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安成 哲三 さん (日本地理学会 吉野賞 への推薦文)

安成 哲三 さんに、日本地理学会の 吉野賞 (2022年度) が与えられることになった。

わたしは、学会に対して安成さんを推薦したグループのひとりである。グループメンバーがそれぞれ推薦文を書いたのだが、そのうちわたしが書いたものをここに再録しておく。

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安成さんの業績は、広く地球環境の科学におよんでいますが、研究者としての専門は、グローバルな気候と水循環、そのうちでも陸面・大気相互作用であり、「モンスーン」が重要なキーワードです。2018年に出版された『地球気候学』という本によって (おそらくご本人としては書き足りないところがあると思いますが) その広がりをつかむことができます。

安成さんの研究者としての初期の主題は、モンスーンの季節内変動 (周期が数十日の変動) でした。南アジアのモンスーンに active / break があることはすでに知られていましたが、それが数千キロメートルの空間規模で、東進および北進する波のような構造をもつことが、Yasunari (1979) の論文で明らかになりました。この問題設定は、安成さんに、大規模の気象の基礎知識と、氷河調査での南アジア滞在経験とがあったからできたものでした。また、それまでのモンスーン変動の研究は、月ごとの値で広域を見たものか、日ごとの地上観測で国ごとに見たものがほとんどでしたが、安成さんは気象衛星による毎日の雲画像をディジタルデータとして時空間分布を解析するという、当時としては新しい方法をとりました。ここでとらえられた現象は、Maddenと Julian が指摘していた赤道域の季節内変動と、同一ではないものの、明らかに関連があります。それ以後、季節内変動は熱帯の気候・気象を論じるうえで欠かせない主題のひとつになったのでした。

フロリダ州立大学での在外研究でエルニーニョ・南方振動 (ENSO) の解析をしたのをきっかけに、安成さんの研究の重点は、世界の大気・海洋・陸面結合システムの年々変動のなかでのアジアモンスーンの役割にうつりました。代表的論文として Yasunari and Seki (1992) があります。南アジアの雨には準二年周期変動 (前年とは位相が逆になる傾向) が見られ、その形成にはユーラシア中高緯度も関与していることが示唆されました。とくに、ユーラシア中緯度の春の積雪被覆とそれがとけて生じた土壌水分が地表面熱収支を変化させることが、広域に影響を及ぼすと考えられました。その因果連鎖を評価するための数値実験を気象研究所の気候モデルでおこなった研究が Yasunari, Kitoh & Tokioka (1991) です。

安成さんはアジアモンスーン自体がどのようにして維持されているかにも関心をもちつづけていました。海洋研究開発機構 地球環境フロンティア研究センター (当時) の広域水循環チームの仕事として、大気大循環モデルを使って、チベット・ヒマラヤの山塊の存在と、土壌水分や植生の存在が、それぞれ全球規模のモンスーン循環にどのような影響を与えているか、数値実験をおこなった研究が Yasunari, Saito & Takata (2006) です。

以上のような研究業績にもまして、安成さんの偉大なところは、アジアの多数の国の、気候・水文そのほか多様な専門分野の人びとが、ともに研究にとりくむ機運をリードしてきたことにあります。

安成さんは、1990年代なかばから2005年まで、GEWEX Asian Monsoon Experiment (GAME) という国際研究プロジェクトの代表をつとめてきました。このプロジェクトへの日本からの貢献は、強化観測の時期には文部省の事業費がついており、のちには科学研究費として予算がついていた時期もありますが、そのほか多数の研究者がそれぞれの研究エフォートを持ち寄ることによって成り立っていました。安成さんは、大学に本務をもちながら、「地球フロンティア研究システム」と「地球観測フロンティア研究システム」のそれぞれの水循環変動研究領域の領域長を兼任しましたが、それは、GAME と関連のある仕事をする研究者の職場を確保することでもありました。

GEWEX (Global Energy and Water cycle Experiment、現在は Global Energy and Water Exchanges program) は、世界気候研究計画 (WCRP) の一環として、1988年に開始されました。その主題には、全地球規模の大気・水圏のエネルギーと水の循環の解明に加えて、大陸規模の大河川流域での大気・陸面相互作用が含まれていました。そして、北アメリカのミシシッピ川流域での強化観測「GCIP (GEWEX Continental-scale International Project)」が計画されていました (1996年に実施されました)。しかし、日本の研究者たちは、北アメリカでの強化観測だけでは世界の大気・陸面の特徴をとらえきれないし、自分たちがもっと直接的に参加する機会が必要だと考えました。しかし、ひとつの地域にまとめることはできず、タイのチャオプラヤ川流域を中心とする東南アジア、チベット高原、中国の淮河流域、シベリアのレナ川流域での強化観測を、それぞれ現地の国の人たちと協力して、1998年 (シベリアは2000年) に行なうことになりました。安成さんが代表となり、「アジアモンスーン」のキーワードでまとめることによって、その全体をアジアから世界のGEWEXへの貢献として示すことができました。

GAMEの強化観測では、気象・気候の研究者と、理学系、工学系 (土木の河川工学など)、農学系 (林学の砂防など) の出身者を含む水文の研究者がともに行動し、これまで疎遠だった研究者コミュニティがつながるきっかけとなりました。また、GAME自体の課題は定量的な水の循環でしたが、強化観測参加者には、森林の木々の生理・生態を専門とする人も、地域社会の水資源や水災害対策を考える人も含まれていました。GAMEは、そのような人たちが広域の気候と水循環を視野に入れるきっかけにもなったでしょう。安成さんが、自然と人間とにわたる地球環境研究の国際共同研究事業「Future Earth」の国際科学委員会の委員に選ばれたのも、GAMEがもたらした学問の革新をふまえてのことと思います。

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文章中でふれた文献

  • T. Yasunari, 1979: Cloudiness fluctuations associated with the Northern Hemisphere summer monsoon. Journal of the Meteorological Society of Japan, 57: 227-242. https://doi.org/10.2151/jmsj1965.57.3_227
  • T. Yasunari, A. Kitoh and T. Tokioka, 1991: Local and remote responses to excessive snow mass over Eurasia appearing in the northern spring and summer climate -- A study with the MRI-GCM. J. Meteor. Soc. Japan, 69: 473-487. https://doi.org/10.2151/jmsj1965.69.4_473
  • T. Yasunari and Y. Seki, 1992: Role of the Asian monsoon on the interannual variability of the global climate system. J. Meteor. Soc. Japan, 70: 177-189. https://doi.org/10.2151/jmsj1965.70.1B_177
  • T. Yasunari, K. Saito and K. Takata, 2006: Relative roles of large-scale orograghy and land surface processes on global hydroclimate. Part I: Impacts on monsoon systems and the tropics. Journal of Hydrometeorology, 7: 626-641. https://doi.org/10.1175/JHM516.1
  • 安成 哲三, 2018: 地球気候学。東京大学出版会。[読書メモ]