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IPCC業務改善のゆっくりした動き

IPCC (気候変動に関する政府間パネル http://www.ipcc.ch )の再生可能エネルギーに関する特別報告書が出た([別ブログの記事]でふれた)のを機会に、それを認めた5月10-13日のIPCC総会のほかの議事について少し見てみた。ただし、調査したというほどではないし、わたしにはほかのIPCCとのかかわりはないので、正確に理解できているかどうかわからない。事実認識のまちがいがあればご指摘いただきたい。(価値判断に関する意見について、歓迎するかしないかは、場合による。)

IPCCの業務のしかたに関して、昨年8月末に、Inter-Academy Council (IAC)の勧告が出た。このブログでは2010年8月31日の記事で紹介し、2010年9月1日の記事で当時のわたしの理解を述べた。

昨年10月に韓国のプサンで開かれたIPCC総会では、IACの勧告を受けて具体的な改革が始まると期待されたのだが、改革案を作るための複数の課題グループ【注】が作られただけに近かった。(「だけ」と言うと言いすぎだ。今回の報告からの参照を見ると多少の進展はあった。) これには失望した人が多いと思う。しかし、IPCCという組織の成り立ちでは、こうするしかなかったのかもしれない。IPCCは本来政府間組織だ。実務は科学者(工学者を含む)を本業とする役員にゆだねられている。しかしその委任は報告書作成という業務に限ってであって、運営方針の変更は政府代表による総会の仕事だ。そして総会が1週間以下の会期中にできることは「次の総会までにだれが案を作るかを決める」ことになってしまうのも当然だろう。

【注】英語のTask Groupを仮に「課題グループ」としておく。普通名詞としてこういうものをworking groupということが多いと思うのだが、IPCCでは常設組織がWorking Group (日本語では「作業部会」)なのでこのように区別されている。

今年5月にアラブ首長国連邦のアブダビで開かれた総会の文書がIPCCウェブサイトに置かれているが、議事全体のまとめらしいものが(まだ)見あたらない。きょう(7月16日)現在IPCCホームページの右側の枠からリンクされている次の4つの文書が、業務改善に関する決定事項らしいので、それだけ目を通してみた。

  1. Procedures (http://archive.ipcc.ch/meetings/session33/ipcc_p33_decisions_taken_procedures.pdf 【[2019-01-17] IPCCのウェブサイトの再編成があり、これまで www.ipcc.ch にあったものは archive.ipcc.ch にのこされているので、リンクさきを変更した。以下同様。】)
  2. Governance and Management (http://archive.ipcc.ch/meetings/session33/ipcc_p33_decisions_taken_governance_management.pdf )
  3. Conflict of interest policy (http://archive.ipcc.ch/meetings/session33/ipcc_p33_decisions_taken_conflict_of_interest.pdf )
  4. Communication strategy (http://archive.ipcc.ch/meetings/session33/ipcc_p33_decisions_taken_comm_strategy.pdf )

1.業務手順
まず、著者の決めかた、またその前に報告書でどんな話題を扱うかを決めるscoping会合の参加者の決めかたを明確にした。(微妙な違いに意味があるのかもしれないが)どちらも、各作業部会の正副議長団が、各国政府の窓口や参加団体(国際機関など)からの推薦リストの中から選ぶのだ。選考基準としては、専門性と観点の幅、地理的代表性(とくに途上国からの参加)、経験者と未経験者を含めること、性別のバランスが考慮される。

また、査読済み論文以外の文献を引用する際の手続きはすでにあったが詳しくした。そういう文献は、引用したい著者から部会の技術支援班に送られ、査読者が参照したい場合は部会から提供されるようにし、また将来にわたってIPCC事務局で保存する。

査読手順については、とくにReview Editorの役割についての前回総会のまとめを尊重する。

報告書のまちがいの可能性のある件に対する対応手続きが決められた。(文書 http://archive.ipcc.ch/meetings/session33/doc12_add1_p33_ipcc_for_protocol_addressing_possible_errors.pdf )。

不確かさの記述についての指針が改訂された。文書http://archive.ipcc.ch/meetings/session33/doc12_add2_p33_guidance_note_consistent_treatm_uncertainties.pdf は2010年7月の会合にもとづいてMastrandrea氏ほかのチームによって2010年11月づけで発表されたもので、前回のIPCC総会でほぼ議論がすんでいたらしい。旧版との違いはhttp://archive.ipcc.ch/meetings/session33/doc12_add3_p33_guidance_note_consistent_treatm_uncertainties.pdf に説明されている。わたしはまだ検討していない。

2. 管理運営
執行委員会(Executive Committee)を作る。メンバーはIPCCの正副議長、各部会(Inventory Task Forceも同格)の共同議長である。IACの勧告と違って、事務局長は執行委員会の正式メンバーではなく、各部会(ITFも同格)の支援班長とともに「advisory member」とされている。

