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Equatorial Center for Medium-range Weather Forecasts (赤道域中期天気予報センター)

【気象の専門用語の説明が不足していますが、その多くはこのブログの「気象むらの方言」のカテゴリーの記事で説明しています。この記事から用語説明にリンクをつけることも考えていますが、必ずやるとお約束はできません。そのほか、まだ書きかえるかもしれません。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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表題のような機関(団体)は存在しない。これからも、少なくともこのとおりの名まえでできることはないだろう。European Centre for Medium-range Weather Forecasts (ECMWF、ヨーロッパ中期天気予報センター、ウェブサイト http://www.ecmwf.int )は存在する。表題はその名まえをもじったものである。しかし、単なる冗談で書いたわけではない。名まえは違ってくるだろうが、そう形容できるようなものが実際にできるとよいと思っている。残念ながらわたしには実行力が乏しく、こうやって個人の資格で意見を表明することしかできないのだが。

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20世紀のはじめ、Vilhelm BjerknesやCleveland Abbeが、物理法則に基づく計算によって天気予報をよくすることができるだろうと考えた。そして、Lewis Fry Richardsonが、計算のしかたを定式化し、1922年に本として出版した。その際に、運動方程式のうち、鉛直の加速度の式を、静水圧のつりあいで近似した。(この方程式の組が、のちの数値天気予報専門家のあいだで「primitive方程式系」と呼ばれることになる。) しかし、当時の人手による計算の能力では、天気の進行を先取りする計算をするためには、なん万人もの人を動員しなければならないようだった。また、Richardsonが1ステップ試算した結果はあばれていて、そのまま続けても予報になりそうもなかった。のちにわかってきたのだが、初期条件を、風と気圧の関係を考慮して調整する必要があったのだ。

第二次大戦中に開発された電子計算機によって、戦後まもなく、数値天気予報は動き出した。ただし、まず成功したのは、「準地衡風近似」によって、primitive方程式よりもだいぶ計算量を減らした数値モデルによる、温帯の、水平規模千kmの桁の規模(気象学用語で「総観規模」)の現象の、2-3日ぐらいまで(天気予報専門家の用語で「短期」)の予報だった。

1970年代、数値予報の技術による1週間から1か月の予報(当時の天気予報専門家の用語で「中期予報」または「延長予報」)は、研究者の課題だった。アメリカ合衆国のNOAA (海洋大気庁)のGeophysical Fluid Dynamics Laboratoryで働いていた都田菊郎さんもそれに貢献した研究者のひとりだった。研究の結果、primitive方程式による全球大気の数値モデルを使い、初期条件をうまく与えれば、10日くらいまでの予報に有用な予測値を出せそうだという見通しが得られた。

しかし、予報の実用には、研究とはまた違った組織・人・設備を確保する必要がある。アメリカは一国でもやれそうだったが、その他の国にとっては荷が重かった。そこでヨーロッパ諸国政府は、短期の数値予報と、天気予報として発表する機能とを各国の気象庁に残しながら、「中期」の数値予報に特化した共同機関を作ることにした。これはEUの事業ではなく、たとえばスイスも当初から参加している。1975年にECMWFが設立され、イギリスのReading (レディング)市郊外に本拠を置いている。

ECMWFが1980年ごろから出しはじめた数値予報の成果は、当時の相対評価として、すばらしかった。今も、アメリカのNOAAのNational Centers for Environmental Predictionや日本の気象庁などを含めた世界の数値予報機関のあいだで予報成績を比べれば、評価基準はいろいろあるがそのうち多数のもので、ECMWFが最上位になる。

しかし、ECMWFの成功は、中高緯度(温帯と寒帯)での成功だったのだ。

とくに、初期のECMWFにとっては、熱帯(低緯度)の気象のシミュレーションを現実に近くすることはあとまわしになっていた。世界でいちばん雨の多い緯度帯は赤道付近(もう少し詳しくいうと南北緯度5度から10度付近)だ。1980年代前半、そこの現実の降水量の観測値もかなり不確かではあったが、ECMWFの予報結果の降水は明らかに弱かった。そうなった原因はわかっている。初期条件を調整する際に、normal mode initializationと呼ばれる方法を使った。気圧と風の場を、波の重ね合わせとみなして、周期の長い「ロスビー波モード」をシグナルとみなして残し、周期の短い「重力波モード」をノイズとみなして削ってしまったのだ。温帯の天気の主役である温帯低気圧の発達を予測するのにはこれでよいのだ。しかし熱帯の雨は積雲対流で降っていて、対流圏下層に収束、上層に発散がある。その運動のパターンは、波に分解すると、重力波モードのほうがおもになる。当時のinitializationはそれを落としてしまったのだった。

それからECMWFはinitializationを改良し、重力波モードのうちで比較的周期の長い成分の振幅を、衛星観測による雨の情報などを参照して決めるようになった。平均の降水量はだいぶよくなったと思う。しかし、熱帯の天気の変化の予測は、ECMWFに限らずだれにとっても困難な問題のままである。

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温帯の天気の主役は、総観規模の現象である温帯低気圧だ。そして、現実には温帯低気圧に伴って雨や雪がふるけれども、温帯低気圧の発生は、水の相変化を含まない「乾燥大気」の力学でも表現できる。

