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再生可能エネルギー資源についての覚え書き (4) 風力についての初歩的な考察

日本の再生可能エネルギー資源開発は、このところ太陽光に集中しているようだが、面積あたりのエネルギー賦存量から考えて、風力にももっと力を入れる必要があると思う。

気象学を勉強してきた者でも、風力の見積もりはむずかしい。気象学のうちで比較的重視されてきた課題は、水平スケール数百キロメートル以上、時間スケール数日の天気の変化のしくみだ。わたしが勉強してきた気象学もそれを中心とするものだった。この場合に相手にするのはおもに、地表面から約1キロメートル以上離れた大気、いわゆる「自由大気」だ。自由大気の場合は、風向風速・気圧・気温などの物理量は、たいてい空間に対してなめらかに変化していると見てよく、例外的に空間に対する変化が大きいところを「前線」とか「ジェット気流」とかいう名前をつけて注意して扱えばよい。ところが、地上で風力を扱おうとすれば、地表に近い大気、いわゆる「境界層」を扱わなければならない。境界層では地表面からの摩擦が重要であり、その数値は、地形や植生・建物などの地表面のでこぼこによって複雑に変わってくる。気象庁の気象台・測候所の観測値をながめてみても、風速の大小はそれぞれの観測点の風速計の設置状況(建物などの位置関係)によるところが大きく、観測点から地理的に空間内挿する形ではその間の位置での値が推定できそうもない。

幸い、日本国内については、風力への利用を意図した応用気象の知識はかなり整理されており(たとえば牛山編 2005の第2章、3章)、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「データベース」のページhttp://www.nedo.go.jp/library/shiryou_database.html には「風力発電予測技術ガイドブック」(文書、2008年3月)、「風力発電予測プラットフォーム」(計算ソフトウェア、2007年度開発)、「風況マップ」(風速の統計量の空間分布が地図表示されるシステム、2006年度改訂版)などが用意されている。

日本の風力発電の実用化はヨーロッパ(とくにデンマーク、ドイツ北部)に比べてだいぶ少ない。その理由として「日本は風況が風力発電に適さない」と言われることが多いそうだ。松本(2009, 第3章)は、そのような言説は「神話」だと言う。そのような言説の根拠は1980年代に国の施策として行なわれたいくつかの風力発電の実験がうまくいかなかったことだが、その記録をよく見ると失敗の原因は機械の故障であり、風の特性が不適切だったことではないというのだ。しかし、それだけでは、その言説の内容自体が正しくないということは言えない。鈴木ほか(2007, とくに松本三和夫・西出拓生による第2章)で紹介されたいろいろな事例を見ると、事情はもう少し複雑だが、どうやら、発電用の風力タービンは一定の電力を出すことが望ましいので、まわり始めるには風速がある値に達することが必要なように作られているが、日本のふつうの立地条件では風速がそのしきい値に達しないことが多い、ということらしい。太陽光発電のように発電量が変動してもよいのならば、比較的弱い風速でも発電する装置をつくることができるようだ。

また、ヨーロッパと日本の気候の違いを考えてみると、ヨーロッパはだいたい年を通じて偏西風帯にあるけれども、日本は緯度が低いので、夏は偏西風帯と貿易風(東風)の間の亜熱帯高気圧に覆われて風が弱くなる、と言えそうだ。実際に気象庁の風速の毎時観測値をそのまま図示してみても夏と冬の違いはあまり大きいという印象はないのだが、冬のほうが強いとは言えそうだ。風力エネルギー賦存量は風速の3乗に比例するので(わたしはまだよく納得していないが、空気の質量あたりの運動エネルギーが風速の2乗に比例し、そのエネルギーをもった質量が風速に乗ってやってくると考えればつじつまは合う)、風速の3乗で見れば無視できない差があるのかもしれない。

日本に限らなければ、風力発電にいちばん適した「風況」をもっているのは亜熱帯(緯度20度前後)の貿易風帯の海上や島ではないだろうか。英語のtrade windは帆船時代の貿易に役立つ風だからそう呼ばれたという説もあるが、「定常的な風」という意味だったという説もある。【ハワイのホノルルに7月に滞在したことがあるが、野外が東京の7月よりも体感としてだいぶ過ごしやすかった。体感には湿度の条件(ホノルルはオアフ島の風下側にあり、風上側で水蒸気が雨や霧として落ちたあとの比較的かわいた空気がくる)も重要なのだが、ほぼ常に風が吹いているという要因もあった。】ただし、亜熱帯のうちでも西太平洋はモンスーンが発達するので、冬は北東風が強まるが、夏には平均としては弱くなってしまう。また台風による乱れもある。

日本にもどってNEDOのウェブサイトを見ると、「報告書」のうちに「日本型風力発電ガイドライン策定事業の最終報告書」(2008年) http://www.nedo.go.jp/library/furyokuhoukoku_index.html がある。そのうちには「台風・乱流対策編」と「落雷対策編」がある。

落雷は確かに風力発電の設備の故障を起こさせる原因だ。昨年、秋田県の知り合いから(直接風力発電にかかわっている人ではないので間接的情報だが)、これが最大の困りごとだと聞いた。ただしこれは、気象災害ではあるが、「風況」の問題ではない。

台風に伴う強風も故障の原因となり、しかも「風況」の問題だと言える。ただし、ヨーロッパには確かに台風のような熱帯低気圧が行くことはないと言ってよいが、とくに海に面した地域では、温帯低気圧が発達して強い風が吹くことはある。日本がヨーロッパよりも「風況がよくない」理由とは言いにくいと思う。

台風以外にも、風が瞬間的に強くなって風力発電装置をこわすことはありうるだろう。NEDOの資料は、大気境界層の乱流変動によって強風が出現する頻度を評価しようとしている。それも必要なことなのかもしれない。ただしこれも日本とヨーロッパの違いにはあまり寄与していないと思う。日本とヨーロッパの違いがあるとすれば、日本のほうが水蒸気量が多いために、積乱雲による水平スケールの小さい嵐が発達しやすいことではないだろうか。これは日本よりもむしろ熱帯で風力を利用しようとしたときに深刻な問題になりうるだろう。

なお、風力発電設備のもたらす環境問題も考えておく必要がある。

低周波音(振動として認識されることもある)は、風車の個体差も、感受性の個人差も大きいようなのでとらえがたいが、まじめに対策する必要がある問題なのだと思う。当面は、大型風力タービンは人の生活する場から距離をおいて配置するしかないのだろう。ただし、タービンの翼の形をくふうすることによって害を減らす余地はまだかなりあるのではないだろうか。音になるエネルギーは、動力として使うか、風に残しておくのが望ましい。

鳥がぶつかる件については松田(2008)の考察が参考になる。偶発的な事故はやむをえないとし、たくさんの鳥が近くを通るときは運転を止めるなどの対応をとることになるのだろう。

風力発電設備自体あるいはそこに向かう道などを建設するための地形・植生改変も無視できないことがある。

文献

  • 松田 裕之, 2008: 生態リスク学入門 -- 予防的順応的管理共立出版, 213 pp. ISBN 978-4-320-05667-1.
  • 松本 三和夫, 2009: テクノサイエンス・リスクと社会学 -- 科学社会学の新たな展開東京大学出版会, 378 pp. ISBN 978-4-13-056105-1.[読書ノート]
  • 鈴木 達治郎, 城山 英明, 松本 三和夫 編著, 2007: エネルギー技術の社会意思決定日本評論社, 274 pp. ISBN 978-4-535-55538-9.
  • 牛山 泉 編著, 2005: 風力エネルギー読本オーム社, 315 pp. ISBN 4-274-20135-X.