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地表面のエネルギー収支と水収支

保存則と収支
自然科学で「収支解析」が有効なのは、たいてい、質量保存やエネルギー保存の法則の応用だ。質量やエネルギーについて、次のような式が成り立つ。

d(たまっている量)/dt = 収入 - 支出

ここで「たまっている量」を「貯留量」と書こうと思ったのだが、「d(たまっている量)/dt」を「貯留量」と言う人もいるようなので、別の表現にした。
定常状態では次のように「収支がつりあった」状態になる。

0 = 収入 - 支出。

地表面付近の層のエネルギー収支
地表面のエネルギー収支を考えるよりも、まず、地表面からある深さまでの陸または海の層についてエネルギー収支を考えたほうがよい。ふつう単位面積あたりで考える。たまっている量の次元は面積あたりのエネルギー、流れの量の次元は面積あたり・単位時間あたりのエネルギーつまりエネルギーフラックス密度となる。[4月27日の記事]で述べたように「フラックス密度」を「フラックス」と言ってしまうことが多い。

  • 層の深さを仮にzLとしておく。上側に比べて下側のエネルギーのやりとりが無視できる層をとることが多い。その厚さは議論対象の時間スケールによって違う。季節変化ならば、陸では数メートル、海では100メートルくらいをとればよい。
  • 層にたまっている(単位面積あたりの)エネルギーを仮にSとしておく。
  • 層の上側(地表面)でのやりとりは、「正味放射」Rnet (慣例では下向きが正)、「潜熱フラックス」LE (上向き)、「顕熱フラックス」H (上向きが正)からなる。(前の記事も参照:[正味放射][潜熱・顕熱])
  • 層の下側(深さzL)でのやりとりは、陸では熱伝導、海では対流(ただしここでの「対流」は熱伝達論的な広い意味)である。上向き・下向きいずれもありうるが、下向きを正としてG(zL)としておく。
  • 「層」という表現をしたが、単位面積の箱の側面のエネルギーのやりとりは、陸では無視できるが、海では無視できないことがある。水平のエネルギー輸送が2次元ベクトルの意味で収束していれば収入、発散していれば支出となる。発散のほうを正として divFLとしておく。(収束していればこの量の値が負になる。)

するとこの層のエネルギー収支式は次のようになる。

dS/dt = Rnet - H - LE - G(zL) -divFL

地表面のエネルギー収支
ほんとうに地表面での収支式がほしい場合は、「層」の厚さzLを無限小にした極限を考えればよい。無限に薄い層ではエネルギーをたくわえる量も水平に運ぶ量も無限に小さくなるので、dS/dtとdivFLは0とみなしてよく、収支式は次のようになる。

0 = Rnet - H - LE - G(0)

地表面のエネルギーフラックスの連続
上のように層からの極限として考えたほうがわたしにはわかりやすいのだが、「エネルギー保存」から直観的に「任意の面の両側でフラックスは連続でなければならない」と考えられる人は、地表面の上側と下側で鉛直エネルギーフラックスが等しいことから次の式を導いたほうがわかりやすいようだ。

Rnet - H - LE = G(0)

地表面付近の層の水収支
「地表面水収支」という言いかたはするが、実際に地表面という面での水収支を考えることはほとんどない。(数値モデル内の細部としてはありうる。) 地表面からある深さまでの層の水の質量収支を考えるのがふつうだ。

d(たまっている量)/dt = 降水 - 蒸発 - 流出

この式は[4月27日の降水量についての記事]ですでにふれているが、そこでの議論は、層の下側の水の出入りが無視できるような深い層を考えたことにあたる。エネルギー収支の場合と合わせて数メートルの土壌の層を考えたとすれば、底での水の出入りも考えなければならないが、「流出」が、側面からの質量の出入りの発散と、底面からの流出の両方を含むと考えればよいだろう。
保存則を前提としない収支
保存則を前提とせず、「収入 - 支出」を 「収支」(英語ではbalance)という量として扱う場合もある。
氷河の「表面質量収支」
これは、(気象学ではなく)雪氷学の慣用表現、いわば「雪氷むらの方言」だ。
氷河全体としての質量収支 (d(氷の量)/dt = ... )は質量保存の法則に裏づけられているが、そのうち氷の表面で起こる項だけを数えて「収入 - 支出」を集計したものだ。表面での固相の水(雪を含む氷)の収入を「涵養量」、支出を「消耗量」という。涵養はおもに降雪、消耗はおもに融解と昇華蒸発だ。わたしには「氷の表面での正味質量フラックス」と言ったほうがわかりやすい。ただしこの「フラックス」は「フラックス密度」だ。