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気温と降水量のグラフは「気温と降水量のグラフ」と言おう; (勧めたくない用語)「雨温図」

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2018年11月10日、「雨温図」ということばが話題になった。

直接のきっかけは、情報処理教育で知られる奥村晴彦さんのtweetだった。

大学入試センターが、大学入試センター試験のやりかたを変えるための検討材料としてやっている「大学入学共通テスト 平成30年度試行調査」の問題と回答を、このウェブページに出した。(11日に内容が追加されたほうのページをしめしておく。) https://www.dnc.ac.jp/daigakunyugakukibousyagakuryokuhyoka_test/pre-test_h30_1111.html

その中にある「地理歴史」のうちの「地理B」の問題 (画像を含むせいで、30メガバイトもあるPDFファイルになっている)の、第3問の問3に関する図の説明に、

図 各地域に位置する都市の雨温図

と書かれている。グラフを見れば、同類のものを見なれている人には、月ごとの気温と降水量のグラフであることがわかる。また、グラフの軸に数量の単位 月、℃、mmがあるのでそこからけんとうがつくかもしれない。しかし、問題本文には「気候」は出てくるが「雨温図」も「気温」「降水量」も出てこない。

奥村さんは、グラフによるデータの表示に関しては専門家だが、「雨温図」ということばが初耳であるらしかった。わたしは、「雨温図」ということばには見おぼえはあったのだが、テスト問題に出てきたグラフはわたしが思っていた「雨温図」とちがっていた。

わたしが中学・高校生のころ(1970年代前半)に、気温と降水量のグラフはよく見たのだが、「雨温図」ということばを見たおぼえはない。気候の専門家になってから、「ハイサーグラフ」ということばを知った。これは、ギリシャ語由来の「hyet-」(雨)、「therm-」(熱)、「-graph」(かく)からくみたてられたことばだ。「雨温図」はこれの訳にちがいないと思った。

わたしの知っているハイサーグラフ(あとの3節で説明する)も、テスト問題に出ていた「雨温図」も、気温と降水量(もうすこしくわしくいうと、月平均気温と月降水量のそれぞれ平年値)のグラフにちがいない。ただ、グラフの表現方法がちがうのだ。

横軸を時間軸(1月から12月)として、縦軸に気温と降水量をとり、気温を折れ線、降水量を棒グラフで表現することは、むかしからおこなわれていた。どうやら、いまの学校教育の教材では、これを「雨温図」というようだ。(ウェブ検索してみると、たとえば、静岡県総合教育センター 総合支援課小中学校班の「あすなろ学習室へようこそ!」というサイトhttp://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/ にある「雨温図の見方」http://gakusyu.shizuoka-c.ed.jp/shakai/sekaino_kuniguni/15_00_mihon.html というページがみつかる。)

そして、「雨温図」と「ハイサーグラフ」は区別されているようだ。(たとえば、埼玉大学の谷謙二さんの「雨温図作成サイト」http://ktgis.net/lab/etc/uon/index.html では「出力は雨温図とハイサーグラフから選択できます。」となっている。)

しかし、わたしはこれを区別することに賛成できない。語源から考えて「雨温図」と「ハイサーグラフ」とは同意語とするのが適切だと思う。どちらも「気温と降水量のグラフ」をさすことばだとして、気温と降水量を2軸とするものでも、時間を一方の軸とするものでも、よいとするべきだと思う。

(Wikipedia日本語版では、「雨温図」と「ハイサーグラフ」は別々の記事になっていて、ちがう表現形式をさしているが、「雨温図」の記事(2018-11-11現在) の中でそれに対応する英語として「hythergraph」がしめされている。区別が徹底できないのは当然なのだと思う。)

また、「雨温図」や「ハイサーグラフ」ということばを、地理を学ぶ高校生がおぼえておかなければならない用語にするべきではないと思う。

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この件についてのわたしの意見の結論的なところをさきに述べておく。(次の節から記事の最後までは各論であり結論ではない。)

この問題の図は、「気温と降水量のグラフ」として示せばよい。(何のグラフであるかをきちんと述べれば「月平均気温と月降水量のそれぞれ平年値のグラフ」だが、簡略化した表現でもよいと思う。)

