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鈴木力英さん追悼、植生のリモートセンシングについて

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2017年4月21日、(もと同僚の) 鈴木 力英(Rikie)さんが亡くなった。6月20日、鈴木さんを記念するセミナーがあったので出席した。海洋研究開発機構は2014年以来、研究者の属する部署のなまえを「分野」としており、鈴木さんは「地球表層物質循環研究分野長」をつとめていたので、セミナーはその「分野」の人たちが主催するものだった。

セミナーで紹介された、ここ10年あまりの鈴木さんの研究のキーワードは、(森林・草原などの)陸上生態系あるいは「植生」のリモートセンシング(遠隔観測)だった。

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セミナーではわたしは発言しなかったのだが、紹介された鈴木さんの研究成果のうちに、わたしが共著者になったものがあった。

中高緯度のユーラシア大陸上の、NOAA衛星AVHRRセンサーの観測に基づく植生指標(vegetation index)と、気象再解析データ(NCEP Reanalysis 2)と降水量データ(CMAP)から大気水収支([教材ページ]参照)で求めた蒸発量(植物の葉からの蒸散を含む)とについて、1982年から2000年までの年々変動を比較したものだった。わたしは大気水収支のほうを担当した。

NOAA衛星の植生指標のデータを大陸規模で使った研究は1985年ごろから出てきた。わたしは1987年からデータを見ていた。しかし、わたしはこのデータを研究成果にむすびつけることがなかなかできなかった。

植生指標は、葉緑素をもつ葉による反射が、とくに近赤外の波長域で強いことにもとづくものなので、その変動は、定性的には葉緑素の量の変動に関連がある。「葉面積指数」(地表面積あたりの葉の面積)とも、光合成や蒸散の活性にも関連がある。

NOAA衛星AVHRRは、Landsat TMなどに比べて地上の空間分解能はあらい(センサーの性能はあまりちがわず、AVHRRのほうが広い範囲をスキャンしているせいだが)。AVHRRの画素の大きさは地上で約 1 kmであり、それをグローバルに編集したデータセットの画素の空間間隔は約 8 kmだった。しかし、陸上をほぼ毎日覆うことができて頻度の高い観測ができた。(Landsatでは同じ場所を見るのは16日間隔だったし、大陸規模のデータをいっしょに扱うのはほとんどの研究グループにとって手におえなかった。) 太陽放射の波長域を約700 nmを境に「可視」と「近赤外」のバンドに分けていたことは植生モニタリングに適していたのだ。【NOAA AVHRRが気候と植生の観測手段としていかに重要だったかは、いずれ別の記事で書きたいと思う。】

しかし、AVHRRからは1 km規模で平均した太陽放射反射の数量がわかるだけであり、木などの種類を知りたければ別の情報源が必要だ。また、植生指標は物理量に簡単に読みかえられるものではない。

さらに、太陽放射のセンサーの劣化や世代交代があるが較正がしっかりできていないことや、太陽同期軌道なのだが(観測の寿命をのばすことを優先して燃料を使った軌道修正をしないため)観測時刻がしだいにずれることが、植生指標のみかけの年々変動をもたらし、実際の年々変動を検出することがむずかしくなっていた。わたしはこのデータを使ってものを言うことに消極的になっていた。

しかし、世界では複数の研究グループが、観測をやりなおすわけにはいかないものの、較正をやりなおして、実際の植生の変化を検出できるデータをつくろうと努力していた。そのひとつの成果はNASAとNOAAの研究チームによるPAL (Pathfinder AVHRR Land)というデータセットだった。NASAではTerra (2002年から利用可能になった)などの衛星にのせるMODISというセンサーを開発しており、PALはそれを考える手がかりの意味があったのでpathfinderという名まえになったのだろう。

鈴木さんは、PALの植生指標と蒸発量との年々変動を比較し、シベリアやカザフスタンなどの地域で両者がどのように連動して変化しているかを検討したのだった。

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セミナーで紹介された、鈴木さんが熱心に取りくんだ仕事は、衛星データ利用よりもむしろ、シベリア、アラスカ、モンゴル、ボルネオなどの現地での観測・調査だった。(セミナーでそちらに重点が行ったのは、講演した共同研究者たちが、生態学・地球化学・水文学などの現地調査や、植生の構造を反映した細かい光の伝達の計算などを専門としてきた人たちだったせいもあるかもしれないが。)

衛星観測で得られる大陸規模のデータの空間分解能は、MODISでも、100mの桁だ。それだけでは木の種類もわからないし、陸上生態系と大気との間の物質循環にかかわる物理量の値に結びつけることも困難だ。

しかし、大陸全体については無理だが、いくつかの小地域で、植生を詳しく観察することができる。鈴木さんは、現場で木や下草の植物の種類を調べ、木の本数やそれぞれの高さや太さを測定したり、タワーをたてて樹冠を見おろすカメラと分光放射計を設置したり、シベリアではロシアの観測用飛行機に観測機器をのせてもらったりして、その小地域に関して、衛星で上から見られるものの内わけを理解し、その知見をもとに大陸規模のことも考えていこうとしたのだった。

