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エントロピー問題と地球温暖化問題の関係

地球環境問題と天然資源枯渇の問題は境目がない。Daly流に「自然資本の消耗」とまとめたほうがよいかもしれない。

この問題がむずかしいことには、自然的理由と社会的理由がある。

社会的理由を総括的に述べることもむずかしいが、関係するキーワードとして「共有地の悲劇」があげられるだろう。ただし、わたしはこのキーワードを提唱したGarrett Hardinの指摘には感心するけれども、その思想に共感しているわけではないことをおことわりしておく。今は、社会的理由についてはこれだけにしておく。

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自然的理由の根本は、熱力学第2法則(エントロピー増大の法則)に由来する、もどせなさ(不可逆性)にあると言えるのではないかと思う。

宇宙が膨張しているおかげであるらしいが、地球上の物体の温度はいずれも、太陽表面よりは低く、宇宙空間よりは高い。地球はエネルギーを、高温の電磁波で受け取り、低温の電磁波で出している。受け取るエネルギーの量と出すエネルギーの量はほぼつりあっているが、それに伴うエントロピーの量は出すほうが大きい。地球上の不可逆過程でエントロピーが発生しても、このしくみによって外にくみ出すことができるならば、地球はエントロピーが低い状態を保つことができる。

人間社会の用語としての「再生可能な資源」というのは、それを消費した結果生じる廃物と廃熱を自然の循環にまかせればエントロピーの増加分が地球の外にくみ出されるようなものをさすのが適切だろう。もちろんこれも、地球あるいは太陽の寿命である数十億年の時間スケールで考えれば、明らかに再生可能ではない。しかし、人間個体の寿命である百年はもちろん、今後、人類のこれまでの歴史である数十万年に相当する時間スケールを展望するうえでは、再生可能という表現をしてよいだろう。

ただし、地球表層(大気・水圏)の環境は、太陽(約6000K)と宇宙空間(約3K)の温度差の全部を活用できるわけではない。地球表層で起こる運動のほとんどは、基本的に、地球が太陽から来る電磁波(おもに可視光)を吸収するところの温度(場所によるが大まかに平均して約290K)と、地球が出す電磁波(おもに赤外線)を出すところの温度(大まかに約255K)の差によってつくられる熱機関(環境熱機関と呼ぶことにする)の働きということができる。

光合成や光化学反応では、太陽からくる電磁波の温度が高く、したがって同じ量のエネルギーをもつ環境温度の熱よりもエントロピーが低いことが活用されているが、これは地球表層環境にとっては例外的なことだ。

(光合成についてさえ、太陽光の低エントロピー性は重要でないという説もある。光合成と言われる反応はむしろ炭酸同化であり、水と二酸化炭素を、糖類などの有機物と酸素に変えるわけだが、これを持続させるためには、これで減った化学物質内のエントロピーと、反応の不可逆なプロセスで発生するエントロピーをくみ出してやる必要がある。陸上植物の場合、このエントロピーのくみ出しの働きをしているのは、液体の水を水蒸気として蒸発させる蒸散作用であり、それがなければ光合成は継続できないにちがいないのだ。わたしは自分で確認していないが、エントロピー収支的に見れば、蒸散によるエントロピー低下に比べて、太陽光の低エントロピー性の寄与は小さいのかもしれない。しかし、それでも、太陽光の低エントロピー性は重要でないとは言えないだろう。たとえ話だが、計算機センターの電力消費の大部分は、計算機の冷却のために使われているかもしれない。それでも、計算機自体の回路を流れる電力の供給も必要なのだ。)

資源として、(エネルギー量のわりに)動力や電力の価値が高く、低温の熱の価値が低いことも、炭化水素や糖類の価値が高く、二酸化炭素の価値が低いことも、エントロピーの観点から統一的に理解できる。

また、ものを混ぜることはたやすいが、分離するのはむずかしいことも、混合によってエントロピーがふえることと対応している。環境汚染のうち、少なくとも自然界になかった有害物質が拡散してしまったことは、それ自体がエントロピーの増加であるかどうかはともかく、浄化しようとすることは環境のエントロピーを減らすことであり、代わりにエントロピーがふえてよい何かの資源を投入しなければならないという意味で、エントロピー的問題であると言える。

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さて、地球環境問題の一部である(けっして全部ではないが無視できる部分でもない)地球温暖化問題はエントロピー問題とどう関係するだろうか。

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地球温暖化という現象のしくみとエントロピー収支との関係は簡単ではない。

もし、「温暖化とはエントロピーがたまることであり、したがって住みにくくなるのだ」と言えれば簡単なのだが、そうではない。(もしそうならば、寒冷化するほどエントロピーが少なくなって住みよくなるはずだが、そんなことはありそうもない。)

もし、人間活動によるエネルギー資源の消費によって生じる廃熱がたまるという問題ならば、これは温暖化でもあり典型的エントロピー問題でもあることになるだろう。20世紀なかばには、当時の将来の問題としてそういう事態を心配した人もいた。しかし現実のエネルギー資源消費の増加はそこまで急速ではなかった。火力・原子力発電所や、大きな工場、大都市などで、ローカルには、廃熱は重要な問題だ。しかし、地球全体の環境への影響としては、次に述べる温室効果強化の影響に比べて、桁が小さい。

いま起こりつつあることは、まず、大気中に赤外線を吸収・射出する物質(温室効果物質)がふえることだが、これは、地球が宇宙に電磁波を出す高さが高まることになり、これは、地表付近で発生するエントロピーを宇宙空間にくみ出すことをむずかしくする方向に働くだろう。

【地球が宇宙に電磁波を出すところの代表温度、つまり環境熱機関の低温側の温度は、地球が太陽から受け取るエネルギーと地球が出すエネルギーばほぼつりあうという条件で決まるので、変わらないと想定される。】

しかし、その結果として、地表付近の温度が上がる。環境熱機関の高温側の温度が上がることになるから、これは、環境熱機関から取り出すことのできる有用な仕事がふえることになる。

両方の効果が競合するので、地表付近の環境と(再生可能であろうとする限り)それに全面的に依存する人間社会にとっては、損になるか得になるかわからない。ただし、得になるとすれば、それは気候の変化にうまく適応した場合に限られるだろう。

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他方、地球温暖化の対策の基本は、エントロピー問題と密接な関係がある。

温暖化のおもな原因は、人間が炭素化合物と酸素を化合させて二酸化炭素を作っていることだ。二酸化炭素がじゃまだからといって、この逆反応を起こそうとすれば、低エントロピー資源が必要となる。ところが、炭素化合物を燃やす目的の全部ではないが多くは、高温の熱、つまり低温の熱よりもエントロピーの低いエネルギーを発生させることだった。それよりたやすく低エントロピーのエネルギーを発生させるしくみはなかなかない。したがって、対策の基本は、二酸化炭素を大気から取り除く手段を追求することではなく、低エントロピーのエネルギーが必要な際に二酸化炭素をなるべく生産しないような手段を選ぶことでなければならない。

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ここまで書いたところで、ちょうどこの日に、エントロピー学会( http://entropy.ac/ )の2011年秋の研究集会が開かれていたことに気づいた。今回はもう間に合わないし、近ごろのエントロピー学会はあまりに原子力事故の問題に集中しているので、その問題は社会にとって重要だと思うものの直接貢献できそうもないわたしとしては近づきがたいのだが、次にほんとうにエントロピー概念を使って人間社会が環境問題・天然資源問題にどう立ち向かうかを考える機会があれば参加したいと思う。