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百葉箱

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたか、かならずしも明示しません。】

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気温を観測するときには、温度計に、雨がかからず、直達日射があたらないようにする。そのためには覆い(shelter)が必要だ。しかし、まわりとのあいだで空気がよく入れかわるように、つまり、風がとおるようにしたい。そのためには、(ひとまず強制的に風をおこすことはしないとすれば) 覆いは、風をとおす すきま があるものにする必要がある。

そういうわけで、日本の近代的気象観測事業のほぼはじめごろから、温度計を「百葉箱」というものの中に入れて気温をはかることが標準とされてきた。

なお、日射を受けたときの箱の温度上昇をすくなくするために、百葉箱は白くぬられるのがふつうだ。

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しかし、日本の気象庁の現業観測で百葉箱をつかうことは、1993年で終わった。いまでは、気象庁での気温の観測には、強制通風筒がつかわれている。温度計ひとつひとつを覆い、そこに扇風機のたぐいをつかって風をとおすのだ。

強制通風筒とはどんなものかについては、気象庁のものにおとらない強制通風筒を安くつくれるようにして普及する活動をしている農研機構 農業環境変動研究センターの人たちによる解説 (福岡ほか 2011, 2019; 桑形・福岡 2018)が参考になる。

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百葉箱による気温の観測は学校での理科教育の教材ともされたので、いまも多くの学校の校庭に百葉箱がある。東京都環境研と東京都立大学によるMETROSや、それを埼玉・千葉・神奈川県に拡大した広域METROSでは、その百葉箱を利用して観測網をつくった (三上ほか 2011)。

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日本での百葉箱の歴史については、山口 (2006) がまとめている。

東京気象台では1875年7月から現業観測をしているが、その当初から百葉箱がつかわれていたらしい。1876年に「英国式百葉箱」がすえつけられていたという記録がある(荒川 秀俊 1941にもとづく山口の記述)。

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「百葉箱」ということばの読みは「ひゃくようばこ」「ひゃくようそう」の両方がある。山口(2006)によれば、どちらの形もつかわれた実績がある。

わたしは、どちらも正しいというべきだと思うが、どちらかといえば「ひゃくようばこ」のほうがよいと思う。日本語で「箱」の字を音よみにすることはほとんどなく、また「窓」の音よみも「そう」なので、「そう」と聞いて「箱」の字を思いおこしにくいからだ。

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百葉箱は、英語では Stevenson screen とよばれることが多い。これは、スコットランドの灯台設計技術者 Thomas Stevenson (『宝島』などの作家 Robert Louis Stevenson の父親でもある) が 1864 年(論文出版年)ごろに発明した形式をひきついでいるからだ。ただし、温度計を覆うものが screen とよばれることは Stevenson よりもまえからあった(Strangeways 2010, Chapter 3 "Screens, stands and shelters")。【わたしには箱のかたちをしたものが screen とよばれるのは不自然な気がするが、よろい張りの板が screen とよばれてつかわれていたのならば、そのような板でかこまれた箱が あたらしい種類の screen として うけいれられたのももっともだと思う。】

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山本 (2016) は、東京気象台の観測開始のころの気象当局の文献を調査した結果にもとづいて、”Stevenson’s Box for thermometer” の態様をあらわす ”double louvre boarded box” という英語表現が「(ステイーブンソン形) 二重百葉窓箱」と直訳され、それがちぢめられて「百葉箱」となったと推察した。"louvre" は「よろい張り」ともいわれる、細い板をたくさんならべた構造であり、Stevenson 型の百葉箱は louvre を2列かさねてつかうところに特徴がある。

荒川 清秀 (2020, 第5章第4節)によれば、「百葉」は、中国では、牛の ひだの多い胃を形容する表現である。そして、「百葉窓」という語は1857年の中国(清)の本に見られ(「窓」の字は中国の字体だが)、風は入るが雨は入らない窓、いわゆる「ガラリ」「ジャロジー窓」をさしていた。

山本(2016)の説明とあわせると、louvre にあたる漢語として「百葉窓」がえらばれ、「百葉窓箱」がちぢめられて「百葉箱」になったと考えられる。

文献

  • 荒川 秀俊, 1941: 日本気象学史。河出書房, 192 pp.[わたしは直接見ていない。山口 (2006)の参考文献。]
  • 荒川 清秀, 2020: 漢語の謎 -- 日本語と中国語のあいだ (ちくま新書 1478)。筑摩書房, 270 pp. ISBN 978-4-480-07285-6. [読書メモ]
  • 福岡 峰彦, 桑形 恒男, 吉本 真由美, 2011: 気温を正確に測るには。農環研ニュース No. 90, p. 8. http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/news.html
  • 福岡 峰彦, 桑形 恒男, 吉本 真由美, 2019: NIAES-09S改型強制通風筒の製作法。生物と気象, 19: 33-42. http://agrmet.jp/publications/cinb/cinb_open/
  • 桑形 恒男, 福岡 峰彦, 2018: 気温観測の理論と注意点。生物と気象, 18: 97-102. http://agrmet.jp/publications/cinb/cinb_open/
  • 三上 岳彦, 大和 広明, 広域METROS研究会, 2011: 広域METROSによる首都圏高密度気温観測とその都市気候学意義。地学雑誌, 120: 317-324. https://doi.org/10.5026/jgeography.120.317
  • 塩田 正平, 1996: 百葉箱の呼び名について。気象, 40 (7): 7–11. [わたしは直接見ていない。]
  • Thomas C. E. Stevenson, 1864: New description of box for holding thermometers. Journal of Scottish Meteorological Society. 1: 122. [わたしは直接見ていない。Wikipedia英語版「Stevenson screen」 (2020-09-07 閲覧) の参考文献として知った。]
  • Ian Strangeways, 2010: Measuring Global Temperatures: Their Analysis and Interpretation. Cambridge UK: Cambridge University Press, 233 pp. ISBN 978-0-521-89848-5. [読書メモ]
  • 山口 隆子, 2006: 日本における百葉箱の歴史と現状について。天気, 53: 265-275. PDF https://metsoc.jp/tenki/pdf/2006/2006_04_0003.pdf
  • 山本 哲, 2016: 「百葉箱」の語源について。日本地球惑星科学連合 2016年大会 講演要旨 MZZ32-02 https://confit.atlas.jp/guide/event/jpgu2016/subject/MZZ32-02/detail?lang=ja