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学力テストの気象関係の問題に思う、考える能力を評価するむずかしさ

文部科学省が4月に実施した「全国学力・学習状況調査」の調査報告が出た。

平成24年度 全国学力・学習状況調査 調査結果について
http://www.nier.go.jp/12chousakekkahoukoku/index.htm
文部科学省初等中等教育局学力調査室
国立教育政策研究所教育課程研究センター研究開発部学力調査課
2012年8月8日

わたしは正直なところ関心がなかったのだが、たまたまTwitter上で、気象関係の問題について、大学の理科系の先生が「自分にはどれが正しいかわからない」と言っていたのを見て、気象を教えている立場から問題が適切かどうかを検討する義務感を感じた。それで次のサイトにある問題を見てみた。(上に参照を示した調査報告はまだ読んでいない。)

平成24年度全国学力・学習状況調査の調査問題・正答例・解説資料について
http://www.nier.go.jp/12chousa/12chousa.htm
2012年4月24日

小学校、中学校それぞれ4題になっている。理科を物理・化学・生物・地学と分けて各分野から1題ずつ出したにちがいない。地学は小学校は気象・天文、中学校は地質の分野からの出題になっている。

分野は違っても、出題の態度はみんな似ていると思う。回答方法は選択肢(4つから1つを選ぶ場合が多い)とことばによる記述の併用だが、おそらく調査のデータとしては選択肢式の部分をおもに使い、ことばでの記述は補助的情報として見たのではないかと思う。

ただし、世の中の選択肢式の理科のテストには、知識を問うものが多い。そこでは現時点で科学が到達している知見と一致した認識を持っているのが正しいとされる。実際、現代社会で生きていくためには、暗記でもいいから知っておいたほうがよい理科の知識の断片はいろいろある。しかし、理科教育(科学教育)の主な目標は知識の断片を持つことではない。

主な目標のひとつは、既存の断片をそのままあてはめられない状況で、関連のありそうな複数の断片を使って推論する能力をもつことだと思う。学力テストの問題は、その能力を評価しようとした試みなのだろう。いずれも、子どもの生活からあまり遠くないところで起きる状況で、疑問を解決するために観察や実験を含む探究をする過程で行なう推論を再現しようとしているのだ。

ただ、推論ができているかを選択肢式で問うのはむずかしい。とくに、テストを受ける子どもが推論に使うべきだと思った情報が問題文中にない場合はまごつくだろう。想定された探究の場面を離れて、テストであるからには正解があるはずだということを前提とした別の推論をすることができる子は高い成績をおさめるだろうが、それは学力調査で見たい能力ではないはずだ。

===== 小学校の問題4: 太陽・雲・気温 =====
小学校の問題4は天文(のうちの位置天文学)と気象の分野の話題になっている。

まず、ある日の3つの時刻の木のかげの長さと向きを示す略画がある。

そして設問(1)ではそのうち一つの時刻の「太陽の方位」が問われる。ただし略画に東西南北は示されていないので、要するに「午後1時の太陽の方位」の知識をたずねているのだ。選択肢は図で示されていて、太陽の方向はいずれも右上で、道具(その名まえは設問(2)の答えなので未知)の向きが変えられている。現場で方位を調べる状況の再現の形をとっているわけだが、北を上とした地図上で方位を考える習慣の人も、実際に同じことをやったことがあるが太陽の方向を右上にしなかった人(やったことのある人の8分の7くらいはそうだろう)も、紙をまわして考えなければならず、うっかりまちがいをしやすい。また、明確に何度も「太陽」と書いてはあるのだが、かげの方位を考えはじめた人は、うっかりそれを答えてしまうこともあるのではないだろうか。この調査は選抜試験ではなく、うっかりで減点される人がふえても得にならないはずなので、まちがいにくい表現をくふうしたほうがよかったと思う。

