macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

飛行船は何で浮くか

9月28日の記事で、飛行機にそう簡単に乗れない世の中が来るだろうと述べたが、これは必ずしも、空を飛ぶことができなくなることを意味しない。飛行船、つまり駆動機構のついた気球という手段もあるからだ。飛行機は空気から揚力を得るためにも内燃機関エンジンを使うので空中にいることと前に進むことが切り離せないが、飛行船は浮力(正確にはまわりの空気の圧力差)で空中に位置を保ち、これと推進力とは無関係になる。ただし、飛行船での移動の速さはあまり望めないだろう。海の船と同程度ではないだろうか。もしそうだとすれば、前の記事に述べたとおり「海外出張は1か月仕事になる」ことは変わらない。

ただし物質の性質に由来するむずかしさがある。気球の中の圧力を外よりずっと低くして構造物で支える方法も考えられるが、そうすると構造物の重さも支えなければならない。飛行船ではふつう、同じ圧力で空気よりも軽い(密度が小さい)気体を使う。温度によって密度を変える「熱気球」も含めれば、空気自体あるいはそれと同程度の密度の気体を使うこともできる。

ところが、空気よりも軽い気体の種類はあまり多くないのだ。理想気体の近似が使えるので、密度比は分子量比、あるいは1分子あたりの質量の比と考えてよい。空気より軽い気体は、H2, He, CH4, NH3, H2O, HF, Ne, そして(かろうじて) N2くらいだろう。かつて飛行船が使われたがすたれたのは、水素が、いったん火がつくと爆発的に燃えるからだった。ヘリウムは不活性であり、今の数少ない飛行船に使われているが、超伝導関係でも需要があり、資源がたりなくなるだろう。ネオンも希少資源だと思う。フッ化水素は反応性が強すぎる。水蒸気は凝結温度が高すぎる。アンモニアも上空の温度では凝結を考えなくてはいけないだろう。消去法で残るのはメタンだが、これもよく燃える気体だ。

もしかすると、物質の性質による制約によって、飛行船が栄えることは不可能なのかもしれない。