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レギュラトリーサイエンス

7月29日の総合科学技術会議(CSTP)の本会議で、「答申『科学技術に関する基本政策について』に関する意見具申」が決まったそうだ。第98回会議の議事次第http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu98/haihu-si98.html の「資料1−2 答申「科学技術に関する基本政策について」に関する意見具申案(PDF)」の案がそのまま決まったということらしい。

これは、(名目はそうなっていないが)実質的に「第4科学技術基本計画」の案だ。2009年9月4日に総理大臣からCSTPに諮問第11号「科学技術に関する基本政策について」があり、CSTPは2010年12月24日に答申している(http://www8.cao.go.jp/cstp/output/toushin.html からPDFファイルがリンクされている)。これをもとに昨年度中(3月まで)に基本計画が決定される予定だった。

しかし、3月11日の震災によって科学技術政策の見なおしが必要だということになり、基本計画の案を改訂していた。その結果の大きな特徴は、「グリーンイノベーション」「ライフイノベーション」と並列に「震災からの復興、再生」がはいったことだ。

これを受けて内閣がCSTPに正式に基本計画案を作るように指示し、そして内閣が決定することになる。ふつうなら、もう大筋は変わらないだろうと言うところだが、内閣不信任が出かねない政局ではその保証はない。大筋が変わればそれに必然的に伴う変更があるだろう。そうでなければ実質的変更はもうないだろう。

きょうは基本計画全体を論じるつもりはない。「意見具申案」の文書を読んでいて気づいた細かいことについて述べる。

「ライフイノベーション推進のためのシステム改革」のところで「レギュラトリーサイエンス」ということばが使われている。これは今回の見なおしで追加されたものではなく、昨年12月の答申にも含まれていた。(わたしはその段階ではこの部分を読んでいなかった。)

この単語の意味についての世の中の合意はまだ得られていないと思うのだが(わたしの理解は[昨年7月16日の記事]+[Jasanoff (1990)の本の読書メモ])、今回のCSTPの文書では脚注で次のように述べられている。

科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会の調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学

これから5年間ほど、日本で科学技術関係の予算をとって仕事をするための公文書では、この単語はこの定義に従って使わなければならないことになるのだろうか。関係者の間で毎回用語の意味を説明しなければならないのは困るので、意味を統一するのはよいことかもしれない。むしろ、それ以外の文脈で、regulatory scienceということばを使おうとするときに注意が必要になった。

なお「規制科学」としていないのは、regulateするというのは規制するというよりは「調整する」ことだという意識にもとづいているにちがいない。

ウェブ検索してみると、「レギュラトリーサイエンス学会」(http://www.srsm.or.jp/ )という学会が昨年8月に発足している。略称「RS学会」とある。(わたしにとってRS学会と言えばリモートセンシング学会だが...)。英語名はSociety for Regulatory Science for Medical Productsだそうだ(Japanははいっていない)。大気汚染物質排出規制のような主題を扱うことは想定されていないようだ。理事長あいさつhttp://www.srsm.or.jp/chairman.html に次のように述べられている。

医薬品、医療機器等の品質・安全性・有効性を確保するためには、基礎科学や応用科学による試験研究の結果等に基づき、的確に評価、予測、判断し、社会に受け入れられるように管理調整することが必要です。医薬品、医療機器等の発展に伴い、これらの課題に迅速・的確に取り組むことはますます難しくなってきており、その基盤となる科学(レギュラトリーサイエンス)の進歩及び普及を図ることが急務と考えられます。

CSTP文書の脚注とこれとの根は同じにちがいない。

もうひとつ、農林水産省の「レギュラトリーサイエンス新技術開発事業」(http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/regulatory_science/index.html )というものが見つかった。レギュラトリーサイエンスは次のように説明されている。

レギュラトリーサイエンスとは、科学的知見と行政が行う規制措置等との間のギャップの橋渡しとなる研究(regulatory research)と行政が行う安全確保のための規制措置やその規制措置の国際的な調和を図る取組(regulatory affairs)を包含するものです。

(こちらは「規制」ということばがはいっているが、医薬品関係者とはとらえかたが違うのだろうか、表現が違うだけなのだろうか?)

そして「事業の概要」のところで、「目的」は、「食品安全、動物衛生及び植物防疫に関する施策の決定に必要となる科学的根拠を得るための試験研究事業です。」とされている。上のregulatory researchの部分を具体化したものだと思う。

CSTPが「レギュラトリーサイエンス」にふれたところは医薬品・医療機器に限られた文脈であり、農水省が対象としている問題が視野にはいっていないらしいのは残念なことだ[この段落2011-08-03加筆]。

また、温室効果気体排出抑制に関する施策の決定に必要となる科学的根拠を得るための試験研究も、regulatory researchになりうると思うのだが、CSTPも農水省も(まだ)そのようにはとらえていないように思われる。