macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

AGU U44B 災害リスク評価情報をどう伝えるか - ラクイラ地震の事例から

AGU Fall Meeting [12月10日の記事1参照]から。

2009年のイタリアのラクイラ地震について、結果としてまちがった「安全宣言」を出してしまった防災官庁DPC (直訳すると「市民保護局」http://www.protezionecivile.gov.it/jcms/en/homepage.wp )の職員だけでなく、そこに科学的知見を提供した科学者までが起訴され一審有罪判決を受けたことは、このブログでも[8月19日の記事][10月23日の記事]で述べた。AGUは裁判が始まる前の2010年にInvestigation of Scientists and Officials in L'Aquila, Italy, Is Unfoundedという声明を出しているほか、たびたび議論してきたようだが、今回の大会では、当初のプログラムになかったセッションU44B 「Communicating Geohazard Risk Assessments: Lessons Learned From the Verdicts in the L'Aquila Earthquake Case」が、おそらく有罪判決をきっかけとして、追加された。

まず南カリフォルニア大学教授で南カリフォルニア地震センター所長のJordanの講演があった。JordanはDPCによって2009年5月に組織された外部専門家による「地震予報に関する国際委員会」(ICEF)の委員長だった。この委員会は2009年10月に報告を出し、それは2011年8月に雑誌Annals of Geophysicsの記事Operational Earthquake Forecasting. State of Knowledge and Guidelines for Utilizationという形で出版されている。日本からは山岡耕春・名古屋大学教授が参加し、地球惑星連合の2011年大会のセッションU21でそこでの議論を紹介している。

Jordanによれば、このような地震について決定論的な予測をする方法は確立していない。確率的予測にしても、ある1日に被害がありうる規模の地震が起きる確率は1パーセント未満だろう。このような低い確率のリスクを一般の人々に過不足なく伝える方法はうまくできていなかった。

ICEFはいくつかの勧告をした。そのうちで、警報の出しかたを標準化するとともに、社会科学の知見に基づく効果的な公共コミュニケーションの方法を適用するべきだと言っている。

次に、スイスにあるWorld Agency of Planetary Monitoring and Earthquake Risk Reduction (WAPMERR、http://www.wapmerr.org )というNPOWyssの講演があった。Wyssはまず、ラクイラの被告のうちで、DPC職員、大災害委員会の委員であった科学者、委員でなくそこに科学的知見を提供するために出席していた科学者のそれぞれの立場によって責任が違うと言った。これは大木聖子さんのウェブページhttp://raytheory.jp/2012/10/201210_laquila1/ (およびその続き)の議論と同じ。そして、(DPC職員の立場にはふれず) 公的に出されたメッセージに直接かかわっていない科学者が有罪判決を受けて失職したことを、不当だと明言はしていなかったと思うが、そう思っているにちがいない態度で話を進めた。

そこで話を転じて、別の国で、おそらく地震発生の可能性について論文で述べたことが理由で、説明なしに入国を許されなかった地震学者がいたという話になった。この人はヒマラヤの地震活動を研究しているアメリカのコロラド大学のRoger Bilham (http://cires.colorado.edu/people/bilham/ , http://cires.colorado.edu/~bilham/ )で、インド入国が許されなかったのだ(そのときの目的地だったブータンにも行けなくなってしまった)。その前に、インドのMumbaiの南で原子力発電所の建設が計画されているJaitapurの地震活動とテクトニクスを論じ(http://cires.colorado.edu/~bilham/Jaitapur.html )、インドの研究者と共著で論文を書いた(Roger Bilham and Vinod K. Gaur, 2011:Historical and future seismicity near Jaitapur, India. Current Science, 101, 1275-1281 [Bilhamの著作一覧ページ]にPDFファイルがある)。これがインド政府から危険視された可能性がある。この件は、(Wyssの話に基づいて) Science誌のニュース記事でも報道されている。【なお、Wyssの講演ではふれられていなかったが、Bilhamのこの論文には誤植があってあとで訂正されている。Jaitapurが過去に経験した地震が、MSK震度階級[Wikipedia:メドヴェーデフ・シュポンホイアー・カルニク震度階級]で「5-6」だと推定したにもかかわらず、論文の要旨にあたる最初の部分で「7」と書いてしまったもので、根拠なく危険があると見える方向に偏ってしまったとは言える。意図的なものではないそうだが。】

また、2012年5月にイタリアのEmilia Romagnaで起きた地震では、伝統的建築の住宅がこわれなかったにもかかわらず、現代建築の工場の建物がこわれて労働者に死者が出た。しかしだれも罪に問われなかった。Wyssは工場の建物の建築者の責任を問うべきだと考えているようだ。

WAPMERRは地震の情報を得るとすぐに被害規模を推測して該当の国に注意をうながしている。しかしある国は、支援を申し出ても、被害の報道がないことを理由にことわってきた。報道のほうがうまく働いていなかったのであり、あとで被害がわかった。この件ではWyssは罪に問われることはなかったが、WAPMERRの推測と現地政府の判断がくいちがうことはいつもありうるので、それが罪にあたるとされるとこわい。

3人めの講演者は、火山学者でカリブ海のいくつかの島での火山防災の支援にかかわっているSparks (Bristol大学)だった。火山防災の経験にもとづいていろいろな注意を述べていた。自然科学的なhazardの評価だけでなく、人口分布やその他の社会的要因をもおさえてリスク評価すべきだという主張が印象に残った。科学者はhazard評価の段階にとどまるべきか、リスク評価にもかかわるかは場合によるが、どういう立場でかかわるかを明確にしておく必要がある。

質疑・討論があったが、わたしにはあまりよく聞き取れなかった。

AGUの[このセッションを予告する記事]へのコメントを見ると、「DNCの『安全宣言』のうち『小さい地震でエネルギーが解放されるので大きい地震の心配はない』という主張がまちがっていることに科学者は気づいていたのだから、科学者はそれを明言するべきだった」と言った人がいたそうだ。この論点は大木さんのhttp://raytheory.jp/2012/10/201210_laquila5/ のページの論点と同じだ。

最後にイタリアの火山学者が、国内の関係者は主張を明確にしにくいので、国際的なコミュニティの動きに期待していると言っていた。

[2012-12-13追記] 聞き取れた限りでは、討論は、国や自治体から助言あるいはその材料となる知見の提供を求められた科学者の責任の問題に集中していたように思われた。ラドンに基づく予知情報を出していた研究者がいたことはJordanの講演で言及されてはいたが詳しい説明はなく、討論でもその立場での倫理的問題は話題にならなかったようだった。

[2012-12-17追記] 討論の中で東大のGellerさんが「報道する人の科学知識が乏しいので、科学者の発信したものと公衆に届くものがくいちがってしまう」という問題を指摘していた。パネルのひとりが、「危機のときは修正が困難なので、日常的に、災害に関する科学的情報の意味を公衆に理解してもらう活動が必要だ」というように応じていた。