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日本学術会議についての問題を整理するこころみ

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2020年10月、日本学術会議の会員の半数が交代する時期をむかえた。前の期の学術会議が105人の候補者リストを提出したが、内閣総理大臣がそのうち6人を任命せず、99人だけが任命された。

学術会議については、「日本学術会議法」という法律できめられており、その制定は1948年、最新改定は2004年だ。その本文は、日本学術会議のウェブサイトのPDFファイル http://www.scj.go.jp/ja/scj/kisoku/01.pdf にある。

その第7条の2に、 「会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」とある。この法律文の解釈として、総理大臣は学術会議が出したリストにある人の全員を任命しなければならないかについては、法律専門家のあいだでも意見がわかれるようだ。しかし、1983年の国会では政府側が、学術会議の推薦のとおりに任命すると言っていた。その後、推薦の制度が変わってはいるが、2014年の改選のときまでは学術会議の推薦のとおりに任命していたようなのだ。2017年の改選では事前に非公式にリストを出させて内閣官房が介入することがあったらしいが、公式なリストに対する任命拒否は今回がはじめてだ。今回、総理大臣は法解釈を変えたのだ。

学術会議のありかたや、その会員のえらびかたが、これまでの制度でよいのか、疑問はある。しかし、それを変えるならば、国会で「日本学術会議法」を改正するべきだ。法解釈の変更ですむばあいも、今回のような明確な変更ならば、国会にはかるべきだと思う。

わたしは、総理大臣には、いったん除外された 6人 を (追加の形でもよいから) 任命してほしいと思う。もしこの6人を除外したいという明確な意志があるのならば、その理由を国会で示し審議にかけてほしい。(単純に採決にかけて賛成多数ならばよいというものではない。)

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学術会議の役割については、伊藤 憲二 さんが、日本学術会議法第2条をもとに、つぎのようにまとめている。

学術会議の法律上の目的は創設時から変わっていない。日本学術会議法第二条に「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させること」が目的とある。ここから日本学術会議が三つの異なる機能を持つことがわかる。
第一に、学術会議が日本の研究者を代表すること。この「代表」という言葉は多義的で、一つには対外的に日本の学界を代表するという、前身の学術研究会議以来の機能もあるが、ここでは研究者コミュニティの利害を代表する機能に注目する。第二に、学術の発展向上をはかること。
第三の、「行政、産業、国民生活に学術を反映させる」というのは、具体的にはそれらのセクターの必要に応じた学術知を提供することで、広い意味での科学的助言と言ってよいであろう。

そして、伊藤さんは、今後の学術会議は「科学的助言」(有本ほか 2016 を参照)の機能をおもにするべきであり、研究者コミュニティの利害を代表する機能は、別の民間団体をつくってそちらに移すべきだと論じている。わたしも、そこまでは、吉川(2002)の論点ともほぼ同じであり、もっともだと思うのだが、「対外的に日本の学界を代表する」機能と「学術の発展向上をはかる」機能も重要だと思う。

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対外的に日本の学術を代表する機能としては、二国間の機関どうしの協定などもあるが、とくに、国際学術会議(International Science Council, ISC)や、InterAcademy Council (IAC) に対して日本を代表する役割が重要で、かりに日本学術会議がそれをしないのならば、かわりのものをつくらなければならないと思う。

ISCは、ICSU (かつてはInternational Council for Scientific Unionsだったが、International Council for Science にかわってからもこの略称をつかっていた)と、国際社会科学協議会 (International Social Science Council, ISSC) が合併したものである。

ICSUは、国際学会の連合体のようなものなのだが、ICSUとして活動するときには、日本代表を学術会議から出してきた。

とくに地球環境科学の分野では、ICSUが (他の国際機関と共同のことが多いが) 主導する国際共同研究事業が重要な役割をはたしてきた。(ICSUが資金を出す部分はごく小さいが、ICSUが推進しているという旗印のもとで各国の研究者が自国の政府などに予算をつけさせる要求をして、それを組み合わせて共同事業がなりたったのだ。) 2011-2012年にわたしがつくったメモが[ここ]にある。このうち World Climate Research Program は いまもある (うちわけはかわっている)。IGBP, IHDP, DIVERSITAS は おわってしまい、その主要な要素は Future Earth ( http://www.futureearth.org/ )の中で生きのこっている。Future Earth を主導する組織は ISC だけではないが、学術的意義のうらづけとしては ISC (合併まえはICSU と ISSC)の事業であることが重要だ。

