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気候改変技術(いわゆるジオエンジニアリング)についての暫定的問題整理

IPCCの3つの部会にまたがる「geoengineering」に関する会合が、2011年6月20日から22日までペルーのリマで開かれた。日本からは杉山昌広さん(「気候工学入門[読書メモ]の著者)が出席した。28日にその報告会があった。

この専門家会合は、2013-14年に出版予定のIPCCの第5次報告書でgeoengineering (杉山さんの日本語表現で「気候工学」)の件をどのように扱うかを相談するものだ。Geoengineeringの件は3つの部会の報告書のすでに決まっている目次のあちこちに分散して含まれることになる。これだけでは読者に問題が伝わりにくいので、統合報告書の中で論じることなどが検討されているそうだ。

正確なことは会合の正式な報告を待たなければならないが、「何をgeoengineeringとみなすか」の範囲が、これまでの習慣と少し変わるようだ。

Geoengineeringは大きく分けて、太陽放射管理(SRM、太陽光の反射をふやすこと)と二酸化炭素除去(CDR)がある。燃焼排気からの二酸化炭素回収隔離貯留(CCS)と、植林は、CDRに含めてよいはずだが、これまでの慣例ではmitigation (「緩和策」)に含まれてgeoengineeringとはみなされない。しかし、空気からの二酸化炭素回収隔離貯留と、海洋に栄養塩を与えて植物の炭素吸収を促進することはgeoengineeringに含まれてきた。

【[2011-06-30補足]「CCS」という略語は、少なくともIPCCの2005年の特別報告書で使われた形では、carbon dioxide capture and storage であって、sequestration (隔離)ではない。】

今回の会議の議論では、geoengineeringとmitigationとは重なりうることになったらしい。CDRはmitigationであり、その一部はgeoengineeringでもあるのだ。そして、空気からの二酸化炭素回収はgeoengineeringからはずされることになりそうだ。他方、炭素隔離貯留のうち行き先が海洋(海水中)になる場合はgeoengineeringに含めることになりそうだ。(実は地球温暖化がらみでgeoengineeringということばが最初に使われたのはこの件(Marchetti の1976年の非公式文書・1977年の論文)なので、もとにもどるだけだとも言える。)

以下、杉山さんの報告から離れてわたしが考えたこと。

Geoengineeringという概念は、あいかわらずわかりにくいが、IPCC・UNFCCCの国際的枠組みにとっていわば「想定外」であった方策をほうりこむ箱のようなものであり、論理的まとまりがないのは当然なのだろう。上記のような範囲の変更がされるとすれば、それは次のように理解できそうだ。二酸化炭素を回収して自国の地下にためることは、成功しても失敗してもたぶん外国に大きな迷惑をかけないですむ。各国がそれぞれ実行したうえで国際条約で評価するという、国単位の国際政治のしくみで対応できる。しかし、海に排出することはすべての国に影響をおよぼす。SRMの目的で大気中にエーロゾルを出す場合も同様だ。そのような策については、是非を判断するだけのためにも、新たな国際政治的枠組みを構築する必要がある。そのことを忘れないための箱を作っておく意義はあると思う。

専門家会合の報告が出たら考えなおすとして、当面、わたしは次のように概念を整理してみたい。

この問題領域の名まえは、わたしが選べる場合は、「気候改変技術」としたい。「地球工学」はもちろん「気候工学」も広すぎる。「気候工学」というときには気候を資源として活用する工学(気候変化適応策と重なるところがある)も含めたい。「気候制御技術」も考えたのだが、人間の知識は気候を意図的に制御できると言えるところに至っていない。

SRMは気候改変技術である。そして、気候変化のmitigationであるとはいいがたい。全球平均地上気温だけに注目した意味での温暖化を打ち消すことができるが、地域・季節に分ければ違った気候変化を起こしてしまうからだ。地球温暖化が1970年ごろから「意図しない気候改変」(inadvertent climate modification)の例とされてきたことと対比して「意図的気候改変」(deliberate climate modification)というべきではないだろうか。

CDRは、これまでgeoengineeringとされたものもmitigationとされたものも、行きがかり上の区分を忘れて整理しなおすべきだろう。その全体を温暖化のmitigation (わたしの用語では「軽減策」)に含めることは概念としてはよいと思う。ただし実施の是非を判断する社会的しくみができているものといないものを含むことに要注意だ。CDRは生物地球化学サイクルに対する改変技術なので、最近の「気候変化予測」をめぐる「地球(環境)システムモデル」という用語に合わせるとすれば「地球(環境)システム改変技術」とでも呼ぶべきかもしれないが、生物地球化学サイクル(のうち少なくとも炭素循環)まで含めて「気候」ととらえて「気候改変技術」と呼ぶことはできると思う。原理的にはすべてのCDRがそれに含まれるべきだが、自然植生と同様な木を植える植林(生態系回復技術とも言える)まで含めるのは不自然な気もする。ひとまずここから下では、CDRのどれがいわゆるgeoengineeringに含まれるかは、あまり問題にしないことにする。

CDRを、まず大きく、植林や海洋栄養塩散布のように炭素の行き先は自然の生態系まかせになるものと、人の管理下に炭素を回収するものとに分けるべきだろうと思う。そして後者は、大気または燃焼排気から回収することに注目されがちだが、炭素をどこに持っていくかに注目してしわけるべきだと思う。地下(海底下を含む)に入れる案は、失敗のおそれはあるが、成功する限りでは「隔離貯留」の名にふさわしいかもしれない。海洋の水中に出す案は、大気に出てくる速度が遅いことはあるものの「隔離」という表現はまずく、「排出先の大気から海洋への変更」というべきではないだろうか。【[2011-06-30補足] しだいにもれていくものであっても「貯留」という表現はかまわないと思うが、ここではわざと避けてみた。】

炭素を炭(すみ)として地中に入れようといういわゆる biochar も、千年くらいの時間スケールで分解しないように密閉するならば「隔離」と言えるが、土壌に混ぜてしまう案は、「炭素の行き先の土壌への変更」というべきだろうと思う。ただしこれは、二酸化炭素ではなく燃料としての価値をもつ炭素を人のために使わずに環境保全のために閉じこめる案であることに注意しておきたい。

杉山さんの話題にはなかったと思うが、CDRの一部として、(遺伝子操作あるいは生物合成によって)二酸化炭素固定能力の高い新しい種類の植物を作る技術が出てくる可能性は考えておく必要があるだろう。この場合も炭素の行き先がどうなるかが問題だ。また、もしその生物が野外に出ると、野生生物や農作物と競争することになって生態系への深刻な影響がありうるし、もし実際に炭素固定能力がとても高いものならば、人間の望むレベルにとどまらずさらに大気中の二酸化炭素を減らしてしまうおそれもあるのではないだろうか(人工生物種自体も自滅すると思うがそれまでにヒトを含むたくさんの種をまきぞえにしかねない。) 人が管理する施設内に閉じこめて使うならば認められる技術だと思うが、それを確実にするために、野外に出たら生きていけないような遺伝子構成にして、施設内で管理して使う、ということが可能だろうか? (有名なほうのAsilomar会議の話題をたどる必要があるかもしれない。)

文献

  • Cesare Marchetti, 1976: On geoengineering and the CO2 problem. Research Memoranda RM-76-17, International Institute for Applied Systems Analysis, www.iiasa.ac.at/Admin/PUB/Documents/RM-76-017.pdf .
  • Cesare Marchetti, 1977: On geoengineering and the CO2 problem. Climatic Change, 1, 59-68, DOI: 10.1007/BF00162777 .