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日本語ローマ字表記の「訓令式」についてのおぼえがき (資料リンク集)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも しめしません。】

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日本語ローマ字表記の方式のうちの「訓令式」ということばを、わたしは、1954年にだされた 内閣訓令 (実際には「訓令」と「告示」からなり、実質的内容が書かれているのは「告示」のほうだが、ここでは便宜上「訓令」で代表させる) の内容のうちの「第1表」に規定されたものをさす、としてきた。そのまえに、1937年の訓令があることは知っていたが、その内容を確認していなかった。

「海津式ローマ字」(@kaizu_siki) の海津 知緒 さんのツイートをきっかけに、1937年の訓令と、そのほか複数の規範的文献を知ることができた。

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文化庁のサイトにつぎのページがある。

文化庁 > 国語施策・日本語教育 > 国語施策情報 > 国語シリーズ >
[No.23 ローマ字問題資料集 第1集]
これは、1955年に出版された本のページ画像をPDFファイルにしたものである。
1937年の訓令は、この資料の「1. 通達・報告・訓令・告示・建議・要項等」 という章の「2. 訓令」という節として収録されている。

また、1937年の訓令については、海津さんによるテキストがつぎのページにある。こちらの出典は『官報』である。(なお、海津さんによるテキストには、テキスト化をどのような方針でおこなったかの注がついている。)

わたしがざっと見たかぎりで、1937年の訓令の内容は、1954年の訓令 (第1表にしたがうばあい) とだいたいおなじだが、

  • 長音記号が上線である
  • 「ん」の n と 母音または y とのあいだの分離記号がハイフンである

というちがいがある。

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「ローマ字問題資料集 第1集」の「2. 文献」のうちの「1. ローマ字教育の指針」は1947年、「2. 改訂 ローマ字教育の指針」は 1950年、「3. ローマ字文の書き方」は 1947年に発表されたものである。

『ローマ字教育の指針・ローマ字文の書き方』という題の本をスキャンした画像が、国立国語研究所の「日本語史研究資料」のひとつとして公開されているが、こちらは 1949年刊行とある。
[]日本語史研究資料 [国立国語研究所蔵]

海津さんによるテキストはここにある。こちらのもとは国会図書館デジタルコレクションだが、それはやはり1949年刊行である。

「ローマ字文の書き方」の「I. つづり方」は、1954年訓令とおおまかにおなじ内容である。それにくわえて「II. 分ち書きのし方」 「III. 符号の使い方」がある。「III」の「符号」は句読点や引用符のたぐいである。なお、この文書には (海津さんの指摘によって気づいたのだが) 「訓令式」ということばは出てこない。

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海津さんは、「より詳しい解説」として、つぎの文書を紹介している。

  • 文部省内 国語問題研究会 編, 1947: 『ローマ字教育の指針とその解説』。三井教育文庫。

海津さんによるテキストがここにある。

これの 2章 2節「 ローマ字による国語のつづり方」に、「世に訓令式といわれているもの」あるいは「いわゆる訓令式」という形で「訓令式」ということばがでてくるが、(出版時期からみて当然ながら) それは 1937年の訓令に記述された方式をさしている。それにつづいて、この文書自体がすすめる方式について、つぎのようにのべている。

... このたび小学校と中学校にローマ字教育が実施されるにあたっても、このつづり方が用いられることになったのである。ただし、長音に「^」を用いることと、はねる音と次の母音や y をはなす符号に「’」を用いる点はいわゆる訓令式とことなっている。

この文書がすすめる方式は、「このつづり方」という形で「いわゆる訓令式」をひきつぎながらも、それとはことなるものとされている。しかし、「訓令式」と区別できる名まえはつけられていない。

『ローマ字文の書き方』と この文書の関係は、「学習指導要領」と「学習指導要領解説」の関係とにたものだとおもう。(ちなみに、『ローマ字問題資料集 1』には、この文書はふくまれておらず、学習指導要領 (1951年改訂の『学習指導要領 (試案)』 の小学校、中・高校それぞれの国語科のうちローマ字関係の部分) はふくまれているが、その解説はふくまれていない。) 『ローマ字文の書き方』が担当官庁がだした指針であるのにたいして、『ローマ字教育の指針とその解説』はその職員の団体著作による解説という、拘束力のよわいものになっているとおもう。

(海津さんがツイートで指摘していた) 母音の長音のところを読んでみると、i の長音を î としないで ii とする理由を「形の上から見やすいので」としている。つづいて、e の長音を ê とするとしたうえで、「ただし、ていねい・めいれいなどは、tênê、mêrê と長音にいわれることもあるが、一歩しりぞいてこれらはすべて、teinei、meirei とつづる。」と書いている。これでは、結果はよいとして、そうなった理屈が、e の長音ではなく e + i とみなすことにしたのか、e の長音とみとめたのだが ê でなく ei とかくことにしたのか、わたしにはわからない。おそらく、正式な指針文書でなかったので、推敲が不じゅうぶんなまま出版されたのだとおもう。

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わたしは、「訓令式」ということばを、日本語の音素としてなにを区別するか、それぞれの音素にどのようなローマ字文字列をあてるか、についてのルールにかぎってつかいたい。長音符号や「ん」のあとの分離符号が必要になることはふくめるが、具体的にどの符号をつかうかは保留しておく。わかちがき や 句読点のつかいかたはふくめない。このように限定すれば、1937年訓令、1954年訓令の第1表、1947年あるいは1949年の『ローマ字文の書き方』のいずれを基本としても同じになるだろう。そして、いまの時点では、いちばん参照しやすい1954年訓令を標準にするのがよいとおもう。

ローマ字による日本語表記の指針としては、わかちがきや句読点についての指針もふくめたものがのぞましいだろう。わたしが1960年代の国語教材などで見なれている表記は、おそらく『ローマ字文の書き方』にしたがっており、わたしは今後もこれを基本とすればよいとおもっている。(もし音素ごとの文字列を「ヘボン式」にかえるとしても、それ以外はかえなくてよい。) 『ローマ字教育の指針とその解説』 にしたがうべきかどうかは、わたしはまだていねいに読んでいないので、なんともいえない。

なお、『ローマ字文の書き方』のわかちがきや大文字のつかいかたの指針は、日本式の代表といえる 田丸 卓郎 の著作のものとはあきらかにちがう。もし「訓令式」ということばでそこまでふくめたものとするならば、これを「訓令式と日本式のちがい」ということができるが、わたしがこの節のはじめにのべた用語づかいならば、そうならない。