このような国際共同研究事業に対応する日本の体制づくりには、日本学術会議が推進すると決めることが重要だった。(地球観測関係では、かつては、文部省の下にあった測地学審議会の決議のほうがむしろ重要だったと聞いているが、学術会議の役割も小さくはなかった。) そして、実際に推進する段階で、それぞれの国際共同事業の範囲は日本のひとつの学会でおさまるものではないから、日本学術会議の下に分科会をつくって、国内の調整と国際共同事業への窓口としてきた。実質は分科会委員の手弁当だが、国を代表する窓口があることが重要だ。このような機能は、学術会議の「対外的に日本の学界を代表する」機能でもあり、「学術の発展向上をはかる」機能でもあるのだと思う。

IACについて、わたしが知っているのは、国連のもとにつくられた IPCC (気候変動に関する政府間パネル) の外部評価が必要になったとき、評価を担当した機関であることだ (このブログの 2010-03-11, 2010-05-05, 2010-08-31, 2010-09-03 の記事に書いた)。日本学術会議は IAC のメンバーになっている。

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「学術の発展向上をはかる」機能には、国際協力のほかに、学術に関する政策に対する科学的助言がある。

学術研究や大学(大学院をふくむ)の教育に関して、具体的な政策の提案にはいたらないとしても、政策がみたすべき条件を提示したり、政府や野党などの提案を批判的に検討する役割が期待されていると思う。

とくに、大きな予算を必要とする科学研究事業の提案が複数出てきたとき、それを整理統合したほうがよければそのように提案をつくりなおすこと、また、予算のかぎりがあるなどの理由で両立できないときに比較評価する(政策決定者がどういう判断基準をもったとすればどちらが優先されるかをしめす) ことは、 政策に対する科学的助言でありながら、学術推進の機能でもあるし、研究コミュニティの自治的な機能でもあると思う。もし、科学的助言の機関と、研究コミュニティを代表する組織とをわけるとすれば、この機能をどちらに担当させるかもきめなければならない。(はざまで消滅させてはならない。)

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学術会議の会員をきめる方法は、うつりかわっている。古い時代の制度がつづいていると思って議論する人もいるので、注意が必要だ。

1949年に設立された当初は、公選制だった。わたしはくわしいことをしらべていないが、大学院で修士課程をおえた人は選挙権をもつことができたそうだ。

1983年の法改正で、学会の推薦にもとづいて学術会議が候補者をきめ、内閣総理大臣が任命するようになった。

2004年の法改正で、学術会議の会員と連携会員の推薦にもとづいて学術会議が候補者をきめ、内閣総理大臣が任命するようになった。

現在の制度は、悪くいえば、特権階級が自己再生産するものだ、ともいえる。もっと民主的にするべきだ、という意見は、一方で、当初のような公選制のほうがよい、という意見になる。他方で、公職選挙にもとづいて選ばれた国会、あるいはその国会によって選ばれた内閣総理大臣が判断して任命したほうが民主的なのだ、という意見にもなる。

しかし、科学的助言や国際共同事業推進などの役わりをもつ学術会議には、ある種の多様性と安定性がともに必要だ。(ひとまず二大政党型の状況を想定してのべると) 政権交代の前後を通じて、与党に近い意見をもつ人も野党に近い意見をもつ人もふくまれた状態がつづいているべきなのだと思う。

したがって、一般の公務員と同様に内閣の判断で人事をきめるのはよくないだろう。国会が直接人事にかかわる制度をつくるのはいまのところ現実的でないだろう。公選制は、研究者コミュニティを代表する機能にとってはよいかもしれないが、公職選挙のばあいのような費用をかけた事務体制をくめないので、公正さを保証することがむずかしいという問題があると思う。また、党派対立がからんで、ある党派の選挙運動がうまいと、多様性と安定性がそこなわれるおそれもあると思う。学会推薦制だと、学会の「ボス」あるいは「長老」のあつまりになりがちだ。現在の制度になってから、女性会員や若手会員(学者の若手なので世間的には中年だが)のわりあいをふやすことが意識的におこなわれた。その点では現在の制度のほうがよいともいえる。

もちろん現在の制度も完全ではない。現会員と縁のない人が候補者を推薦する機会をふやすような制度変更がのぞましいと思う。しかし、副作用を考えないで拙速に変えられてはこまる。小規模な制度変更ならば、学術会議の中に委員会をつくって案を検討するべきだろう。法改正が必要ならば、政治家が専門家の助言をうけながら案をつくり、国会でしっかり審議をしてきめてほしい。

文献

  • 有本 建男、佐藤 靖、松尾 敬子 著、吉川 弘之 特別寄稿, 2016: 科学的助言 -- 21世紀の科学技術と政策形成。東京大学出版会, 221 pp. ISBN 978-4-13-060316-4. [読書メモ]
  • 伊藤 憲二 (2020-10-13) 学術会議の問題、安易な「民営化」が解決策にならないと言える理由。現代ビジネス https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76358
  • 吉川 弘之, 2002: 科学者の新しい役割 (双書 科学/技術のゆくえ)。 岩波書店, 240 pp. ISBN 4-00-026640-3. [読書メモ]