事務局長を強化してExecutive Director (「専務執行役」というべきか?)とするべきだというIAC勧告には応じなかった。事務局長は選挙されるものでなく任命されるものであることが国連機関の慣例に合っていると言っている。しかし、それは事務局長の権限を強化したり執行委員にしたりすることがいけないという理由にはならないと思う。理屈でなく妥協によるとりあえずの決定なのだろう。続きのわたしの意見はあとに書く。

役員の任期については1期(主要報告書ごと)限りとしながら、個別の例外を総会で決めることもできるとしている。

3. 利害相反に関する原則
役員だけでなく著者にもおよぶ(ただしcontributing authorは含まれていない)。

原則の文書はできた。わたしには紹介できるほどよく理解できていないが、基本は「利害相反になるおそれがあることは開示せよ」ということでそれだけだと思う。利害は金銭的利害に限らないが、金銭的利害が重視され、その内わけとして、雇用、コンサルタント関係、投資、知的財産権、商業的利害(取り引き関係のことか?)、民間部門からの研究支援があげられている。

具体的な手続きや申告書式はまだできておらず、課題グループを継続して作るとしている。

4. コミュニケーション戦略
IPCC事務局はすでにSenior Communications Managerという職を設定して人の選考にはいっているそうだ。

IPCCが想定する聞き手は、まず、各国政府と気候変動枠組み条約を含む政策決定者である。それに加えて、広い範囲の人々に情報を提供することも必要だとする。特定の聞き手集団に向けた広報活動については、IPCCが他の組織の活動に協力してもよいが、それはIPCC自体の広報とははっきり区別されるべきだとする。

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ウェブ上のどこかでだれかが、「今度決まった利害相反原則に関するこれから決められる手続きは、すでに選出されて作業を始めている第5次報告書の著者には適用されない」というIPCCの方針(わたしは確認していない)を聞きつけて、「そんなことでは第5次報告書の公正さは全く認められない」と怒っていた。

怒る側の理屈もわかるが、著者の側にしてみれば、本務に加えて報告書執筆の仕事を(本務先で業務の内と認められることは多いにせよ)無報酬で引き受けたのに、そのときの約束になかった書類づくりまでさせられるのではやってられない、と思う人も多いだろう。催促されれば書く人も多いだろうが、IPCC事務局も人が少ないから催促がなかなか進まないだろう。利害相反に関する書類を出さない人は著者からはずす、あるいは著者会議に出てはいけない、などという懲罰的態度をとったら、IACからも期待されている執筆陣全体としての幅の広さや公平さがそこなわれる。第5次の著者については、提出されたものから順次公開していき、提出されない人についてはまだ提出されていないという情報を置いておく、というのが現実的なところではないだろうか。第5次報告書完成までには著者全員の情報をそろえると約束するべきかどうかがむずかしいところだ。

...
わたしは、IPCCは常勤のExecutive Directorを置くべきだというIACの勧告に賛同する。国連の慣例に反するとも思えない。WMOを見れば、President (議長)はWMO構成機関代表つまりどこかの国の気象庁長官のような立場の人(長官でなくなっても議長の任期の限りとどまるが)であり、実質とりしきっているのは常任のSecretary-General (事務局長)だ。しかし、Executive Directorの人選はむずかしいだろう。当事者みんなが納得する候補者が見つかるまでは、その職を置かないほうがよいのかもしれない。

組織の信頼回復のために業務改善が必要だという状況で、営利企業ならば、他の会社から経営手腕に定評のある人を招いて経営者(社長など)になってもらうのが当然の策なのかもしれない。ところがIPCCの場合、この手はうまくいきそうもないのだ。温暖化問題に関心のある強力な経営者ならば、温暖化対策への意見も持っているだろう。運営については強力な方針を打ち出しながら、内容に干渉しないよう自分を禁欲的にコントロールできるだろうか。候補者が温暖化問題についてすでに明確な意見を述べている人ならば、違った意見を持った勢力が「この人は不適任だ」と言いだすだろう。かといって、温暖化問題についてこれまで何も言わなかった人が公平な観点を持っているという保証はない。かえってこわいかもしれない。利益でなく公正さが主目標であるような組織のExecutive Directorの適任者はどうやってさがしたらよいだろうか。

Executive Directorの必要性の一部は、IPCCが何か問われたとき答える準備ができている人が必要だ、ということだったと思う。IPCCの会議の直後に声明を出すのは議長が適任なのだが、その他のタイミングでは他に本務のある議長に答えさせると、本務の立場や個人の立場とIPCCの立場とがまぎれてしまいがちなのだ。これがおもな課題ならば、むしろSenior Communications Managerを置くことのほうがよい対策なのかもしれない。