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大気のエネルギー、エネルギー収支、「熱収支」(2)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[2016-12-09の記事](以下「第1部」とする)の続き。節の番号も続きでつけることにする。

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エネルギーの流れの量を考えるには、大気を3次元の升目に分けて、ある箱の空気が隣の箱の空気とのあいだでエネルギーをやりとりするように考えるとよい。

エネルギーのやりとりは、大きく分けて、仕事と熱がある。

熱の伝達(英語では heat transfer)には、伝導 (conduction)、対流 (convection)、放射(または「輻射」, radiation)がある。
【わたしは1960年代の小学生のころに子ども向けの科学の本でそういう知識を得た覚えがある。(「エネルギー」や「仕事」について知るよりも前だった。) わたしはこの用語群を「熱伝達論の用語」と認識しているが、「熱伝達論」という学問分科はないようだ。(英語の本の題名などに「theory of heat transfer」という表現をよく見かける。わたしの個人語彙の「熱伝達論」はそれをわたしが勝手に日本語訳したものかもしれない。) 伝熱工学はある。わたしは伝熱工学の専門用語を(まだ)確認していない。ひとまず、わたしが認識している「熱伝達論の用語」と気象学の用語とを使って、両者が同じでない場合はそのことに注意しながら、話を進める。】

熱伝導はあきらかに「熱の伝達」だと言える。物体は移動しないが、ある物体の分子運動(あるいは結晶の格子振動など)のエネルギーが、それに接した物体の同様なエネルギーに移るのだ。流体で、次に述べる「対流」が働く場合は、熱伝導は相対的に小さいので無視できることが多い。大気の場合、熱伝導が重要となるのは地表面から cm の桁の高さまでだけだ。

熱伝達論でいう「対流」は、流体の質量の移動に伴うエネルギーの移動をすべて含む。質量 m の流体が、質量あたり E のエネルギーをもっていて、流速ベクトル v で動いたら、m E vだけの「対流によるエネルギー輸送」があるわけだ。多くの場合は、流体全体としては移動しないで、部分どうしが入れかわる。ある場所で、質量は同じだが、質量あたりのエネルギーが小さい流体が上向きに、それが大きい流体が下向きに動けば、そこでは、正味の質量の動きはないが、「対流」によってエネルギーが下向きに運ばれることになる。

気象学では「対流」ということばをもっと限定した意味に使う([2012-05-28の記事]参照)。熱伝達論でいう対流のうちで、空間規模の大きい流れによるものは、「移流 (advection)」という。空間規模の小さい流れによるものは「乱流輸送 (turbulent transfer)」という。境目は明確でなく、課題によっても変わるが、わたしの感覚では水平規模 1 km ぐらいだと思う。大気のエネルギー収支を考えるとき、移流はいつも重要だ。乱流輸送は、地表面から高さ 1 km くらいまでの「大気境界層」では重要だ(ただし、鉛直方向のエネルギー輸送だけを考えることが多い)。それ以外の「自由大気」では無視できることが多い。(自由大気でも雲の中を細かく考える場合は無視できない。)

放射は電磁波によるエネルギー伝達である。大気のエネルギー収支にとっては、第1部の「- 2 -」で述べたように、大気が放射を吸収するところが大気にとってのエネルギーのsource、大気が放射を射出するところがエネルギーのsinkとして現われる。放射伝達は大気のエネルギー収支とは別のプロセスとして考える。(大気からの放射の射出が気温に依存し、気温は大気のエネルギー収支によって変化するから、両者を連立して考える必要もある。) 放射はいろいろな方向をもつが、気象学での放射伝達の扱いではたいてい、鉛直の上向きと下向きにまとめて扱い、水平方向の伝達は考えない。(とくに精密な計算では3次元の各方向の伝達を考えることがある。)

仕事は、物体が力を受けて動いたとき、力と動いた距離の積である。

大気のエネルギー収支にとって、大気がその外から受けた力による仕事は、問題にならないことが多い。

地表面では摩擦力が働いている。海洋の運動エネルギーを考える際には、この力によって大気が海洋にする仕事は重要なのだが、大気の側では、大気の運動エネルギーの消耗の大部分は大気の内部エネルギーになり、海洋とのやりとりは小さい部分だ。そして、大気のエネルギー全体の収支のうちでは運動エネルギーは小さい部分だ。

しかし、大気の内部で、ある部分が隣の部分を押すことによる仕事は無視できない。

結局、自由大気中の「エネルギーの流れ」として扱う必要があるのは、エネルギーの移流と、大気内部の仕事だ。エネルギーの移流の数量は、大気が単位質量あたりで持っているエネルギーと質量と風速とをかけた形で表現できる。大気内部の仕事も、大気の状態方程式理想気体のものでよく近似できるおかげで、エネルギーの移流とよく似た形で表現できる。両者をまとめて表現するのがふつうなので、仕事の項を仕事として意識せず「熱輸送」に含めてしまうことも多くなっている。

