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エネルギー輸送・貯蔵担体 -- 水素に代わるものをさがそう

エネルギー利用技術の文脈で「水素」はとても重視されている。核融合関係を除くと、水素は酸素と化合する際に化学エネルギーを放出できるエネルギー担体として期待されている。使われかたには、燃焼によってロケット噴射やタービンをまわすことによって動力をつくることもあるが、「燃料電池」によって化学エネルギーから熱を経ないで電流に変えることが重視されている。

水素分子は地球上にまとまって存在するものではない。まとまった量の水素が必要ならば、工業的に作りだすことになる。今は天然ガス(主成分はメタン)から作ることが多い。化学合成原料として水素が必要な場合、あるいは気球([10月2日の記事]の話題)のように軽い気体が必要な場合は、このような工程を経る意味がある。しかし燃料が必要な場合には、水素に変えるのではなく、メタンをそのまま使うことを考えたほうがむだが少ないのではないだろうか。(二酸化炭素を大気に出さずに回収隔離貯留をするつもりならば、消費者のところでなく、燃料供給者のところで集中的に回収することに意味があるかもしれないが。)

エネルギー資源には、風力や水力のように力学的エネルギーの形で得られるものや、太陽光を太陽電池で受ける場合のように電気エネルギーの形で得られるものがある。ところが、とくに風力と太陽光は、エネルギー供給の時間的変動が大きく、それが需要の変動と一致しないので、エネルギーをためることの必要性が大きい。力学的エネルギーや電気エネルギーをためる方法は、揚水発電を別とすると、はずみ車やキャパシタ(コンデンサ)などがあるものの、能力に限りがある。化学エネルギーに変換してためることを考えたほうがよい。その化学エネルギー担体は、そこから力学エネルギーや電気への変換を、安全に、なるべくむだなく、また環境への悪影響なくできるものであってほしい。

そこで、エネルギー担体として水素を使い、風力や太陽光による電力で水を電気分解して水素としてたくわえ、需要のあるところに運んで、燃料電池によって電気を取りだして使う、という流れが有望だと考えられたのだった。

しかし、水素には次のようなむずかしさがある。

  • 分子が小さいので固体の壁を通過しやすい。もれないように閉じ込めるには特別なボンベが必要。
  • 液化は不可能ではないが(宇宙ロケット目的を除いて)実用的とは言えない。
  • 体積あたりのエネルギー量があまり大きくない。

設備の整ったところでの固定利用は可能かもしれないが、エネルギーを運ぶための担体としては適さないと言い切ってもよいと思う。

エネルギー輸送・貯蔵担体の役割を果たす物質が求められていることは確かだ。そこに歴史的事情で「水素」という名札が張られてしまったが、今から思えばそれはまちがいだった。水素にこだわらず、この機能を果たすことのできる物質は何であるかを考え、それをうまく利用できる技術の組み合わせを構築していくことが必要だ。

東日本大震災に伴う火災で明らかになったように[9月23日の記事]、エネルギー担体は、人が制御できない状況でエネルギーを放出して災害を大きくするおそれがある。エネルギー担体に関する技術開発は、それを安全に扱う社会的しくみの開発を伴って進める必要がある。

なお、二酸化炭素を排出しないという条件もつけたいが、これは担体物質がリサイクル利用される全過程を通して正味で排出しないという意味であって、吸収する過程があれば排出する過程があってもよい。担体物質が炭素を含むことを忌み嫌う必要はないのだ。