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文明の言語と学術用語

(言語や文字を専門としないわたしの認識を書き出したものである。)

世界にはたくさんの言語がある。同じ言語を話す人々が一種の共同体をつくっている。「民族」ということばの定義はあいまいだが、言語共同体のことだと言ってよいこともあると思う。

言語の分類の文脈では、ふつう、人のからだの部分や親せき関係をあらわすことばなど基本的と考えられる語彙に基づいて、あるいは基本的文法構造に基づいて、言語の系統が論じられることが多い。そういう観点では、たとえば日本語と漢語はだいぶ離れた言語だ。

しかし、外国語で書かれた科学・技術文献を読みたいという立場でとらえると、だいぶ違った印象がある。それぞれの言語は、大きく分けて日常語と学術用語の層をもつ(他の層も数えるべきかもしれないが)。日常語の層はそれぞれの言語共同体の文化を背負っているが、学術用語の層の概念は同じ専門ならば言語共同体を越えて共通(であるべき)だ。そして学術用語の層は、日常語の層が違った系統に属する言語の間でも、表現まで共通なこともある。

学術用語の層のうち新しい部分(だいたい第2次世界大戦後)は、英語が圧倒的な影響力をもち、新しい概念は英語からその発音をまねた外来語形(日本語の場合はかたかな語)で各言語にとりこまれることが多い。ただし、古い層の要素から組み立てられたものも混じる。(英語では、英語の古い層の学術用語と同様にギリシャ語・ラテン語の要素から組み立てられる場合もあるし、英語の日常語が使われる場合、英語にとっての外来語が使われる場合もある。)

学術用語の古い層がどの言語から組み立てられるかは、それぞれの民族が影響を受けた文明によって決まる。ヨーロッパの諸言語ではギリシャ語・ラテン語であり、東アジアの諸言語では古典漢語だ。東南アジアでは、ベトナム語では漢語、タイ語ではサンスクリットパーリ語、マレー語・インドネシア語ではサンスクリットアラビア語の要素が使われている。これは、それぞれの地域に広まった文明の経典に使われた言語なのだ。経典という表現をしたが宗教のものに限るわけではなく、また複数の宗教のものを含むこともある。サンスクリットヒンドゥー教やその前身にも仏教にも使われたし、漢語も儒教道教・仏教(の漢訳)に使われた。

文字の系統があらわしているのは、日常言語の系統ではなく、文明の言語が文字とともに広まった過程だ。

アジアで使われている文字の多くは、漢字、インド系文字、アラビア文字、ヨーロッパの(ギリシャ・ラテン・キリル)アルファベットの4つの系統に整理できる。(東京外国語大学GICAS http://www.gicas.jp/grammatological_informatics_j.html の地図に現代の状況の概略が示されている。) 日本語のかなは漢字から派生したものと考えるというふうにまとめていくわけだが、きれいに整理されないものもある。ヘブライ文字アルメニア文字グルジア文字、蒙古文字はアラビア文字とヨーロッパのアルファベットの共通の祖先から分岐したと考えられる。ハングルは漢字とインド系文字(梵字)の両方を参考にして意図的に設計されたものだ。国の公用語に使われないものまで数えれば、中国のイ族の文字など、どの系統にも含まれないものもある。アジアではヨーロッパのアルファベットは新参者であり、その前には、ベトナムでは漢字およびそれから派生した文字(ただしチャム民族の領域ではインド系文字)、インドネシアでは仏教やヒンドゥー教とともにインド系文字、遅れてイスラム教とともにアラビア文字が使われていた。

近代にヨーロッパで成立した概念に対して、東アジア漢字文明圏では、漢語の要素から単語を組み立てた。ローマ字を採用したベトナムや、ハングル(朝鮮文字)を採用した南北朝鮮で、漢字を使わなくなっても、漢語の要素を使うことは続いたのだ。(ベトナム語朝鮮語では日本語の場合よりも多数の漢語を発音で区別できるのが幸いした。) したがって東アジアの言語間で学術用語は形のうえでも対応するものが多い。日本の幕末から明治には、本来の日本語(やまとことば)の要素を使って学術用語を構成する動きもあり生物の種名などについてはその路線が生き残ったが、大部分の学術用語は漢語で構成された。これは日本語にとっては聞いてわかりにくい語が多くなって残念なことなのだが、東アジアの共通語彙をもたらした点ではよかった面もあり、一部の知識人は意図的にそれをめざしていたのかもしれない。

