【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】
[2011-10-22 気象・気候の問題に使われるスペクトル解析についての序説] の記事が読まれているようなので、自分でも読みかえしたら、その記事に書いたつもりで書いていなかったことに気づいた。
それは「クロススペクトル」(cross-spectrum)のことだ。
ひとつの時系列のうちで、時間差をいろいろ変えて平均値からの偏差の積をとり、それを時間差の関数として平均したのが「自己共分散関数」であり、それをフーリエ変換したものが「パワースペクトル」である。自己共分散関数は時間の前後について対称なので、パワースペクトルは実数になる。
ふたつの時系列について、時間差をいろいろ変えて平均値からの偏差の積をとり、それを時間差の関数として平均したのが「相互共分散関数」であり、それをフーリエ変換したものが「クロススペクトル」である。相互共分散関数は時間について対称とはかぎらないから、クロススペクトルは複素数になる。
複素数は実部と虚部にわけることもできるが、絶対値と偏角として認識することもできる。クロススペクトルの偏角は、ふたつの時系列のうち、注目している振動数帯の振動の、位相差にあたる。この位相差のぶんだけ、一方の時系列の時間をずらしてやれば、他方の時系列との (この振動数帯での) 類似が最大になるのだ。クロススペクトルの絶対値を、それぞれの時系列のパワースペクトルの積の平方根でわったものが、「コヒーレンス」とよばれる。これは、おおざっぱにいうと、類似が最大になるように時間をずらしてやったときの、両時系列の (この振動数帯での) 相関をあらわす数値だ。
空間をつたわる波動現象があることはわかっているが、いろいろな振動数のものがまざっている可能性があるとき、観測値の時系列のクロススペクトルをみる。コヒーレンスの高い振動数帯に、同じ原因による波動があらわれていると期待できる。その位相差を見ると、もしそれが波動だとすれば、どちらからどちらにどのくらいの位相速度でつたわっているかの情報が得られる。2地点の時系列をくらべただけでは、位相速度をその2地点をとおる線に投影したものがわかるだけだが、多地点の時系列をつかったり、波動現象の理論のたすけをかりることによって、波の空間構造や位相速度ベクトルについての知見が得られる。
1960-70年代、熱帯の対流圏・成層圏の大規模現象について、この方法による認識の進展があった。(その前に海の水面の波についての研究成果が出ていて、その方法が応用されたと聞いている。) 1960年代後半に、東京大学の助教授であった 柳井 迪雄 [みちお] 博士のもとで、丸山 健人 [たけと] さん、新田 勍 [つよし] さん、林 良一 [よしかず] さん、村上 勝人 [まさと] さんなどが、風や気圧などのデータの時系列解析によって、どのような波がどのようなとき・ところに出現するかをしめした。その多くは、松野 太郎さんが理論研究でしめした赤道域大気の波動のモードに対応していた。松野論文と柳井チームの多数の論文がのった Journal of the Meteorological Society of Japan (気象集誌) は、世界の気象学者にとって重要な雑誌のひとつになった。
最小限の参考文献は、2011年の記事にすでにあげてある。わたしは、2011年の記事で「第1」とした部類のパワースペクトル解析につながるクロススペクトル解析の方法を、1980年代の大学院生のとき、まず新田さんからならったあと、日野 幹雄 『スペクトル解析』の本で勉強したのだが、基本的にはどちらも同じ方法だった。