雨季が急に始まるところはあり、その特徴がモンスーンと呼ばれることがある。)
  3. 日本季節風といえば、おもに冬の北西風をさす。(夏の風向は必ずしも一定せず、風向の逆転による定義にあたらないところもある。) 冬の季節風は、アジア大陸を出るところでは水蒸気量が少ないが、日本海東シナ海から水蒸気を得て、日本列島の山地にぶつかって雪や雨をふらせる。それで水分を失うので山地の風下にはむしろ晴天をもたらす乾燥した風となる。季節風に関する経験的感覚は日本のうちでも住んでいる場所によって違う。(なお、日本列島の太平洋側・オホーツク海側に雪がふるときの風のパタンは冬の季節風の典型ではなく、低気圧が発達して風向が乱れたときである。)

これらに共通する概念的特徴があるとすれば、次のようなことだと思う。 (しかしこのまとめはモンスーンの定義としては漠然としすぎている。)

  • 夏と冬の少なくとも一方で、一定の風向の風の頻度が高い。(反対の季節には風向がほぼ逆であるか、風が弱いか、風向が定まらない。)
  • 降水・乾湿に関係がある。(降水をもたらす風だったり、乾燥をもたらす風だったりする。)
  • 大陸・大洋規模の海陸分布に関係がある。(同緯度の全経度で一様に起こっている現象ではない。)

次に、原因のほうから考えて、分類して論じることを試みる。
0. 帯状気候帯の季節的シフト
季節によって風向が逆転するしくみとしては、海陸の違いを考える前に、(概念的には東西方向に一様な)気候帯が、南北に(夏半球で高緯度側、冬半球で低緯度側に)ずれることがあげられる。

  • 熱帯(緯度15度付近)で、夏に熱帯収束帯(ハドレー循環の上昇域、降水多い、風向は一定せず)、冬に亜熱帯高気圧(降水少ない)・貿易風(東風)に覆われるところ。
  • 暖温帯(緯度30度付近)で、夏に亜熱帯高気圧(降水少ない)・貿易風(東風)、冬に温帯低気圧帯(降水多い)・偏西風(西風、ただし変動多い)となるところ。

ただし、このしくみだけによる風や乾湿の季節変化は、ふつう「季節風」「モンスーン」とは言わないようだ。
1. 大規模海陸風型循環、温帯大陸東岸の冬の季節風
単に「海陸風」と言えば昼と夜の熱源の違いによってつくられる循環だが、夏と冬の熱源の違いによっても同様なしくみで循環がつくられる。海と陸とでは、季節変化に関与する熱容量が違うので、陸上は、夏に高温・下層で低気圧、冬に低温・下層で高気圧となる。したがって、大気下層で、夏には陸にふきこむ循環(亜熱帯で東西一様な帯状の気候分布からのずれが大きい)、冬には陸からふきだす循環(亜寒帯で帯状からのずれが大きい)ができる。地球の自転の影響で、実際の風には、収束発散よりも渦の成分が大きくなる。循環の帰りの流れはふつう対流圏中層にある。

日本を含む温帯東アジアの冬の季節風は、偏西風の基本場にこの冬の循環が重なったものと考えられる。
2. 熱帯のプレモンスーン循環
熱帯モンスーン地帯で、1の夏の状態は、雨季入り前(pre-monsoon)の乾季末期の状態として実現する。このような地域では、地面温度・地上気温が年でいちばん高い時期は雨季入り前である(現地の感覚に従えばこの季節を「夏」と呼ぶのがもっともだが、この記事では違う約束によっていることに注意)。陸上の大気下層には収束、その上の対流圏中層に発散がある。
3. 熱帯の夏のモンスーン循環
雨季入り後の熱帯モンスーン地帯は、雲量が多く、雨による地表面冷却もあるので、陸面は必ずしも海面よりも高温ではない。雨季入り後の循環は、積雲対流の活発な領域で水蒸気の凝結によって密度の小さい空気が作られて上昇することによって維持される。積雲対流は対流圏上端(圏界面)に達し、循環の帰りの流れ(積雲対流からの吹き出し)は対流圏上層にある。積雲対流が活発な場所は、積雲対流と大気の大規模な力学との組み合わせで決まるので、海上になることもある。海陸の熱容量の違いによる温度差は、熱帯の夏のモンスーン循環の始まりには必要だが、維持には必ずしも重要でないと考えられる。
4. 熱帯の冬のモンスーン
熱帯の冬のモンスーンについて一般的に述べることはむずかしい。ここでは東南アジアの北半球側に注目して述べる。ここでの冬の下層の典型的風向は北東である。この北東風には次の要因が組み合わさっており、それぞれを分離して認識することはむずかしい。

  • 帯状全経度に存在する(北東)貿易風
  • 温帯の冬の(北西)季節風 → 地球の自転の働きで北東風となる
  • 反対(南)半球の夏の(北西)モンスーン ← 赤道で北東風が向きを変える

北東モンスーンは、海上をふく間に水蒸気を含み、陸地(とくに山地)にぶつかったところで降水をもたらす。東南アジアでは、フィリピン東岸、ベトナム(北部・中部)東岸、マレー半島(タイ南部・マレーシア半島部)東岸、ボルネオ島北岸などがそれにあたり、おもに夏のモンスーンが降水をもたらす地域に比べれば面積は狭いが、それぞれの地域に即しては重要である。
ベトナム東岸では、1・2月には降水日数は多く日照時間が少ないが、降水量は多くない。この時期は季節風がおだやかにふきつけていることが多いようである。11・12月にはときどき大雨がある。これは定常的な季節風ではなく、大陸からの寒気の吹き出し(海上を渡る間に低温ではなくなるが)や、渦型あるいは波型の乱れを伴っている。
5. 暖温帯の雨季: 日本の梅雨・秋雨([2012-11-10の記事]参照)など
暖温帯では、0のしくみによって夏は基本的に乾季なのだが、日本などでは、夏の初めと終わりに雨季がある。しかも、梅雨の入りは、熱帯のインドの夏のモンスーンの入りと(同時とは限らないが)近い時期に起こっており、(単純な因果関係ではないが)相互に影響をおよぼしていると考えられる。そこで、世界のモンスーンを考える際には、これも東アジア温帯のモンスーンとして含めるのがふつうになっている。
中国の人が、(熱帯の話題ではなく)温帯である中国の中央部についての話題で英語でmonsoonあるいは中国語で「季風 (jifeng)」として論じる対象は、梅雨期および盛夏(梅雨明け後)に水蒸気をもたらす南よりの風の場合が多い。(ただし、冬の季節風の場合もあるので、他のキーワードも見て区別する必要がある。)

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(ついでの話題) 「モンスーンアジア」
「モンスーンアジア」ということばは(気象学者も使うことはあるが)気象学用語ではなく、他のところでもきちんと定義されているわけではないようだ。この用語は、アジアのうちでも、ふつう、南・東南・東アジアをさす。西南・中央アジアは、おそらく乾燥しているという理由で、除かれる。北アジア(シベリア)も、おそらく寒冷だという理由で、除かれることが多い。つまり、モンスーンアジアとは、アジアの温暖湿潤域をさすようだ。これはまた、水田稲作がさかんな地域と同一視されることがある。

赤道付近には乾季が明瞭でない地域がある。ケッペン流の気候分類でいえばそこは「熱帯雨林気候」であり「熱帯モンスーン気候」とは区別される。しかし「モンスーンアジア」という場合、乾季が明瞭でない地域は、典型とはされないものの、除外はされないことが多いようだ。