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太陽活動の気候への影響についてのわたしの考え

このブログでは、科学と政策の関係とか、科学者はどういう価値観で仕事をするかとかいう話題を多く書いてきたが、科学の中身に立ち入って考えたことを書くことが少なかった。今後はそういうものも混ぜていくことにする。ただし、多くの科学者が正しいと思っている知識を書く場は別にありそうだし、明らかにまちがったことを書くのは避けたいので、もしかしたら正しいかもしれないと思うことや、厳密に言えば正しくないが修正すれば正しくなるかもしれないことを書くことが多くなると思う。

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太陽活動(太陽が出すエネルギーを変化させるような太陽の状態の変化)が、地球の気候を変化させる原因として重要なものであることは確かだと思う。

だからと言って、大気中の二酸化炭素などの温室効果気体の量の変化が重要でないということにはならない。21世紀の太陽活動のよい予測はできないが、人間社会が化石燃料の消費をやめなければ、温室効果強化による温暖化傾向はあるのであり、それに太陽活動の影響が加わるのだ。(気候システムは非線形だが、ある程度は線形的なたしざんで考えることができる。) 太陽活動が極度に弱まれば寒冷化はありえないことではないが、それは最近数千年間なかった規模の弱まりかたの場合に限られるだろう。それは驚きの(予測不可能な)気候変化の一種ととらえて非常事態として備えるべきだろう。逆に太陽活動が極度に強まって温暖化が強化されたり、太陽磁場の乱れにより電波や人工衛星を使った技術がうまく働かなくなったりすることも非常事態として備えるべきだろう。

太陽活動の気候への影響についてのわたしの考えは、教材用のページ「太陽活動の気候への影響」に書いた。少し古くなっているところがあるが今もわたしの基本的考えは変わらない。

ただし、わたしの思いつき(speculation)で、自分でも他の人に頼ってもしっかりした根拠が組み立てられておらず、また自分が研究者として追求している主題でもないので、教材としては書かなかった件がある。

それは、太陽活動から凝結核となるエーロゾルを通じて雲への影響はあるのではないか、ただし、その中間項は宇宙線ではなく、窒素の酸化反応ではないか、ということだ。そのうちでは2つの可能性を想像している。太陽からくる紫外線の量の変動によりオゾンと窒素酸化物を含む光化学反応の活発さが変化することと、太陽磁場の変動に伴って地球大気中の電磁場が変動し雷放電の起きかたが変わることだ。わたしは今のところこのような主題を専門的に追求しておらず、入門的知識をもとに想像しているだけである。とくに、もともと大気中に存在するエーロゾルに対して、このようなしくみでつけ加わるエーロゾルが無視できないことを示すべきなのだが、わたしはまだ手がかりも持っていない。

ただし想像のきっかけとなった事実はある。南極氷床の浅いコアサンプルの硝酸イオン濃度に、太陽活動の11年周期らしいものが見られるのだ。Zeller and Parker (1981)が南極点のコアサンプルで見つけており、これはBradley (1985)の古気候学の教科書の5.5.4節に引用されている。(ただしその本の第2版にあたるBradley (1999)の本には見あたらない。) 渡辺幸一氏(現在の所属は富山県立大学)ほかの研究者は、同じ特徴を南極の別の地点のコアサンプルで見つけている(Watanabe et al., 1999)。また、過酸化水素濃度の同様な変化を示している(Watanabe et al., 1998)。

このような変化の原因が南極だけにあるとは考えにくく、おそらく他の地域にもあるが、人為起源・生物起源・火山起源のいずれの影響も少ない南極でだけ見えてくるのではないかと思う。もし、産業革命以前には南極以外でも太陽活動以外に窒素酸化物量を変化させる要因がほとんどなかったのならば、太陽活動が硝酸塩エーロゾルを変化させ、雲を変化させ、気候を変化させるというしくみが全地球規模で働く可能性がある。ただし、産業革命以後は化石燃料燃焼や窒素肥料合成などによって大気は硝酸塩だらけになっているから、もはや太陽活動による変調は働かなくなっているだろう。もしこれが主要な太陽活動から気候への影響のルートだとしたら、その連関は人間によってこわされたことになる。

なお、地層から地質時代(なん万年も前、ときにはなん億年も前)の環境変動を推定する人が、太陽活動周期らしいものを指摘することがある。(有名な例のひとつは、太陽活動の11年周期ではなく潮汐の13日周期であるにちがいないということになって、はずれたが。) 今の気温や降水量などの気候要素に見られる太陽活動に伴う変化では、堆積物にそんなに大きな変化をもたらすことは考えにくく、昔は太陽活動の変動が大きかったか、気候システムの感度が大きかったにちがいないと考えられることもある。しかし、もし大気中の窒素酸化物濃度を変動させる主役が太陽活動ならば、そして、ある湖や湾などの水域の植物の光合成生産が栄養塩としての窒素が不足していることによって制約されているとすれば、その水域にできる堆積物の組成の変化に太陽活動の影響が見られるのはもっともだ。そして、それには気温や降水量などの気候要素が変動する必要はない。まして、全地球規模の気候が変動する必要はない。したがって、地層に明瞭な太陽活動の影響が見られたとしても、それは全地球規模の気候に明瞭な太陽活動の影響があったことにはならないかもしれない。

文献

  • Bradley R.S., 1985: Quaternary Paleoclimatology. Allen and Unwin (のちChapman & Hallから発行).
  • Bradley R.S., 1999: Paleoclimatology. Academic Press (現在はElsevier社の一部).
  • Watanabe K., Kamiyama K., Watanabe O. & Satow K., 1998: Evidence for an 11-year cycle of atmospheric H2O2 fluctuation recorded in an ice core at the coastal region, East Antarctica. Journal of the Meteorological Society of Japan, 76, 447 - 451. http://ci.nii.ac.jp/naid/110001807467 (CiNiiには著者所属の英語表記にまちがいがある。) [2017-04-07 リンク先修正。論文ページに書いてあるDOI http://doi.org/10.2151/jmsj1965.76.3_447を指定したのだが論文ページに到達しないので、論文ページのURLをあげておく。] http://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsj1965/76/3/76_3_447/_article
  • Watanabe K., Satow K., Kamiyama K., Motoyama H. & Watanabe O., 1999: Non-sea-salt sulfate and nitrate variations in the S25 core near the coastal region, East Antarctica. Polar Meteorology and Glaciology (国立極地研究所), 13, 64 - 74. http://ci.nii.ac.jp/naid/110001135939 http://id.nii.ac.jp/1291/00002890/ [2017-04-07 リンク先修正]
  • Zeller E.J. & Parker B.C., 1981: Nitrate ion in Antarctic firn as a marker for solar activity. Geophysical Research Letters, 8, 895 - 898. https://doi.org/10.1029/GL008i008p00895 (有料) [2018-08-26 リンク追加]