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下町トリアージ

地球温暖化に伴う海水準の上昇が避けられないことになりそうだが、その数量は、人間活動からの温室効果気体排出の不確かさに加えて、大陸氷床の融解や海洋深層の熱膨張のプロセスに関する科学的知識の不確かさもあって、あまりよくわからない。IPCC報告書などを参考にしたわたしの主観としては、全球平均として、ありそうなところは100年で1メートルくらいだが、へたをすると50年で1メートルの上昇もありうるのではないかと思う。そして各地で経験する海面の変化にはこれにローカルな要因が加わる。ローカルな要因には、地球内部に原因のある地殻の隆起・沈降、あとに述べる地盤沈下、海洋の流れと一定の関係のある海面のでこぼこの長期的変化などがある。

海水準上昇の影響はいろいろな形で現われる。地下水の塩水化が重要なところもある。しかしここでは土地が水没することを考えてみる。海面に近い高さの土地がたくさんある。その多くは、沖積平野と呼ばれるもので、その地面は地球の歴史の中では最近の約1万年間の間に堆積した泥や砂などでつくられている。日本を含む東アジアではその多くが水田として使われてきた。そして海岸に面した都市の市街地になっているところも多い。「下町」という表現は、いつもそうではないが、都市のうち沖積面上に発達した部分をさすことが多い。

沖積平野の地下の泥層は時とともに圧密していくので、そこの地盤は沈んでいく。他方、上流から土砂が供給されて地面が高まることもある。ところが現代は川の水が河道内に限られるようになり、また上流にダムが建設されたため、河道以外の平野への土砂の供給はほぼ止まっている。それに加えて、多くのところで、地下水のくみ上げによって、地層の圧密と地盤沈下が自然の過程よりもずっと早く進んだ。くみ上げが規制されて地盤沈下が止まったところが多いが、もとにもどるわけではないし、長い目でみれば自然の圧密のぶんは沈下する。

今、日本では、沖積平野の多くが堤防でまもられている。過去に地盤沈下が進んだところでは、中にたまった雨を海に出すために動力を使ってポンプを動かしているところもある。

海面が上がっていくと堤防をかさ上げすることになるだろうが、それには限りがある。もっと高い堤防を作ろうとすれば、土地を占有する幅も広くなるし、セメントなどの資源の消費も多くなる。ポンプを動かすならば動力源が必要だ。再生可能エネルギーによるとしても、とくに都市部では他地域から補ってやらないと不足するだろう。

おそらく、海面下になってしまう土地のすべてを土地としてまもり続けるわけにはいかない。まもる土地と捨てる土地を選別することが必要だ。分類は次のようになるのではないだろうか。「赤」の対象をしぼりこむことが重要だ。

  • 緑。とくに対策しなくても日常は土地として使い続けられる。ただし、たまの洪水では水没するかもしれず、一時避難と復旧を考えておく。
  • 黄色。ときどき水没することになりそうだが、対策を各戸別にしてもらえば適応できそうだ。たとえば建物は2階以上にし、1階が水没しても2階で生活できるようにしておくなど。公共部門としては大がかりな事業はせず、住民の適応を促進する。
  • 赤。うまく手をうてば陸上の人間活動を続けられるが、住民それぞれの適応策にまかせるとかえってまずいことになるおそれがあるので、公共部門が直接対策に乗り出す。人工地盤(むしろ人工地面)の建設、排水ポンプの建設・運用など。そこでの人間活動に多くの資源と公共資金をつぎこむだけの価値があるという判断が前提となる。
  • 青。土地として使うことをあきらめる。水域として活用できる可能性はある。そこで生活していた人には、他のところへの移住を支援する必要がある。

災害時救命についての「トリアージ」の分類を参考にした。一面では、これは20世紀の常識では立ち行かない「非常」なのだからこの類推は適切だと思う。しかし他面では、こちらは百年の計なので緊急時の行動との類推はあやういとも思う。

[2011-09-28改訂: 色分けはトリアージの場合にならったものだが、トリアージの「黒」に対応するところだけは「青」に変えることにした。]