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気候変化に関する科学と政策の関係の見なおし

Sylvia Tognettiさんに紹介されたRommetveitほか(2010)の論文(本の章)を読んだ。

著者の議論のわたしなりの要約
地球温暖化の科学的見通しが確かになったにもかかわらず、温暖化対策の政策がなかなか進まない。その原因は、科学的知識が正しく人々に伝わっていないことだと考えてその努力をする人々がいる。しかし、それは、科学技術社会論でいう「欠乏モデル」、つまり行動を制約する要因は知識の欠乏だという考えに基づいているのではないか。

いま起きている行き詰まりの主要な原因はそこにはなく、温暖化対策の政策が民主主義的に一般市民が参加できるものとして提示されていないことにあるのではないか。

IPCCの議論のうちには、気候変動への適応策の話題もある。この部分は、各人がそれぞれの場所での気候変動を受け止めて対応するものであり、民主主義的参加のきっかけを含んでいる。しかし、温暖化対策の議論のうちで、適応策の話題は、まだあまり大きな重みをもっていない。

温暖化軽減策は、社会のありかたのいろいろな側面にかかわる問題であるにもかかわらず、IPCCでも、またそれを実際の政策決定につなげる場でも、社会科学のうちで、マクロ経済学および定量的リスク評価という限られた専門領域のことばだけで語られている。そして、政策としては、たとえばEUでは、二酸化炭素隔離貯留、原子力、排出枠取引などの大規模な技術的または経済的な手段が重視されている。主権者であるはずの一般市民は疎外されている。

心理的つじつまを合わせる一つの道は、温暖化の見通しを示す科学を疑い、今の経済活動をそのまま続ける政策がよいとすることだ。この態度をもつ人は、最近、市場主義者による宣伝によってふえている。

もう一つの道は、環境によいとされるささやかな行動をとって個人的満足を得ることだ。

しかしこのどちらも大きな問題の解決に向かわない。

温暖化に問題を限定せずに、持続可能な社会をつくっていくことを課題として、汚染、生物種の絶滅、天然資源、世界規模の貧富の差の問題もあわせて、倫理的判断をしてそれを民主的に政策に反映していくことをめざすべきだ。

感想 ... 結局自分の持論になってしまうが
批判には賛同できるのだが、提案はまだ漠然としていると思う。

多くの人が、ecological footprintを小さくすることが、倫理的にせよ利己的にせよ、必要だという意識をもつようになればよいと思う。それには科学はどう役にたてるか? どういう価値観が多くの人の支持を得られるか?

気候変動への適応策はいずれにせよ必要であり、各地の住民がそれぞれに参加することが必要だ。それにはローカルな気候の知識が重要だ。だが、ローカルな気候変化の予測はむずかしい。必要なのは詳しい予測よりもむしろ多様なシナリオだ(Dessaiほか, 2009)。ただし、人間社会に影響をおよぼすのは、その場の気候の変化だけではない。貿易のある世界では、その国の産業の競争相手のいる国の気候変化も影響をおよぼすのだ(Maunder, 1991)。食料などに関してはグローバル化の行き過ぎを是正して地域ごとの自立度を高める必要があると思うが、他方で情報・知識に関してはグローバルに共有することが必要になるだろう。

IPCCはたいして大きい組織ではない(関与する人の数は何千人にもなるが専任の人がほとんどいない)。自然科学、経済学、定量的リスク論以外に手を広げるには力不足ではないだろうか。しかも第5次報告書については、編著者はもう決めてしまったので、今から大きく幅を広げるのはむずかしいだろう。第5次が終わったところで、(たとえば2010年3月5日の記事で書いたように)人類社会の持続可能性のための評価組織に大改組できるように今から準備を始めるべきだろう。

文献

  • Suraje Dessai, Mike Hulme, Robert Lempert and Roger Pielke Jr., 2009: Climate prediction: a limit to adaptation? In: Adapting to Climate Change: Thresholds, Values, Governance (W.N. Adger, I. Lorenzoni and K. O'Brien, eds., Cambridge University Press), 64 - 78.
  • W.J. Maunder, 1991: Regional and national responses to climate change: Implications, risks and opportunities, and what each nation needs to do. Proceedings of the International Conference on Climate Impacts on the Environment and Society (Tsukuba, Japan, 27 Jan. - 1 Feb. 1991), WMO TD-435, F-8..F-12.
  • Kjetil Rommetveit, Silvio Funtowicz and Roger Strand, 2010: Knowledge, democracy and action in response to climate change. In: Interdisciplinarity and Climate Change -- Transforming knowledge and practice for our global future (Roy Bhaskar, Cheryl Frank, Karl Georg Høyer, Petter Næss and Jenneth Parker eds., London: Routledge), 149 - 163.