macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

放射(radiation)、正味放射(net radiation)

電磁波と放射能
気象学で「放射」と言ったら、電磁波の伝達・電磁波によるエネルギーの伝達をさす。いわゆる放射能(α線、β線、γ線、中性子線など)に関係する「放射線」「放射能」「放射性」と、形を示す「放射状」は別だが、例外と考えてよいだろう。

【[2013-04-30補足] 「放射能」というときの「放射」と電磁波の「放射」とは、語源は同じであり、用語が使われ始めたころは明確な区別がなかったと思われるが、今では別々の概念である。内容はγ線の部分だけ重なる。(「放射線」の場合はX線も重なる。) 英語でもradiationは電磁波と放射能の両方をさす。】

「輻射」から「放射」へ
昔は「輻射」ということばが使われていた。山本(1954)の教科書の題名に使われているので当時はそちらがふつうだったようだ。今では気象学ではほとんど「放射」となっている。(ただし、たとえば「黒体輻射」など特定の熟語にだけ「輻射」を使う人もいる。)

  • 山本 義一, 1954: 大気輻射学。岩波書店。

「輻」は車輪の構造をささえる半径に沿ってのびる棒のことで、英語ではspokeだ。この漢字の訓読みは「や」だが、現代日本語では「や」と言っても通じず、外来語の「スポーク」を使うだろう。「放射」に置きかえられたのは、学術用語全般について、人が読み書きできる漢字の字数には限りがあるので、「当用漢字表」以外の字を使わないようにしようという考えによる。スポークのような形を前から「放射状」と言ったので、「放射」は語源の意味を尊重した置きかえだ。難点は放射能とまぎらわしいことだけだと思う。
放射率?
電磁波を射出する能力を「放射能」というわけにはいかないが、「放射率」という表現は使われることがある。この表現にはいくつかの意味がありうるが、わたしが知っている意味は、現実の物体が出す熱放射 の 同じ温度の黒体放射 に対する割合だ。これは英語ではemissivityといい、日本語では「射出率」と言ったほうがよい。【したがってわたしは自分からは「放射率」ということばを使わない。】
放射フラックス
電磁波の伝達はあらゆる方向に起こるが、そのうち鉛直方向の伝達にだけ注目することが多い。気象学で議論する放射フラックスはふつう、鉛直上向き・下向きの2方向である。そして[4月27日の記事]で述べたように、面積あたりのフラックスつまりフラックス密度を「フラックス」と言ってしまうことが多い。
短波放射と長波放射
電磁波を波長で分けて、約4μmよりも波長が短いのを太陽放射または短波放射、長いのを地球放射または長波放射という。[4月24日の記事]参照。
正味放射あるいは純放射
上向き下向きを問わず電磁波が全体としてどれだけエネルギーを鉛直に運んでいるかを論じるには、上向き下向きの一方に正、他方に負の符号をつけて集計する。その結果を英語ではnet radiation、日本語では「正味放射」という。「フラックス」と言わなくてもエネルギーフラックス密度をさすことが多い。ここで「正味」としたところは「純」という表現も見ることがある。
どちらむきが正?
上向き、下向きを分けた放射フラックスは、それぞれの向きで考え、正の値にするのがふつうだ。地表面の正味放射は、下向きを正にするのがふつうだ。大気上端や大気中のあるレベルでの正味放射がどちら向きかはそれぞれの文献やプログラムごとに確認しないといけない。