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「気象データの有償化」(?) をめぐる暫定的な考え

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも明示しません。】

【わたしは気象データの利用者なのでこの話題の利害関係者ではありますが、気象庁の人でも気象事業者でもないので、どうかかわるべきか、まだよくわかっていません。たまたまTwitterで見かけた情報をちょっとだけ追いかけましたが、深く検討しているわけではありません。情報紹介としても、意見としても、じゅうぶん整理されていませんが、ひとまず書きだしておきます。】

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Twitterで「気象庁が独自財源の確保のために検討している気象データの有償化」という文字列を見てびっくりした。

【もし、気象庁の観測や数値予報のデータが、お金をはらわないと買えないものになると、職業研究者はもっと研究費をとらなければならなくなるし、アマチュアは研究ができなくなるおそれがある、などと考えてしまう。】

その文字列がふくまれていたのは、「気象業務法の解説」というアカウント (そういう題の本を出している会社がやっているらしい) の2020年7月14日 07:03 のツイート https://twitter.com/LawS27165b/status/1282797839060361216 だ。

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「気象業務法の解説」アカウントのツイートからリンクされていた、交通政策審議会 気象分科会 https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/s302_kishou01.html の「第31回気象分科会 配布資料」のうちの「第31回気象分科会 資料」という(おそらくPowerPointから変換された) PDFファイルを見てみた。これは審議会分科会の事務局である気象庁の事務担当者がつくったものだろう。

12ページ (PDFファイルの13ページめ) は「2. 産学官が連携した気象業務」のうちの「(3) 気象業務の効率的・効果的な運営の必要性」という節で、本文はつぎのとおりだ。

  • 厳しい財政制約の下では、気象情報・データを活用して収益事業を行う事業者から一定の受益者負担を求めることで、より効率的・効果的に気象業務の高度化を進めるべきという意見も存在する。
  • このため、増大・多様化する気象業務へのニーズに的確に応えるとともに、社会経済活動に貢献していくにあたっては、民間の資金やノウハウをはじめとする様々なリソースをより一層有効に活用していくという視点で、新たな産学官連携のあり方を議論することが必要である。

背景情報として、気象庁の予算のうち当初予算の物件費のグラフがつけられている。その数値は2015年度以来毎年着実に減っている。

また、自由民主党行政改革推進本部の行政事業レビューチーム提言(2019年12月12日)からの引用がある。

気象データはこれまで無償提供となっている。近年ICT化の進展に伴い、気象データを活用した収益事業が拡大しているが、民間企業に対して一定の受益者負担を求めることも検討するべき。こうした適切な有償化は、気象観測システムや設備の高度化の財源となり、防災・減災などの国土強靭化にも資すると考える。

これに気象庁によるつぎのような注がつけられている。

なお、(一財)気象業務支援センターを通じた気象情報・データの提供については、配信等に係る実費を利用者が負担。

ここまで見ると、自民党は、気象データの現状 (気象庁のデータをリアルタイムで受信したい業者は気象業務支援センターに料金をはらっている) を無償提供とみなしたうえで、有償化せよと言っている。「受益者負担」とも言っている。気象庁のほうは、「受益者負担」とは言うが「有償化」とは言っていない。また、負担する人としては「収益事業を行う事業者」を想定している。

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同じ資料の24ページ (PDFファイルとしては25ページめ) 、「5. 産学官のさらなる連携促進のための施策」のうちの「(1) 観測・予測データの共有」「① クラウド技術を活用した情報・データ共有環境の構築」の本文はつぎのようになっている。

  • 気象業務の基盤となる気象庁が提供する観測・予測データは、年々高度化・多様化しており、大容量化している。
  • 産学が持つ技術・能力・人員等を結集し一体となって社会課題の解決を行うためには、クラウド技術を活用して、気象庁が保有する膨大な観測・予測データを気象業務全体で共有すべきではないか。
  • これにより、利用者は独自データの高度化や新たな研究開発等の技術開発が可能となるとともに、気象業務に関わる事業者等に発生しているデータ保有コストのトータルでの低減にも寄与する。

これに関連して、「膨大な気象情報・データ」が中央にあって、「気象庁」「民間気象事業者」「事業者」「大学・研究機関」がそれぞれアクセスしているような図があり、中央への注記として赤い字で「利用者に応分の負担を求め整備」とある。

「民間気象事業者」のほかに「事業者」があるのは、さらに下に書いてあることを参照すると、たとえば太陽光発電や農作物育成のために気象情報を利用する事業者は、気象業務法(という法律)でいう民間気象事業者ではないが、受益者になるだろう、ということなのだと思う。

「大学・研究機関」も「応分の負担」をもとめられることになるのかもしれない。大口の利用者は研究プロジェクトだろうから、分担額が明確ならば、研究費の支出項目に計上できれば負担可能だと思う。金額を自主的に決めて寄付してほしいという形になると出せないだろう。時限の研究プロジェクトでデータサーバーを自まえで確保するのはむだが多いので、共有クラウドをつかうほうが助かるだろうと思う。小口の利用は無償にしたほうが利用者だけでなくデータ提供機関も楽だろうと思う。【[2020-09-07 補足] 自費で研究をしているアマチュアのうちには、手つづきがめんどうでなければ、無償データ提供をささえるために自主的に寄付をしてもよいと思う人もいると思う。しかしデータ提供業務全体をまかなうほどの寄付はあつまらないだろう。】

