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1970年代の気候変動の学説は「地球寒冷化」ばかりだったか

【まだ書きかえます。いつどこを書きかえたかを かならずしも明示しません。】

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【地球環境問題についてのテレビ番組のうちに、1970年代以来の議論をふりかえるものがあった。その番組自体の論評を別にかくかもしれないが、ここでは、そこで思いだしたひとつの論点について、わたしが認識している事実の要点を書いておく。】

気候変化についての人びとの認識の変遷を、およそ「1970年代には、気候変化のみとおしは寒冷化だった。1970年代末ごろにそれが否定されて、温暖化が有力になった。」とまとめられることがおおい。気候変化の専門家のひとりから見ると、それは、まちがいとはいいきれないが、うまくないまとめかただ。

1970年代の気候変化の見通しは寒冷化・温暖化さまざまだった。大衆向けのメディアでは寒冷化のほうがよくきかれたが、専門文献ではむしろ、温暖化の見通しをのべるもの あるいは 温暖化をもたらす原因を重視するものが多かった。Peterson ほか が 2008 年に アメリカ気象学会誌で、専門文献の数をかぞえて、のべている。

  • Thomas C. PETERSON, William M. CONNOLLEY & John FLECK, 2008: The myth of the 1970s global cooling scientific consensus. Bulletin of the American Meteorological Society, 89: 1325-1337 https://doi.org/10.1175/2008BAMS2370.1

わたしはこれを日本語訳して、個人ウェブサイトの [このページ] に置いた。ただし著作権者である同学会から (わたしの言いかたがうまくなかったからとは思うが) 一般公開の許可がえられず、要旨だけ一般公開、本文はパスワードつきで置いている。

この論文でのデータ解析は、結論を想定していたことからくる かたより があるかもしれない。しかし すくなくとも 1970年代に 寒冷化の見通し は専門家のあいだの共通認識になってはいなかった。

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1970年ごろ、地球環境に関する関心が高まったが、その中心はかならずしも気候ではなかった。1950年以前にくらべれば、気候が変化しうる、とくに人間活動が原因で変化するかもしれない、それが人間社会にとってまずい結果をもたらすかもしれない、と思う人はいくらかふえていたと思うが、社会一般の通念にはなっていなかっただろう。

気候の変化の原因についての専門家のあいだの議論は、氷河時代 (地球上の大陸に巨大な氷河がひろがっていた時代) と現在との気候のちがいがなぜおきたかという関心をめぐるものがおもだった。原因を宇宙にもとめる人、地球内部にもとめる人、気候自体が自発的に変化しうるのだと考える人などさまざまだった。

気候の変化を考えるわくぐみとして、物理の基本法則であるエネルギー保存の法則を基本とし、気候を変化させる主要な原因として、地球の大気だけでなく海洋や雪氷をふくめた「気候システム」のエネルギー総量を変化させる要因をとりあげる考えが、(19世紀からあるにはあったのだが) 1960年代ごろに専門家のあいだでは有力になり、1970年代にそれにもとづく専門家の議論が世間一般に知られるようになってきた。エネルギー保存の法則によって、エネルギー総量を変化させる要因は、エネルギー収入かエネルギー支出を変化させるものにしぼられる。そのうちのこの要因が重要だという仮説がいくつもしめされ、それには、(1970年代当時の) 現在の状況で温暖化をもたらすものも、寒冷化をもたらすものもあった。

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1970年代に、しろうとむけの本やテレビ番組などで、寒冷化説のほうがよく聞かれたことは、事実といってよいだろう。

専門家の学説のうちで、寒冷化説の根拠となることがらは、大きくわけて 3つあった。そのうち (A) と (B) は、エネルギー収支にもとづいてエネルギー収入を変える要因をあげたもの、(C) は観測された傾向の延長である。

- (A) -
大気中のエーロゾル (固体や液体の微粒子) は、太陽の光をさえぎり、地表に達する太陽放射をへらすはたらきがある。【このほかに、赤外線を吸収したり射出したりすることにより、地球から出ていく地球放射 (気候システムのエネルギー支出) にも影響をあたえるのだが、ひとまずそれは問題にしない。】 とくに、白っぽいエーロゾルのばあいは、大気中の太陽放射の吸収をあまりふやさないので、大気と地表面をあわせた気候システムのエネルギー収入をへらす。これは地球寒冷化にはたらくだろう。

とくに、人間が石炭や石油をもやすと、それにふくまれた硫黄分が二酸化硫黄として大気中に出て、酸素および水と反応し、硫酸液滴のエーロゾルになる。これは大気汚染 (スモッグ) であるとともに、白いエーロゾルでもあるから、太陽放射の反射をふやして地球のエネルギー収入をへらす。したがって、人間活動は地球寒冷化をおこすはたらきがある。

この事実認識は、定性的には、いまも否定されていない。ただし、(火山の噴火によって成層圏にひろがるエーロゾルとちがって) 大気汚染起源のエーロゾルはおもに対流圏にひろがり、その大気中滞在時間はあまり長くなく、空間分布は汚染源に近い地域にかぎられがちだ。それが太陽放射をさえぎる効果の定量的評価はむずかしいが、別に評価されていた二酸化炭素の温室効果強化 (気候システムのエネルギー支出を変化させる要因) にくらべて相対的には小さいという認識に、1970年代末ごろにはすでにいたっていた。さらに、二酸化硫黄や硫酸液滴は直接に人体に有害な物質なので大気汚染の規制対象となり、人間活動起源の対流圏エーロゾルは、1960-70年代にくらべると1980年代には減ってきている。

- (B) -
地球の気候は万年・十万年の周期帯で振動型の変動をおこしていることがわかってきた。大陸上の大規模な氷河の拡大・縮小をともなうので、「氷期サイクル」とよばれている。他方、地球の公転と自転の軌道要素が、太陽系内の他の天体の引力によって、万年・十万年の周期帯で変動しており、これは天体力学の理論によって精密に計算できる。軌道要素が変化すると、地球に達する太陽放射の総量はあまり変化しないが、緯度別・季節別の配分が変化する。それが地球上の氷の分布などと組みあわさると、気候システムのエネルギー収入が変化する。これが、氷期サイクルの原因の (すべてではないが) 重要な部分である、という学説は 20世紀はじめからあったのだが、1970年代に有力になってきた。

いまの海陸分布のもとでは、気候システムは北半球の夏の太陽放射に敏感である。現在は北半球の夏の太陽放射が少ない時期なので、気候は氷期にむかっていると考えられる。

ただし、これは約2万年周期の変化であり、これから百年の気候変化への寄与はわずかである。

しかし、この主題は、気候システムについての科学的認識の発達のきっかけとなったという意味では重要である。

- (C) -
1970年ごろには、1940年ごろから当時の現在までの北半球平均の地上気温が集計され、それは下降傾向にあった。(なお、気象観測記録は、いまでは1850年ごろまでさかのぼることができ、北半球平均気温は 1940年ごろまで上昇傾向がみられるが、1970年代当時はまだよく整理されていなかった。)

まだ、エネルギー保存の法則にもとづく気候変化の原因の学説が確立していなかったから、変化傾向の延長による予測も重視され、寒冷化がつづくだろうというみとおしをのべる人も多かった。

その後、時系列を延長すると、1970年代からは気温の上昇がみられ、100年間の長期傾向としても上昇であることが、1990年ごろにあきらかになった。

いまからみると、1940-1970年の気温下降傾向の原因の一部は (A) でのべた大気汚染起源のエーロゾル、一部は十年規模の自然変動 (外因がなくても気候システム内でおこる変動) と思われる。