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気候変化(地球温暖化)の何がどのようによくわかっているのか

IPCCが2007年に第4次報告書を出した現在、気候変化にかかわる科学者の多く(全部というつもりはない)が、温暖化の見通しに高い確信度を与えている。IPCC (第1部会)は科学者の「合意」を得たというのはこのことだ。英語圏でこの件について「Science is settled.」という表現がされるのもこのことだ。しかし、もちろん、気候変化のしくみが完全にわかったわけでも、未来の気候がすべて予測できるようになったわけでもない。

気候は複雑なシステムであり、そのすべてをわかることも、すべてを予測できるようになることも、人間わざでは将来とも不可能だろう。
しかし、それは、何もわからないということでも、予測のたぐいのことが何もできないということでもない。

複雑なシステムについて、すべてわかるか、何もわからないか、どちらかに決めつけようとする態度を、池内(2008)は「第3種疑似科学」と呼んだ。この用語はわかりにくいのでもっとよい表現を探しているのだが、ともかく、複雑なシステムの科学は、部分的にわかったとか、条件つきでわかったとかいう状態を認めていかないと、やっていけないと思う。

温暖化の見通しについては実際に何がわかったと言ったらよいか、わたしは適切な表現を探している途中だが、ここでは試みに、1月27日に書いた「IPCCの将来に関する個人的考え(その1) 巨視的な小さな国際組織」という記事で次のように述べたのをくりかえして、議論を補っておく。

  • 今後1世紀の全球平均地上気温の変化の最大の要因は、(未知の要因または予測不可能な事件が重要にならない限り)、人間活動起源の全球規模の大気成分変化によるものだろう

地球温暖化と呼ばれる種類の気候変化は、全球平均地上気温が上がることだけではない。温度上昇に限っても時空間的に一様ではない。さらに、たとえば、ある地域では雨がふえ、ある地域では雨が減るなどの変化を伴うだろう。海水準上昇も伴うだろう。

また、各地の気候の変化は、地球温暖化に伴うものだけではない。

しかし、気候変化のうちで、全球平均地上気温の変化を伴うものを抽出して考えることができる。

その種類の気候変化は、理論に基づいて、水平方向は全球平均してしまった鉛直1次元モデルで計算することができる。(鉛直方向の違いも無視した0次元モデルではうまく表現できない。) また、水平方向の空間分布も表現した3次元モデルでも表現できる。どちらの方法によっても、大気中の二酸化炭素などの温室効果気体の量が変わると全球平均地上気温がどれだけ変わるかについては、ほぼ同じ結果が得られる。(ただしここで「ほぼ同じ」とは、2倍・2分の1くらいの範囲におさまるという意味だ。) 同様に、太陽からくるエネルギー量が変化した場合の気温の変化も計算できる。人間社会が化石燃料を使い続けたとし、太陽活動が今後も20世紀の後半にあった程度に変化するとした場合、気温に及ぼす影響は前者のほうがだいぶ大きくなるだろうということはかなり確信がもてる。太陽がもっと激しく変化する可能性は「予測不可能な事件」に含めておく。

温度に影響を与える大気成分には温室効果気体のほかにエーロゾルがあり、これには人為起源と火山をはじめとする自然起源のものがある。これは、変化の実態についても、温度への影響についても、気体成分よりも不確かだ。ただし、硫酸液滴などの可視光に対して透明なものは寒冷化に働き、すすのような黒いものはどちらかといえば温暖化に働くという向きは確かになってきたし、全球平均気温への影響は、時間についても十年以上のスケールでならせば、温室効果気体の効果に比べて(無視できるほど小さくはないが)相対的に小さいと見積もっている人が多いと思う。ただし火山の大噴火は予測不可能な事件として別扱いにする。

そこで、気候変化全体のうちで、人為起源の大気成分変化による、全球平均地上気温の変化を伴う気候変化をとくに取り出して考える。「地球温暖化」とは気候変化のこの部分につけた名前だとするのが適切だと思う。

そして、この地球温暖化の大きさは、仮に将来の大気成分濃度のシナリオを決めたとすると、全球平均地上気温という尺度で、ある幅をもって(たとえば2100年と2000年の差が、3℃を中心としてその2倍・2分の1のうちにおさまるというような形で)、予測型の見積もりをすることができる。

もう少し研究が進むと、将来の排出量シナリオを与えて、大気中の濃度と気温の両方が関連して変化していくような予測型の見積もりも、かなり確信をもってできるようになりそうだ。

「地球温暖化」は、ローカルな気候にも影響を与えるにちがいない。しかし、ローカルな気候の変化にとっては、「地球温暖化」が圧倒的に重要な要因であるとは限らない。ローカルな気候変数の変化に対する自然変動の役割は全球平均地上気温に対する場合よりも大きい。また、ローカルな人為的要因もある。

「地球温暖化」の予測型シミュレーションの結果をローカルに見ることはできるが、それは、たとえ空間スケールを細かくして計算精度を高めたとしても、ローカルな気候の予測として満足できるものになる見こみはない。しかし、それは、社会がローカルな気候の変化に適応していくための参考情報にはなると思う。ただし、どんな参考情報が期待されているかを意識してシミュレーションを計画していく必要があるのだろう(この件はまた論じるつもりだが、ひとまず別のブログに2009年05月19日に書いた「近未来気候変化予測の意義に関する議論」参照)。

文献

  • 池内 了, 2008: 疑似科学入門。岩波新書。[読書ノート]
  • 江守 正多, 2008: 地球温暖化の予測は「正しい」か。化学同人。[読書ノート]
  • S.R. Weart (ワート), 2003, 2008: The Discovery of Global Warming. Harvard University Press. 初版の日本語版, 2005: 温暖化の発見とは何か。みすず書房。[読書ノート]