気候の表現として、気温と降水量のグラフがよくつかわれるという知識は地理をとった生徒は知っておくべきだとして、それを問う問題にしてもよいだろう。そのばあいは、図の説明は「気候に関するグラフ」ぐらいにしておけばよいだろう。

「雨温図」ということばは、試験問題には、使わないでほしい。

「ハイサーグラフ」(説明は次の3節でする)は、「気温と降水量のグラフ」だけでは思いつきにくい表現方法でもあるし、公的試験に使われた実績 (たとえば、大学入試センター試験の平成29年度「地理B」第4問など) もあるので、続けてもよいと思うが、生徒がこの用語を「気温と降水量のグラフ」として (軸のとりかたを指定せずに) おぼえていてもさしつかえないように、「気温と降水量を縦横両軸にとった図」くらいの補足説明をして使ってほしい。

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ハイサーグラフといわれるものは、気温と降水量を縦横の軸にとって、それぞれの月の値を、その2次元平面上の点として表示するものだ。同じ地点の12か月の気候状態をあらわす点をつないで折れ線として示すことが多い。

一般の人の経験のなかで、時間変化する量の表現として、時間をひとつの軸にとったグラフはたぶんかならず見るだろう。しかし、時間でも空間座標でもないふたつの変量を軸とする空間のなかに点や折れ線がある表現形式は、やや専門的な勉強をしてはじめて経験するだろう。数量をあつかう専門に進む人には、経験しておいてほしいと思う。地理での気温と降水量の図が、はじめての経験になる生徒が多いかもしれない。

2次元の軸のとりかたは、縦軸を気温、横軸を降水量にするのがふつうだ。

  • 熱帯の、一年をつうじて雨が多いところのグラフは、右上にかたまる。
  • 熱帯で雨季と乾季がはっきりしているところは、上のほうで左右にのびる。
  • 温帯や寒帯では気温の季節変化があるから、上下にのびる。そのうち多くのところでは夏のほうが降水が多いから、右上から左下にのびる。例外的に冬に降水の多いところで、右下のほうに突き出る図形になる[書きまちがえていたので訂正しました]。

このように、各地点の気候の「顔つき」を読みとる参考になる。

これは多くの生徒にとって新しい表現方法だから、教材をつくる側で、表現方法に名まえをつけたくなるのはわかる。しかし、変量を2軸にとる表現方法は気温と降水量にかぎられたものではない。また、気温と降水量の表現方法は両変量を2軸にとるものにかぎられたものではない。この表現方法を「ハイサーグラフ」とよぶことには、無理があると思う。

英語でも、「hyet-」は、気候関係の用語としては、これと「isohyet = 等雨量線」ぐらいしか出てこないし、等雨量線は「雨量の等値線 (isopleth of rainfall amount)」といえばよいから、「hyet-」は知らなくてよいことにしたほうがよいと思う。さらにこれを「hy-」まで略してしまったのは、短くしたかったからだろうけれど、意味とのつながりをたどるのはむずかしくなった。Wiktionary英語版の 「hythergraph」の項(2018-11-11現在)の語源説明では、この部分の語源を「hydro-」(水)にしてしまっている。これでも意味はとおるけれども、さすものは不明確になる。日本語の学術用語として、その語にしか出てこない漢字が出てくる語はもうやめたいと感じられるのと同様に、その語にしか出てこないギリシャ語起源の要素が出てくるのはもうやめたいと思う。

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わたしが中学・高校生のころ(1970年代前半ごろ)読んだものでは、縦軸に気温、横軸に降水量をとったグラフは「クライモグラフ」または「クリモグラフ」と呼ばれていた。英語の「climograph」で、もともとは「気候に関するグラフ」くらいの意味にちがいない。