ひとつ重要なことに気づいた。この問題は北半球の温帯、正確には問題文に示された「5 月20日」という日付の太陽赤緯よりも緯度が高いところでだけ成り立つ。このテストは日本国内での実施だけを考えたものだからそれでよいのかもしれない。南半球や熱帯から引っ越してきた子はまごつくだろうが、それはこの件に限ったことではないだろう。しかし、世界に通用する理科の問題を作ろうとすると、かなりの注意とくふうが必要だ。

【わたしは、初めて南半球を体験した2007年のジャカルタで、地図を見ながら歩いたのだが道に迷いそうになった。どうやらわたしは、昼間は太陽の方向(むしろ、かげの方向かもしれない)と時刻から方位の見当をつけて地図を見るくせがついているのだ。ところがそれが北半球の温帯の経験によるものなので、南半球では真昼のかげの向きが南なのだと頭ではわかっても無意識ではなかなかなおせないのだ。】

設問(3)は、時刻(刻みは1時間)を横軸、木のかげの長さを縦軸にとった棒グラフから正しいものを選ぶもの。ひとまず晴れていることを前提とすれば、かげの長さの日変化の知識か、太陽高度の日変化・光が直進すること・直角三角形の角と辺の比との関係からの推論で答えることができる。ところが「かげの観察記録」というかこみの中に、図に対する補足説明のような感じで「午前10時から正午前までは、木のかげがありませんでした」と書いてあり、これも考慮して選択肢を選ばなければならない。この重要な情報を本文に書かないのはだまし討ちのような気がしないでもない。(次の設問(4)の本文にも書いてあるので、だましっぱなしではないのだが)。

設問(4)は、かげのなかった時間帯の空の写真を選ぶもの。白黒の写真で判断するのはとてもむずかしく、ほとんどの人はその下のそれぞれ1行の説明文で判断するだろう。それも雲に関する日常語による定性的な記述だ。正解がひとつであることを前提に出題者の意図を推測すれば答えはしぼれるけれども、まずい問題だと思う。(カラー写真ならば事情は別かもしれない。)

設問(5)は、時刻(刻みは1時間)を横軸、気温を縦軸にとった折れ線グラフから正しいものを選ぶもの。

この折れ線グラフの表現方法について、奥村晴彦さんが8月9日にTwitterで「折れ線グラフでも0℃から始めて省略線を書くのが流儀なのか」と述べておられた。自分はそういう流儀にはくみしないという意味にちがいない。棒グラフと違って折れ線グラフでは軸の原点からの距離がとくに意味をもつわけではないし、気温の0℃はとりうる値の端ではなく中間値にすぎない。軸の下端は10℃でも(あるいは数値ラベルなしでも)よく、軸に波線を入れて省略する必要はないのだ。

さて、わたしにとっての主要問題は、これまでの、太陽の方位、かげの長さ、雲の情報から、気温の変化が推論できるかだ。

わたしの考えでは、もし気温の変化の原因が太陽(高度角)と雲だけだと仮定できるのならば推論できる。そして他に気温を変化させそうな要因は言及されていない。だからといって、理科の問題としては、他の要因が大きくないことを暗黙に仮定させるのはまずい。明示的に述べるべきだ。この問題の場合は、「一日を通じて風が弱かった」ことを絶対に見落としがない形で示しておけばよいと思う。

風が弱いという条件のもとで、気温の変化は地面温度の変化に追随し、地面温度の変化は地表面エネルギー収支[7月5日の記事参照]に支配される。昼間には、地表面エネルギー収支の変化は、地表に到達する太陽放射のエネルギーフラックス密度(以下「日射量」はこれをさす)に支配されると言ってよいだろう。必ずしも他の項が小さいというわけではなく、他の項の変化は、日射量の変化に比べて小さいか、日射量の変化に従属して決まると考えてよい、という意味でだ。