【もちろん、こういう発想をもつ人はあちこちにいる。Piers Sellersさんは、気候モデルの部品になる陸面モデル「SiB」をつくった(論文1986年)のに続いて、カンサスの草原での実験観測FIFE (First ISLSCP Field Experiment; ISLSCPはInternational Satellite Land Surface Climatology Project)の中心になった。FIFEのコンセプトを紹介する1988年ごろのSellersさんのプレゼンテーションと、今度のセミナーで紹介された2000年ごろ以後の鈴木さんの言動とは似ていると思った。なおSellersさんはのちに宇宙飛行士になったが、昨(2016)年12月に亡くなってしまった。】

鈴木さんの遺志をつごうとしている研究者たちは、日本でも研究用の航空機をもつことや、波長分解能と空間分解能の高い観測ができるような衛星をあげることなどの予算要求もしながら、積極的に研究を進めていこうとしていた。わたしから見ると、研究を進めればものごとがわかるという見通しにちょっと楽観的すぎるような気もした。いくらがんばっても知りえないこともあると思うのだ。しかし現実的にはできることは予算の制約のほうから限られるので、現場の研究者はその中で前に進む態度でいたほうがよいのかもしれない。科学の限界を考えることは、わたしのように現場を離れた人の役まわりなのかもしれない。

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セミナーで紹介された鈴木さんの仕事のうちには、わたしとの共著論文よりあとの、大陸規模のデータ解析の成果も、あることはあった。それは、植生が気候のどんな要素に敏感かを考えたものだった。

そのひとつのバージョンは、DIAS (データ統合解析システム)プロジェクトの第1期の成果として、JAMSTECのウェブサイトで紹介されていたのだが、いまはそのページはweb archiveにだけ残っている( http://web.archive.org/web/20130107080529/http://www.jamstec.go.jp/drc/fintan/j/product/eco_map.html ; http://web.archive.org/web/20130106232130/http://www.jamstec.go.jp/drc/maps/j/kadai/eco/eco_map.html )。DIAS(第3期)のウェブサイトからのデータプロダクト提供は続けられているようだ( http://search.diasjp.net/ja/dataset/Global_map )。

その研究では、植生の指標としてNOAA衛星による植生指標(今度は千葉大学の研究者が編集したもの)、気候の変数として、気温、降水量、地表に達する光合成有効放射の3つをとって、植生とそれぞれの気候変数との変化の相関を見ている。

わたしはその研究の過程で話を聞いている。植生の変動がおもにどの気候変数に支配されているかを知りたい、という意図はわかった。ただ、植生をあらわすのにNOAAの植生指標を使うことや、気候変数として気温・降水量・太陽放射を選んだことが、妥当なのかと疑問に思うと、答えが出ないまま迷いつづけてしまうのだった。

今回のセミナーのプレゼンテーションでは、これと同様な考えかたによる図(気候要素としては放射は使わず気温と降水量をとりあげていた)が、「それぞれの地域の生態系が、どんな気候の変化に敏感か」を示すものとして使われていた。気温に敏感なところ、降水量に敏感なところがある。気温に敏感なところのうちには、生態系が、気温が上がることに弱いところと、気温が下がることに弱いところがある。

この日のセミナーでは、現地調査をした場所が、気候変化に対して生態系が脆弱な場所なのだ、という使いかたがされていた。

さらに、(この日のセミナーの話題ではなかったと思うが) 気候変化にとって生態系がどのようなフィードバックをもたらすか考えるうえでも、生態系がどの場所でどのような敏感さをもつかを知っておくことは重要だろう。また、人間社会の気候変化への適応を考えるうえでも、人間社会は生態系サービスに依存するところがあるから、生態系が気候変化に対して脆弱なところでは、その脆弱性を減らすための対策をとるか、あるいは、生態系をあらたな気候に適したものに改造するような策をとることが、今後の社会の課題になるかもしれない。

生態系の気候変化に対する「敏感さ」「脆弱性」を知ることへの社会的需要は確かにあるのだと思う。ただ、鈴木さんがしてきた研究方法がそれにこたえられているかとなると、上に「わたしの迷い」として述べた疑問に加えて、年々変動での相関から数十年規模の変化への応答を類推してよいか、という疑問がある。

鈴木さんのように、いま利用可能なデータと解析方法によって社会的需要にこたえていく仕事をする人が必要なのだろう。しかし、その結果が、データや方法の確かさをこえて信頼されすぎないように、その不確かさを指摘していく人も必要なのだろう。

文献

  • R. Suzuki & K. Masuda, 2004: Interannual covariability found in evapotranspiration and satellite-derived vegetation indices over northern Asia. Journal of the Meteorological Society of Japan, 82: 1233-1242. http://doi.org/10.2151/jmsj.2004.1233
  • R. Suzuki, K. Masuda & D. G. Dye, 2007: Interannual covariability between actual evapotranspiration and PAL and GIMMS NDVIs of northern Asia. Remote Sensing of Environment, 106: 387-398. [出版元ページ(本文有料) http://doi.org/10.1016/j.rse.2006.10.016 ]