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0次元エネルギー収支モデルは気候システムのよい近似になっていないところがある

前回に続き今度も、へたをすると、気候システムに関する科学の基礎があやふやだと思われかねない問題だ。しかし、これは単に、現実が単純なモデルほどは単純でないということなのだと思う。

気候システムのいちばん単純な数値モデルは、全球0次元エネルギー収支モデルだと思う。緯度・経度・高さの空間3次元による違いを無視し、気候システムのもつエネルギーはその温度に比例する(定数である熱容量をかけたものである)とする。

さらに、エネルギー(あるいは温度)が時間によって変化しない定常状態を考える。すると、エネルギー保存の法則から、気候システムが受け取るエネルギーと出すエネルギーとの値は同じでなければならない。受け取るエネルギーは太陽からくる放射のうち地球が吸収するぶんである。出すエネルギーは地球が宇宙空間に出す放射である。これが気候システムのもつ温度の黒体放射であるとし、太陽からくるエネルギーとそのうち地球が吸収する割合として現代の観測に基づく一定値を与えると、その温度は約 255 K (-18℃)となる。これは地球の出す放射の代表温度であり、地球の有効放射温度とも呼ばれる。

現実の全球平均地上気温は約14℃であり、有効放射温度よりは32 Kほど高い。この差をつくっているのが地球大気の温室効果である、というふうに話が続くことが多い。

暗黙のうちに、地上気温、つまり、大気と海または大気と陸との境界面のすぐ上(標準的には2 m上)の温度が気候システムを代表するかのように扱われているようだ。しかし、その必然性はない。おそらく、地上気温が人間にとって重要であるからそれに注目しているにすぎない。

0次元エネルギー収支モデルでの気候システムの代表温度としてふさわしいのは、質量で重みづけした平均温度ではないだろうか。気候システムの質量の大部分は海洋の水だ。(大気の質量は液体の水に置きかえると10 mの層に相当する。海は地球表面の7割を平均深さ4 kmで覆っている。) そして海洋の水の質量の大部分は深層水だ。海洋全体の水温の平均値は(だいぶ前に文献を見た記憶によっておりまちがっている可能性があるが) 約4℃だ。気候システムの代表温度と有効放射温度との差は約22 Kだというべきではないか。

ただし困るのは、気候システムの代表温度が4℃になることを、次元数の少ないモデルで説明するのがむずかしいことだ。大気の温室効果定量的に評価するには鉛直の1次元が必要だが水平次元は省略できる。しかし、それが決めているのは全球平均地上気温と有効放射温度との差なのだ。海洋の平均温度と全球平均地上気温との差を決めているのは、表層の水温は気温とともに緯度によって大きく違い、海洋の深層水の大部分は温度の低い高緯度の表層水が沈んだものであることだ。この量を見積もるには、少なくとも南北・鉛直の次元を入れて考えなければならない。また、これは現在の気候システムの特徴で、おそらく最近二百万年(第四紀)の議論では定性的には変わらなかったとしてよいかもしれないが、そのうちでも沈みこみの場所や強さはかなり違っていた可能性がある。さらに、たとえば一億年前(白亜紀中期)など、地球上に大陸氷床のなかった時代には、蒸発の多い亜熱帯の表層水が沈んでいた可能性がある。すると、気候システムの代表温度と全球平均地上気温との関係は、現在や第四紀とはまったく違ったものになるはずだ。

そこで、気候変化の初歩的説明をするために0次元エネルギー収支モデルを使う際には、ふつう、気候システム全体の熱容量を考えず、海洋の表層数百メートルまでの熱容量を考える。こうすれば、観測事実や複雑なモデルの結果に基づく感覚的理解と矛盾はしない。しかし、海洋の表層と深層の区切りは厳密なものではありえない。したがって、初歩的説明のための簡単なモデルが現実とどれだけよく合っているかを精密に論じることはできない。

わたしがこの問題を認識したのは、地学入門書 (文献リストにあげた「地学は何ができるか」)をつくる際に、わたしの説明に対する天文学者の海野和三郎博士の指摘からだった。海野さんの考えに従えば気候システムの平均温度が導かれるような温室効果のモデルを示すべきだっただろう。しかしわたしにはそういうものが作れず、大気の温室効果と海洋の沈みこみとの2段階による説明にした。

文献

  • 日本地質学会(監修), 2009: 地学に何ができるか。愛智出版。[紹介ページ]