漢字文明圏とインド系文字文明圏の境は、インドシナ半島ベトナムとその他の国の境あたりにある。タイなどの上座部仏教圏の経典の言語はパーリ語だが、これはサンスクリットと同じ系統の言語で、サンスクリットは文語として定式化されたものであり、パーリ語はある時代のある地域の口語を記録したものだ。タイ語では、仏教とともにはいった概念はパーリ語から、近代に作られた学術用語はサンスクリットから構成される。日本の漢語に仏教語をあらわす呉音の層と官僚用語や学術用語をあらわす漢音の層があるのとちょっと似た構造ができている。近代初期のタイの知識人は、ヨーロッパでギリシャ語・ラテン語の要素が、東アジアで古典漢語の要素が使われているのを見ながら、意図的にサンスクリットの要素で学術用語を構成したらしい。上座部仏教圏だけでなく大乗仏教圏やヒンドゥー教圏にも通じる普遍性をめざしたのだろうか。実際にインド文字文明圏で共通語彙ができたかどうかは、わたしはまだ知らない。

mobage

電車の中に広告が出ている。「mobage」と書いてある。

英語だと思って、「モーベジ」と読んでみたが意味がわからない。Garbage (ガーベジ、ごみ)のなかまのような感じがする。Mob (モブ、暴徒)から派生したことばかと思ってもみたが、もしそうならば「mobbage」になるのではないだろうか。

そこまで考えたところで、広告には日本語も書いてあることに気づく。「mobage」は日本語の(語源を気にしないで発音に従った)ローマ字表記だったのか。

GWキャンペーン

家の郵便受けにはいっていた広告のちらしに「GWキャンペーン」と書いてあった。わたしは今どきの日本で「GW」がどういう意味に使われているか思い出す前に、「地球温暖化キャンペーン」を想像してしまった。

わたしが読むような英語圏のブログで「GW campaign」と書いてあったらGWはglobal warmingにちがいないのだ。(ただし「わたしが読むような英語圏のブログ」は英語圏のブログ全体をよく代表するサンプルではないと思う。)

ここで「GWキャンペーン」とは、「地球温暖化は大事な政策課題だ」という社会運動をさしている。

理屈のうえでは「全地球を温暖化させよう」という社会運動を意味することもありうるのだが、1975年ごろ以前はともかく、近ごろはそのような運動はどこにもないと思う。

他方、「地球温暖化は問題ではない」というキャンペーンは確かにあるが、「GW campaign」と呼ばれることはめったになく、「anti-GW campaign」と呼ばれることがあるようだ。「地球温暖化を食い止めよう」という活動こそ「anti-GW」と呼ばれるべきだと思うが、そういう意味で使われるのは見たことがない。

やや専門的な用語を使う人は、単にGWでなくAGWと書いていることが多い。anthropogenic global warming (人為起源の地球温暖化)の略である。

なお、global warmingではなくclimate changeというべきだという意見を含めた議論については、2010年8月15日の記事「人気変」に書いた。

人気変(?) -- 人為起源気候変化

英語圏のブログで、ある気候研究者が、global warming (地球温暖化)という表現はよくないと言っていた。その人はclimate change (気候変化)と言うべきだという。もっと正確にはanthropogenic climate change (人為起源の気候変化)だ。この主張には賛同したいと思った。

地球温暖化という現象は、全球平均地上気温の上昇という特徴を伴う。しかし、それは全球一様に温度が上がるということではない。地域(ここでは数千キロメートル四方の広がりを考えている)ごとに、大雨がふえたり、乾燥化したり、いろいろな特徴となって現われる。温度上昇に限っても、全球的温度上昇傾向が地域規模の年々変動や季節内変動と重なって、極端な高温偏差(いわゆる熱波)が強まることが、人間社会に大きなインパクトをもたらすのだ。それを地球温暖化と表現すると、全球平均気温に必要以上に強く注目してしまうことになる。

しかし、用語の選択はなかなかむずかしい。英語圏(とくにイギリス、オーストラリアなど)ではClimate Changeと言えば日本語で言う「地球温暖化」のことだと思う人が多くなったが、日本語では、「気候変動」はもちろん、「気候変化」でも、どちらかと言えば自然の原因による変化のことだと思う人が多いのではないだろうか。かといって「人為起源気候変化」は毎回くりかえすには長すぎる。

長いことばがくりかえし使われる場合には、人々は短く略した形を使うようになることが多い。現代日本語の場合、複数の要素からなる語を省略するには、それぞれの要素から、漢字1字あるいは2拍(たとえばドイツ語からの外来語「ゼミナール」を「ゼミ」とするように)を抜き出してつなげるのが定跡だ。

その規則性に従うと「人為起源気候変化」の略語は「人気変」(ジンキヘン)となる。(ここで「人為起源」は一つの要素だと考えた。) しかし、文字にしてみると、「人気」(にんき)が「変」だと読まれるにちがいないので、これは没だろう。何か、「地球温暖化」よりも短くて意味がわかりやすい略語が作れないだろうか?