macroscope

( はてなダイアリーから移動しました)

国家エネルギー戦略に関する意見

国家戦略会議の「エネルギー・環境に関する選択肢」に関する意見募集

に、次のような意見を送った。役所の実務者に対しては、選択肢が出されているのにその外側を問題にするのはむちゃな応答だと思うので気がひけるのだが、国の政策決定に対しては、むしろ「箱の外」の論点を指摘するのがわたしの役まわりだと思っている。

==========

(1)すべてを同時に考えることは不可能なのでエネルギー政策に限ったことは理解できるが、エネルギーに関する選択には産業・財政・雇用・福祉などの政策もかかわってくる。有限な地球上で人間活動に伴うエネルギーや物質の流れの無限の成長は不可能である。しかし20世紀の経済成長はエネルギー資源利用量の成長とともにあった(Ayres and Warr, 2009: The Economic Growth Engine)。これは経験則にすぎず、資源利用量をふやさない経済成長は不可能ではないが、今後の技術開発・普及しだいの面もあり、公約できるものではない。経済が成長しなくても貧困者や失業者がふえないような社会のしくみを構築したうえで経済成長に代わって持続可能性を政策の主要理念として置くべきだと考える。

(2)電力だけの数値を示していることは、当面の議論の便宜としては理解できるが、エネルギー需給の全体を考えるためには熱その他の形での利用も評価に入れるべきである。ただし、電力と熱の資源価値は同じでなく、合計のエネルギー量だけを見るのもよくない。今後の政策決定の材料としては、エネルギーの質を区別してそれぞれの量を見るとともに、エントロピーを考慮した指標(たとえばエクセルギー)によって統合して見るべきである。

(3)「化石燃料のクリーン化」に二酸化炭素回収隔離貯留が含まれるかがよくわからない。わたしは、現時点でのシナリオでこれの貢献を仮定してはいけないと思う。原子力の使用済み核燃料の処分と比べると、CO2は、毒性は小さいが、質量が膨大であり、完全人工隔離不可能で地層中への排出となるので、確実性や社会受容性に関して、異質な困難がある。しかし、世界規模でCO2排出削減の重要性がさらに高まる可能性はあるので、技術アセスメントを進めたうえで、実現の見こみがあれば、将来の政策決定の機会には、選択肢シナリオに含めるべきであろう。

(4)再生可能エネルギーのうちでもとくに太陽光と風力は、季節・時刻による変動が大きい。また、エネルギー需要も季節・時刻によって変動する。需給の情報を要約して示す際に年合計値を示すことは理解できるが、再生可能エネルギーの割合を高めるうえでは季節・時刻ごとのマッチングが重要である。万能の対策はないので、複数の手段を組み合わせる必要がある。政策策定の際は将来の技術を詳しく見込むことはできないので、控えめと野心的の両方の見積もりをして、定期的に再評価すべきだろう。

  • (a) エネルギー貯留機能を、政策的重点箇所に早期導入するとともに、安全性を確保しながら費用を安くできる技術開発を推進すべきである。
  • (b) 空間的融通も重要である。ただし、トラブルの広域波及は避けなければならない。地域ごとのネットワークが自律的に動き、ゆるい相互連携をもつ形にすべきであろう。
  • (c) 再生可能エネルギー供給設備の立地を、年平均の稼動率だけを見るのではなく、需要の多い季節の供給能力にも注目して推進すべきである。

(5)東日本大震災前の日本の電力は、停電の少なさや、電圧・周波数の変動の少なさで世界でも珍しい高い品質をもっていた。しかし、再生可能エネルギーを多く導入しながらこの品質を保つことは至難のわざとなるだろう。品質標準を欧米並みにし、変動への対応の一部を消費者側の責任に移すのが現実的だと思う。需要の空間密度の高い地域では、確実性の違った複数の電力網の併用もありうる。もちろん、政策変更についての国民合意を得ることが必要である。