晴れているならば、日射量の日変化は、サインカーブの正の側だけを取り出したような形で、ピークは正午である。これを受けた気温のピークは日射量よりも少し遅れ、午後1時から2時ごろになる。このような応答は、陸が、届いた太陽放射のエネルギーをためこみ、他方、ほぼ一定値ずつエネルギーを逃がすと考えれば説明できる。雲があると、日射量は晴れた場合よりも少なめになる。その影響は気温にも現われ、気温が上昇中ならばその上がりかたがにぶることになる。このように考えれば選択肢はしぼられる。

しかし、気温はどのように変化したか、という一般的な問いに対して、みんながこのような因果関係を思い起こすとは限らないだろう。別の因果関係を考えて、手がかりが乏しい中で、時間切れになってしまうかもしれない。推論志向の強い子がかえって損をする問題になっていないだろうか。

子どもの多くが「北風は寒く、南風は暖かい」ことは知っていると思う(これも北半球温帯限定の知識なのだが)。気温からすぐこれを連想すると、問題で述べられたことがらから、どの時刻に北風なり南風なりが吹くかを推論しようとするかもしれないが、その手がかりはない。このような風と温度の関係は千キロメートル規模の低気圧・高気圧に伴うものであり、そういうものが一日のうち何時ごろに到来するかにはほとんど規則性がない。低気圧の構造の中で雲の出現しやすさの大小はあるけれども、設問(4)にあるだけの雲の情報から低気圧の位置を推測するのは不可能だろう。

一日の時刻に応じて吹く風としては海陸風がある。これの吹きかたは場所によって違うので、全国共通の問題にすることはとてもむずかしい。なお、海陸風では南風が暖かいわけではない。上空は別だが地上では、海風も陸風も、それぞれ、それが到達する前に比べて気温を下げるように働くだろう。 たとえば東京の山の手では夏の午後に海風によって気温がすこしへこむ。(もしかすると、今回の問題ではそれとの混同を避けるために雲が出たのを午前にしたのだろうか?)

先ほど地表面エネルギー収支の日変化は日射に支配されるだろうと仮定したが、風が常に弱いという仮定をはずせば、陸と大気との間の乱流熱交換の変化も重要かもしれない。これが気温にどう影響するかは、条件を細かく決めないと答えられない。

こうしたわけで、この問題は、「風が弱い」という条件をつければよい問題になりうるが、それなしではまずい問題だ。

なお、日射量にあたる概念を持ちこまずに、太陽の方位、かげの長さ、雲の情報から、気温の変化を推論させようとするのは難問だ。かげの長さのグラフの存在は、かげの短い時間の日射量が重要でないというまちがった連想を招く可能性がある。そのあと、気温の前に、日射量のグラフがどうなるべきかという設問がほしいと思った。エネルギーの概念を学んでいない小学生に日射量の概念をどのように理解してもらうかのむずかしさはあるが、温度と同様に直観でもよいのではないだろうか。太陽電池が普及しつつあり、その発電電力は(幸いなことに)日射量に比例するとみてよい。これからの社会に生きていく人にとっての常識に追加してもよいような気がする。

===== 小学校の問題2: サクラの開花 =====
これは生物の問題なので、気候と地図に関するところにだけコメントする。

設問(3)で、日本のうちでも地方によって開花時期が違うことを、地図を使って説明している。地図に曲線(開花時期の同じところを結んだ線であるはず)をひいて、曲線にはさまれた領域ごとに線を引き出して、たとえば「3月25日から3月31日までの間にさき始めた地域」のような説明を対応させている。問題が日本限定ではあるが、そのうちでも地方による条件の違いに配慮されているのはよいことだと思う。この問題では実は地図を読める必要はなく、引き出された線の先にある説明文を読めればよいのだが、地図を読み慣れていない人(あるいは等値線という表現方法に慣れていない人)にはむずかしいという印象を持たせるのではないかと心配になった。テストでなければ、地図という表現方法に慣れてもらう機会を作ることは歓迎したいのだが。