熱帯の総観規模現象として、台風を含む熱帯低気圧がある。ただしこれは(温帯での温帯低気圧とちがって)常にあるものではない。そして、熱帯低気圧の発生には、水の凝結・降水を含む積雲対流が重要な役割を果たす。積雲対流は熱帯大気に常にあるものだ。

熱帯ではこのほかに、およそ10日から100日の周期をもつ変動が見られ、「季節内変動」と総称される。このうちに、それを1971-72年の複数の論文で論じた研究者の名まえをとって「Madden-Julian Oscillation (マデン・ジュリアン振動、MJO)」と呼ばれるものがある。MJOでは、大気の大規模な力学的波動と、積雲対流とが組み合わさって、赤道上を西から東に、30日から60日くらいの周期で一周する。実際には、東太平洋赤道域は海面水温が低いので積雲対流が発達せず、また南アメリカやアフリカの陸上では積雲対流の変動は日周期変化がおもで季節内変動への寄与が少ないので、積雲対流が活発なところが東に進むのはインド洋から中部太平洋までのことが多いが、力学的な波動を含めれば赤道全周の構造と見るべきだろう。典型的MJOが見られるのは北半球の冬半年だが、北半球の夏半年にも似た現象がある(MJOに含める人と含めない人がいる)。

台風にしても、MJOにしても、積雲対流が基本的要素だ。それを構成する積雲は、空間規模が数km、時間規模が数時間なのだ。

中期天気予報に使われる数値モデルの格子間隔はしだいに細かくなってきたけれども、まだ個別の積雲を表現できるほど細かくはない。複数の積雲からなる集団の効果を、経験式 (パラメタリゼーション)で表現している。

空間領域を限れば、積雲を直接表現することは可能である。その空間規模では静水圧の近似はなりたたないので、その仮定をしない(非静水圧の)方程式系に基づいたモデルを構築することになる。

そして、計算機の発達を受けて、2000年ごろから、積雲を直接表現した「雲解像 cloud resolving」の全球モデルが開発されるようになった。世界では複数の研究活動があるが、日本の研究者たちによる NICAM (ニカム、Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model 、ウェブサイト http://nicam.jp )は、その先頭をきったものと言えるだろう。全球モデルの格子点の配置にはいろいろな流儀があるが、NICAMは、まず地球に正二十面体(icosahedron)をあてはめ、その二十の正三角形をさらに三角形分割するという考えかたをとっている。

NICAMの開発の背景のひとつには気候変化(地球温暖化)の問題がある。気候感度(気候システムの感度)の不確かさはまだ大きいが、それはおもに雲のフィードバックに関する不確かさによる。モデル間の感度の違いは積雲のパラメタリゼーションによるところが大きい。積雲パラメタリゼーションに頼らない雲解像モデルによって、感度の不確かさが減らせるだろうという期待がかかる(期待どおりになる保証はないが)。ただし、計算資源に限りがあるので、今後少なくとも数年間は、百年の時間規模の将来シナリオによる温暖化予測型実験には、静水圧の(積雲パラメタリゼーションを含む)モデルが使われ続けるだろう。そのモデルの気候感度などの特性を、NICAMなどの雲解像モデルとの比較実験によって評価・較正することになるだろう。

しかし、雲解像全球モデルの人間社会への貢献としてもっと重要なのは、熱帯の天気予報、とくに中期予報の改善だと思う。短期予報ならば空間領域を限って雲解像モデルを動かせばよいかもしれないが、日数を延長していくと、季節内変動をよく再現できる必要があり、そのためには赤道全周を扱う必要があるだろう。そして、NICAMは、過去のMJOの事例をよく再現する成果を出している。

ただし、NICAMの研究チームには気象庁が(直接には)含まれていないし、それを使った研究課題に与えられた計算機資源や人員からみても、NICAMによる中期数値天気予報をすぐに出せるわけではない。他方、日本の気象庁は、とうぶんは静水圧の全球モデルを精密化し、領域限定で非静水圧モデルを動かす方針だ。将来、雲解像全球モデルに移る構想はあるそうだが、NICAMとは別に、じっくりやっていくということだ。

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日本には(政府にせよ研究機関にせよ)、雲解像全球モデルによる熱帯の数値天気予報を継続的にやっていくことを主導するだけの勢いはなさそうだ。

しかし、赤道を中心とした熱帯の国がその気になったらどうだろうか。わりあい能力のあるのはインド(赤道を少しはずれているが)とブラジル(人口の多くは赤道をだいぶはずれているが)だが、どちらも単独では苦しいだろう。また、これまで、国際協力では南アメリカは北アメリカ、アフリカはヨーロッパ、東南アジアは日本と組むことが多かったが、全球雲解像モデルは、そのような経度セクター分割型では実現がむずかしいと思う。アジア・オセアニア南アメリカ・アフリカを含めた熱帯全周の国々が連合して共同の中期天気予報センターを持ちたいという意志をかためた場合に、実現性が出てくるだろうと思う。熱帯諸国連合は、ヨーロッパ、アメリカ、日本に並行して協力を要請してくることになるだろう。

そこで、日本から出ていって働こうという人がいれば(その場合に限って)、NICAMをはじめとする日本発の技術が使われる可能性は高いと思う。