ところが、だれかが、この表現形式をはじめたのはだれか調べたら、はじめた人が使った2軸の変数は、気温と降水量ではなかった。

Griffith Taylor (1880--1963)という、当時オーストラリアにいた地理学者が1915年に提唱したのだが、それは、湿球温度と相対湿度を両軸にとったものだった。湿球温度は人の体感に関連する意義があるのだが ([次の記事]参照)、その観測値が得られることは少ない。かわりに、ふつうの気温(乾球温度)と相対湿度を両軸にとったものがよくつかわれた。【このあたり、きちんとしらべるべきなのだが、ひとまず、「コトバンク」の「クライモグラフ」の項に含まれている「日本大百科全書(ニッポニカ)の解説」の「クライモグラフ」の項 (筆者: 水越允治・福岡義隆)と、そこからリンクをたどって同じく「日本大百科全書の解説」の「テーラー(Griffith Taylor)」の項(筆者: 市川正巳) にたよった。】

【わたしは Taylor の著作を読んだことはないが、Taylor の名まえは、Michael Cathcart (2009) The Water Dreamers [読書ノート] で見ていた。】

そして、湿球温度(または気温)と相対湿度とを2軸にとったものが「正しいclimograph」だとされ、気温と降水量を両軸にとったものを「climograph」とするのは「まちがい」だとされた。そこで「hythergraph」ということばでおきかえるようになったらしい。このおきかえは、日本の学校教育用語としては徹底したようだ。

しかし、世界では、あいかわらず「climograph」を、気候に関するグラフという広い意味で使う人もいる。Wikipedia英語版の「climograph」の記事(2018-11-11現在)は、時間を横軸にとった気温と降水量のグラフ、つまり、いまの日本の学校教育でいう「雨温図」を、climographの代表的なものとしてあげている。

わたしは「climograph」「クライモグラフ」という用語も、すすめたくない。「気候に関するグラフ」はそういえばよく、専用の用語をもちこむ必要はない。

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気温と降水量のグラフといえば、ドイツの植生地理学者WalterとLiethの「Klimadiagramm」というものもある。(わたしのかつての職場には、おそらく著者たちから寄贈された、Klimadiagramm Weltatlasという大判(A2判だったか?)の図集があった。)

これは、時間(月)を横軸にとり、気温と降水量をどちらも折れ線で同じ軸にのせて、どちらが上にくるかに意味をもたせようとしている。厳密なことをいうと、次元のちがう物理量の大小を比較するのは無意味だから、このような表現はまちがいだ、とも思う。しかし、近似的に、気温の1次関数が可能蒸発量をしめすとして、それと降水量の大小で、陸上の水の過不足を論じようとしたのだろう、と理解できる。

Wikipedia ドイツ語版の「Klimadiagramm」の項(2018-11-11現在)は、この見出し語に対する解釈のちがう執筆者が書いた部分がまざっているようで、WalterとLiethが設計したグラフに特有な記述と、広く気候に関するグラフの紹介とをふくんでいる。その記事の英語版とみなされるリンクさきは、さきほどのべた「climograph」の記事だ (リンクをつけた人は見出し語を広い意味でとらえたにちがいない)。

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月降水量のグラフには、月の日数が一定でないという問題もある。30日と31日のちがいはがまんできるとしても、2月の日数のすくないことが、もし2月には1日あたりの降水量がすくないかのように見えると、気候の季節変化の実態に対して誤解をまねく。

同じ日数に換算して図示する流儀もある。「ソ連の気候学者 Budyko の本では1か月を30.5日とした換算値が示されている」という話をきいたおぼえがあるが、わたしが直接Budykoの著作で確認したわけではない。WalterとLiethも換算したのだろうと思うが未確認である。

この点で、わたしの方針は一定していない。

グラフ表示の例題として気温と降水量を使ったときは、資料の月降水量をそのまま示した。[教材ページ「GKSによるデータの可視化の例: 地点気候データの散布図など」]。(このうち「三面図」という部分では、時間(月)、気温、降水量を2つずつ総あたりにしてみた。)

流域水収支の話題でつくった降水量・蒸発量などのグラフでは、単位を「mm/日」または「kg/(m2 日)」にした。「月降水量」ではなく「月平均の日降水量」を示したともいえる。[教材ページ「大陸の大河川流域の水収支各項の季節変化」]