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「気象業務法の解説」アカウントのさきほどのものにつづくツイートから、第31回 気象分科会 (2020年6月5日)の議事録(7月8日に公開されたとのこと)がリンクされている。(この記事の2節で引用したリンクからもたどれる。) ツイートによれば、気象庁のスーパーコンピュータの整備・保守費を受益者が分担するという方向で話が進んでいるそうだ。

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「気象業務法の解説」アカウントのそれにつづくツイートの論調は、気象庁が (自民党・政府に押されて) 気象データを有償化する方向に進んでいると見たうえで、それに反対するものになっている。

反対のひとつの根拠は、WMOの方針である。わたしはそれをくわしく追いかけていないが、もっともだと思う。

もうひとつは、資本主義的な経済成長をよいとする観点から、有償化は、気象事業に参入できる業者の数をへらすことになって、日本の気象産業全体の活力をへらすことになること、また、外国の気象庁相当機関のデータを無償で利用できる外国の気象事業者との競争で日本の気象事業者を不利にしてしまうことをあげている。

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「気象業務法の解説」アカウントの 2020年7月18日 21:57のツイート https://twitter.com/LawS27165b/status/1284472469567336448 では、経済財政諮問会議が答申し、2020年7月17日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2020/decision0717.html がとりあげられている。

この答申のPDFファイルについて「気象」という文字列を検索してみると、本文に「防災気象情報の高度化」があり、それに対する注として「気象データ提供に係る民間からの収入確保等の検討及び線状降水帯の予測技術開発を含む。」とある。

経済財政諮問会議は、(気象データ有償化をせよと言ったかどうかはよくわからないが) 気象データ提供の受益者がお金をはらうべきだと考えており、そうしたほうが防災にとっても有益だと考えている。(なお、「気象業務法の解説」アカウント主は、お金をとるのは防災にとって有害だという意見をもっている。)

この主張が、気象庁にとっては、民間の小さい政府主義者からの外圧だけでなく、上位の権限をもつ内閣からの圧力としてかかっているわけだ。

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第31回気象分科会の議事録をみて、わたしがこれまでに気づいたかぎりでは、気象庁だけでなく、分科会の民間委員も、気象データ自体の有償化をさけながら、データ利用者がデータ共有のための費用を分担するしくみをつくろうとしているように見える。

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政府(内閣)が、気象庁の予算をけずりながら、気象庁はもっとくわしいデータを出せと言っているのだから、どこかからお金を追加しないかぎりこたえるすべはないと思う。国会が法律を変えて気象庁の予算を追加してくれるか、篤志家が気象庁に寄付をしてくれるのならば、気象庁自体がデータ提供業務を拡充できるかもしれない。そうでなければ、なんらかの受益者負担のしくみをつくるしかないだろう。

気象庁は役所だから、気象庁自体がお金を集めるしくみをつくることはむずかしい。もしお金を集められてもそれは国庫にはいってしまい直接には気象庁の収入にならない。財務省の担当者がそのぶんだけ気象庁の予算をふやす約束をしてくれても、つぎの担当者にひきつがれないかもしれない。気象庁の外、法制度的には民間側 (ただし民間気象事業者とはちがうたちば) にある、気象業務支援センター(一般財団法人)のような法人がお金を集めることになるだろう。そうすると、気象庁自体がつかう費用をまかなうことはむずかしい。気象庁とデータ提供法人が計算機を共有することもむずかしいと思う。しかし、計算機を借りるのならば、賃借料を気象庁とデータ提供法人とで分担し、受益者はデータ提供法人に分担金をはらうというしくみはありうると思う。

これが、収益事業をするわけではない研究者(外国の研究者もふくむ)やアマチュアや自治体などにどう波及するかは、よくわからない。気象業務法の直接の視野にはいっていないが、利害関係者として、すくなくともこれまでできていたことはできるようにしてほしいと主張する必要があると思う。

- 9 [2020-09-06 追加] -
気象庁が発生源となるデータの利用の問題のうち、あきらかにお金が不足しており、お金をあつめる制度が必要なのは、大量のデータのリアルタイム利用だ。そして、その種類の利用者として、これまでは民間の気象事業者が想定されてきた。(これからは、太陽光利用など、気象データを利用する産業ではあるが気象産業とはいえない事業者による需要もふえてくると思うが。) そのために気象業務法という法律が改正され、気象業務支援センターという組織がつくられてきた。

しかし、気象データの利用には、リアルタイムでない利用も多いし、小口の利用も多い。利用者の人数でいえば、こちらのほうが重要なのだ。それに対しては、気象庁のウェブサイトからの無料データ提供があるが、それには、おそらく気象庁側のウェブサイト整備にさける労力の制約による限界がある。それ以外のデータについては、気象業務支援センターからの有料配布という形になることが多い。それはそれで、ひとつの解決なのかもしれない。ただ、このままだと、政策判断が、大口・リアルタイムのデータ利用だけを念頭においておこなわれて、小口や非リアルタイムの利用者のあずかり知らぬところで、小口や非リアルタイムの利用者にとって不便な制度変更がおこなわれるおそれがあると思う。

このような構造のことは、ほかの問題でもありがちなことだと思う。