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気候という分野のシミュレーションの特徴

気候の予測型シミュレーションに使われるモデルの位置づけは、シミュレーション一般と分けて考える必要があるかもしれない。

ここでは、シミュレーションモデルとして、現実世界の数量と定量的に関係づけられるような変数を含んでいるものを考える(すべての変数が定量的である必要はない)。また、モデルの中の世界で時間とともにものごとが変化しうるものを考える(たまたま定常状態にあることがあってもよい。なお、モデルの世界の日時は必ずしも現実の世界の日時に対応づけられなくてもよいとする)。このようなモデルは今ではたくさんある。経済に関するものが多いだろう。

その中で、気候モデルの主要部分となっている大気・海洋それぞれの大循環モデルは、物理法則を基礎としているという特徴がある。計算機上の数値モデルの特徴というよりは、その基礎となる概念モデルの特徴というべきだろう。具体的には、運動方程式、質量保存、エネルギー保存、状態方程式などだ。ここにあげた最初の3つは、数量の時間変化の項をもつ微分方程式の形をしている。そこで、ある時刻の状態をあらわす数量の組(初期値)を与えてやると、物理科学でいう因果関係に従って、以後の各時刻の状態を知ることができる。

これに対して、他の分野のモデルは、経験則を基礎としていることが多いと思う。法則の形は理論的に考えるとしても、そのパラメータの値は過去の経験を再現できるように統計学的に決めてやるものだ。

経験則はすでに経験した諸状態の間の内挿はできるが、未経験の範囲への外挿には有効でないことが多い。(「内挿・外挿」ということばは時間や空間の区間について使うこともあるが、ここでは変化する数量の値の範囲を想定している。) ところが、21世紀の気候変化は、過去百年あまりの近代的観測の経験や、過去数千年の書かれた歴史の経験の範囲をはずれるものになりそうなのだ(過去1億年ほどの地質学的な地球の歴史の範囲の内ではあるようなのだが)。物理法則に基づくモデルだからこそ、外挿になる領域での数量を求めることができるのだ。

もっとも、今後数十年の気候を変化させる要因には経済をはじめとする人間社会の活動もある(それだからこそ気候変化の対策が政策課題になっているのだ)。経済の予測は、経験則によるか、実証的裏づけの薄い理屈によるしかないだろう。また、自然界のうちでも、生物のふるまいは、根本的には物理法則に従っているにちがいないのだが、物理科学的因果関係で説明することは困難で、モデル化するには生物がその生存のために資源利用を最適化するといった目的論的な要素を持ちこむ必要があることがある。ほんとうは、大気・海洋、生物圏、人間社会が結合したシステムを扱うべきなのだろうが、それを物理科学的因果関係に従ってモデル化するという方針が有効かはむずかしい問題だ。これまで多数の実績があるのは、対象システムを物理的大気・海洋に限り、人間社会からの影響は外部条件として与えられるようにしたモデルによるものだ(生物圏をどこまで含めるかについてはいろいろな扱いがある)。外部条件とくに人間社会からのCO2などの排出量などについては複数のシナリオを与えて、それぞれの場合の大気・海洋のふるまいを見ることになる。これは狭い意味の予測ではなく、「もし人間社会の進展がこのようになったら気候はどうなるか」という数値実験だ。

物理的大気・海洋に限っても、実際の数値モデルは、計算機の能力の限界や、現実世界で起こっている現象を把握する人間の能力の限界のために、物理法則だけに基づいて構成できず、部品として経験則を使っているところがある(このことをパラメタリゼーション(parameterization)と呼んでいる)。さきほど、物理法則のほうが経験則よりも外挿能力が高いという評価を述べたが、両方を組み合わせたモデルの性能は「弱い環」で決まるのではないか、したがって「気候モデルは要するに経験則によるモデル」ではないか、という意見もあるだろう。モデルを部品から構成するという立場に立てば、そういう考えももっともなところがある。

しかし、モデルの構成は、部品から組み立てるばかりではないのだ。むしろ、人間の認識の発達という観点では、対象となるシステム全体を大づかみに表現するモデルからだんだん詳細化する、という流れのほうが大事だろう。物理的大気・海洋の場合、いちばん大づかみなモデルでは物理法則としてエネルギー保存だけを考える。そして流体の運動による南北あるいは鉛直のエネルギー輸送を表現しようとすると、拡散型あるいは対流調節型(対流が起こりそうな状態があったら対流が起こったあとの状態で置きかえてしまう)のようなパラメタリゼーションによるしかない。詳細化して運動方程式という物理法則が導入されると、モデルの中の経験則の領分を狭めることができる。このようにして、主要な基本法則を共有する、さまざまな詳しさのモデルの群がある。気候の分野のシミュレーションで得られた知見のうち専門家が自信をもてるのは、違った詳しさのモデルが共通に示している特徴についてなのだと思う。

[2013-06-28自分でコメント、2014-01-07本文にとりこみ] 本文の最後の段落に補足。気候モデルの部分である大気大循環モデルと、数値天気予報モデルとは、1980年代以後の実体はほとんど同じで、使いかたが違うだけだと言える。しかし、大づかみなモデルからの詳細化という観点でさかのぼった場合には、違うというべきなのだと思う。気候モデルのほうは本文に書いたとおりだが、天気予報モデルの始まりは、力学だけ(エネルギーの保存の式はあるが断熱過程だけ)の系で、温帯の1日程度の天気予報に役立つ予測が得られるというものだった。気候モデルと天気予報モデルとは、互いに相手の要素を取り入れながら詳細化した結果、同じ構成に至ったのだ。