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気候サービス

2009年8月31日から9月4日に開かれた第3回世界気候会議(WCC) [注] で、気候サービスの全地球規模の枠組み(GFCS)をつくることが決議された。

  • 第1回は1979年に開かれ、これを機会に世界気候研究計画(WCRP)を含む世界気候計画(WCP)が発足した。
  • 第2回は1990年に開かれ、これを機会に全球気候観測システム(GCOS)が発足した。またこの会議でIPCCの第1次評価が報告された。直接ではないが1992年に気候変動枠組み条約が結ばれるきっかけともなった。

これを受けて、世界気象機関(WMO)では、この枠組みを作るための仕事にかかった。ウェブページは、http://www.wmo.int/pages/gfcs/index_en.html にある。

すでに、気象サービスあるいは気象業務 (weather serviceまたはmeteorological service)は確立している。国によって位置づけがいろいろだが、ともかく気象庁に相当する役所があって、WMOに加盟し、WMOの場で決められた標準に従って観測や予報をしその情報を国際的に交換している。(日本の今の気象業務法のもとでは、気象の観測や予報の基礎的部分は国の役所である気象庁の仕事となっている。また付加価値的部分は民間の仕事とされるが、サービスの質を確保するために、認可制度がある。)

気候サービスはいわば気象サービスの拡張だが、気候に関する仕事で必要となる情報は気象業務担当官庁が持っているものだけではないので、そういう制度を整備していくには、他の官庁にも協力してもらうように、各国政府の高いレベルの理解を得る必要がある。

それで、WMOは、High-Level Taskforce (HLT)というものを組織した。これにはいくつかの国の大統領経験者や、環境・水資源・社会開発などの大臣経験者が含まれている。気候専門家は比較的少なく、NCEP再解析のリーダーだったアメリカ(アルゼンチン出身)のEugenia Kalnayさんと、中国の気象庁長官経験者で雪氷学者でIPCC第1部会共同議長の秦大河さんだけのようだ。 気候情報を使う側では、農学や自然保護の専門家が含まれている。日本からは向井千秋さんがはいっている。その理由はわたしにはよくわからない。人選には専門・地域・性別のバランスをとったそうなので、日本には、女性で、気候の専門家ではないが気候と無縁ではない複数の科学技術分野(医学、宇宙工学...)の知識がある人を出すことが求められたのだろうか。なお会議には向井さんの助言者という資格で気象庁の人も出席しているようだ。HLTは2010年末までに報告書をまとめる予定になっている。大統領経験者などに文章を書かせるわけではなく、専任の編集者が多数の専門家に書いてもらったものをまとめた原稿をつくり、HLTメンバーの会議で改訂するという進めかたのようだ。

今ウェブサイトで読めるいちばん詳しい文書は、HLT向けに、WMOの立場でまとめたposition paperというものの下書きhttp://www.wmo.int/pages/gfcs/documents/GFCS_Position_Paper_DRAFT_REV_1_en_1.pdf だ。WMOの活動を各国の政治家に認めてもらいたいという気分が感じられるところもあるし、具体性が乏しいところもあるが、気候サービスに対するWMOのビジョンを理解する目的には適した文書だと思う。

まずここでの「気候」は英語のclimateだ。英語には「天候」にあたることばがないので、次の冬は寒くなるかといった季節予報もclimate predictionなのだ。気候サービスは季節予報から百年スケールの温暖化の影響評価までを含むことになる。WMOは乱暴に両者を混同しているわけではない。十年規模変動の予測はまだ研究としても初歩的な段階だ、ということも指摘している。少なくとも観測データに関する限り、年々変動の頻度分布を考えるにせよ、過去数十年の変化傾向を考えるにせよ、なるべく長期間の質のよいデータがほしいのであり、両方の目的を考慮してデータを整備したほうがよい。数値モデルに関しても、細かい調整を別とすれば、道具だては両方の目的に共通にできる。また、WMOの文書には見あたらなかったが、気候変化への適応を考えるならば、適応の対象は年々変動と長期変化が重なったものであり、今の気候によほどよく適応しているのでない限り分けて考えてもあまり意味はないだろう。言いかえれば、気候変化のインパクトはおもに極端現象(いわゆる異常気象)を介してくるので、気候変化適応と極端現象の認識は切り離せない。

WMOの構想によれば、GFCSは次の部分からなる。

  • 観測。GCOSを引き継ぎ拡充する。過去にさかのぼって質のそろった観測データを整備する仕事もこれに含めている。
  • 研究、モデリング、予測。WCRPを引き継ぎ拡充する。なお、いわゆる温暖化予測実験の中心となるCMIP (結合モデル比較プロジェクト)もWCRPの一部だ。
  • 気候サービス情報システム(CSIS)。次の部分からなる。
    • 全球規模データセンター、全球季節予報を提供するセンター。
    • 地域気候センター(RCC)。ここで「地域」は国よりも大きなまとまりをさす。アジアについては日本と中国の気象庁がTokyo Climate Center, Beijing Climate Centerとして働くことが決まっている。
    • 各国の気候サービス(NCS)。
  • 気候情報利用者界面プログラム (CUIP = Climate User Interface Program)。気候サービスの提供者と、利用者であるさまざまな社会的意思決定者との間で双方向に情報をやりとりするしくみ。対象となる分野の担当官庁を含めて組織することが想定されている。
  • 能力開発(capacity building)。

きょうのところは要約はここまでにしておく。必要を感じたら書きたすかもしれない。わたしの思いちがいがある可能性もあるが、気づいたらそのつど訂正する。

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ところで、「Climategate」がらみでも問題になっているデータの公開性に関連する話題として、上記WMOの文書の本文の「観測」の部の段落番号42の原文の一部を引用しておく。

Sometimes there is a reluctance to exchange data not only with other countries but also within a country, in part because the data is perceived as a potential source of income. Sometimes national data policies are very restrictive. Free data exchange would almost certainly provide benefits that would far outweigh perceived risks. (以下略)

WMOの規定 http://www.wmo.int/pages/about/Resolution40.html (WMO第12回総会決議40)は、基本的データは公開だが、付加的データは商業的流通を制限してもよいというものになっている。現実には各国政府の方針でこれよりも複雑な制約がつくことが多い。WMOは、各国政府に、気候サービスへの理解を求めるとともに、データの流通の制約を減らすことも働きかけようとしているにちがいない。