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ベトナムには「脱原発」を輸出しよう

日本政府がベトナム原子力発電所一式を輸出する予定を変えないという報道を聞いて、残念に思った。しかし、ベトナム原子力発電所をもつ計画を変えず、日本ではなくほかの国から輸入するのならば、改善にならない。

日本が輸出する案の最大の問題は、放射性廃物を最終的にどこに持っていくのかのあてがないことだ。日本で引き取ってほしいと言われたとき対応できる覚悟は日本政府にないと思う。廃物のことはベトナムで考えてほしいという条件で売れるのだろうか。

地震津波に関しては、ベトナムは比較的には心配が少ない。環太平洋地震帯の中軸はフィリピンを通っていてベトナムははずれているし、ヒマラヤから続く造山帯もベトナムの北の端をかすめている程度だろう。津波の可能性もないわけではないが、南シナ海(ベトナムにとっての「東海」[別記事参照])に高い波が届くことは、外側の太平洋に比べてだいぶ少ないだろう。

ところが、福島原子力発電所の事故のあと、勝川(2011)の本で、淡水魚は塩分をためこむので放射性セシウム濃度が高くなりやすいという話を読んで、はっとした。ベトナムを含む東南アジアの伝統的食事は(鶏や豚も食べるけれども、基本は)米と魚なのだ(森枝, 2007)。とくにインドシナ半島内陸部のカンボジアラオスでは今でも淡水魚が主要なたんぱく源だ。そして、赤道をはずれた熱帯だから、風は基本的には東から吹いている。夏には対流圏下層では南西風が吹くけれども、その上には東風が吹いているのだ(松本編, 2002)。べトナムで福島と同様な事故が起きる確率は低いと思うけれども、もし起きると、何百万人もの人々の食生活を直撃する。ただでさえ複雑な東南アジアの国家間・民族間の感情もこじれるだろう。

ベトナムには、原子力発電所をつくることをあきらめてもらいたい。

そのために日本ができることと言えば、再生可能エネルギーの利用の方法を、いっしょに考えることだろう。(日本でできあがった技術を持っていくだけではすまないだろう。)

太陽エネルギー利用について注意が必要なのは、乾季・雨季の区別がはっきりしたモンスーン気候だ。北部・中部は東側が海に面しているので、冬の間は北東モンスーンで雨や霧が多く日照時間は短い。南部はインドシナ半島の大部分と同じように夏(5月から9月。気温が高い季節という意味ではない)に南西モンスーンで雨が多く、冬は乾季になる。だから、役にたつのは年の半分であることを覚悟で、それでも採算がとれる方法を選ぶ必要があるだろう。これは日本の日本海岸にも共通することだ。

風力についても季節変化を考慮する必要があるが、基本的には貿易風帯に位置するので、偏西風帯の南端付近に位置する日本よりもむしろ確実性は高いと思う。ただし、台風の頻度が日本よりも高く(強い台風はむしろ少ないと思うが)、また北東モンスーンの吹き出しに伴ってときどき強い嵐が起こるので、設備は嵐に耐えるくふうが必要だ(これは風力用の設備に限ったことではないが)。

水力発電に適した川はたくさんあり、ソ連の影響下にあったのですでに開発されている。ただし集中豪雨も多いので、ダムの運用には洪水防災・水資源利用・発電のバランスをとるむずかしさがある。

バイオマスエネルギーについては農山漁村地産地消型が重要だと思う。JICAとJSTのSATREPS事業で進められている東大とホーチミン市工科大学の共同研究もそういうものだ。http://www.jst.go.jp/global/kadai/h2106_vietnam.html

森林資源の持続的管理に関してはベトナムのほうが先進国であり(宇沢・細田編 2009の緒方俊雄氏の章、関良基氏の章)、日本のほうが学ぶことが多いだろう。

文献

  • 宇沢 弘文, 細田 裕子 編, 2009: 地球温暖化と経済発展 -- 持続可能な成長を考える東京大学出版会[読書ノート]
  • 勝川 俊雄, 2011: 日本の魚は大丈夫か -- 漁業は三陸から生まれ変わる (NHK出版新書 360)。[読書メモ]
  • 松本 淳 編, 2002: 東南アジアのモンスーン気候学。気象研究ノート (日本気象学会, ISSN 0387-5369) 202号。[読書ノート]
  • 森枝 卓士, 2007: 食べてはいけない (地球のカタチ)白水社。(これはアジア各地域の伝統的食生活の話。有害物質の話ではない。)