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ひとまず気象学を離れて、初歩的な気体の熱力学の枠組みで、気体の体積変化に伴う仕事を考えてみる。
気体が一方向に動くピストンをもつシリンダーにはいっているとする。ピストンの断面積をAとする。気体の圧力を p とする。気体が膨張してピストンが距離 dx だけ動いたとする。(そのあいだの圧力の変化は無視できるとする。) 力 p A によってピストンは距離 dx 移動したので、気体がピストンにした仕事は p A dx となる。気体の体積変化 dV = A dx だから、気体がピストンにした仕事は p dV とも書ける。
一般に、気体の部分が隣の部分にする仕事も、p dV の形をとる。

ここから気象学の話になる。
気象学では単位質量あたりの量について式をたてるので、体積 V のところは、単位質量あたりの体積(specific volume、日本語では「比容」と言われることもある) α で表現することにする[注1][注2][注3]。また、地球の大気は理想気体でよく近似できるが、状態方程式は、空気についての気体定数 Rair ([2012-03-18の記事]参照)を導入して、次のように書くことにする。

p α = Rair T ... (3)
【式の番号は今後つけかえるかもしれない。】

  • [注1] αは密度ρ[ロー]の逆数なので、わたしはふだんはαを使わず 1/ρ と書いているのだが、ここでは微分形を使うつごうでαを使った表現をする。
  • [注2] αという字はアルベド(太陽放射の反射率)にも使う。大気のエネルギー収支の話でもアルベドが出てくる可能性はあるのだが、ここではその意味ではない。
  • [注3] vは速度に使うので体積の意味では使えない。

大気の単位質量の部分が隣の部分にする仕事は、p dα となるが、状態方程式(3)を使って、次のように変形できる。

p dα = d(pα) - α dp = d(Rair T) - α dp = Rair dT - α dp

単位時間あたりの仕事、つまり仕事率(power)にすると、次のようになる。

Rair dT/dt - α dp/dt ... (4)

(4)の第2項の dp/dt は、p座標ならば、鉛直速度にあたる「鉛直p速度」で、ωと書かれる。(ωという字は角速度に使われることもあるがここではその意味ではない。) この項は、エネルギー収支の式を温度変化の形に書いたときには、「断熱変化の項」と呼ばれることが多い (第3部でふれる予定)。

(4)の第1項は、内部エネルギーの変化 cv dT/dt に比例している。そして、圧力一定での比熱容量 cp = cv + Rair なので、内部エネルギーの変化と体積変化による仕事の第1項とをあわせて cp dT/dt と表現してしまうことが多い。これは(単位質量あたりの)エンタルピーの変化ということもできる。

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わたしの博士論文のうちで、学術雑誌論文(Masuda, 1988)としても発表できた部分では、大気による、各緯度円を通過する南北方向のエネルギー輸送量の年平均値を計算した。材料として使った風・気温・等圧面高度・比湿のデータは鉛直方向に多数の層それぞれの値だが、結果は全層集計した輸送量であり、層に分けた輸送量を求めることは考えなかった。
【下にあげる式(5a) で言えば、< (E + p α) vH >の南北方向の成分< (E + p α) v > (単位はW/m)を、各緯度円で合計した数値(単位はW)を示したのだった。】
【その後、別のデータによって計算した同様な量を[この教材ページ]の図の緑色の線として示した。】

当時、この問題についての代表的文献は Oort & Vonder Haar (1976)だったので、わたしはその定式化に従い、別のデータセットを使って数量を求めたのだった。式の導きかたにちょっと疑問があったのだが、幸い、1987年に、当時Oort博士が勤めていたPrincetonのGeophysical Fluid Dynamics Laboratoryをたずねた際に、当時大学院生(のちChicago大学教授)の中村昇さんから、Oort博士の講義プリントと中村さんのノートを見せてもらい、理解できたと思った。講義プリントよりは簡略化された形だが、同じ議論はPeixoto & Oort (1992)の本にも書かれている。(Peixoto & Oortの本は、数値情報は1992年のものとしても古すぎるところがあるが、エネルギー収支の定式化は他の教科書よりもしっかりしていると思う。ただしエントロピー収支の章の議論は疑わしい。) Oortは、まず z 座標で、運動エネルギー・位置エネルギー・内部エネルギーの相互の変換を含むエネルギー収支の式をたてている。(初めから p 座標でやろうとするとうまくいかない。p 座標が静水圧のつりあいを前提としていることと、運動エネルギーの生成の理屈とが両立しがたいのだと思う。) それから、z座標でもp座標でも通用する形で、鉛直合計した大気全層のエネルギー収支と水平エネルギー輸送の式をたてている。

Oortの定式化による鉛直合計のエネルギー収支の式を、わたしの第1部の(2)式の変形として書くと、次のようになる。ただし、放射の扱いを、放射が吸収されたところで大気のエネルギーsourceになる(射出されたところでsinkになる)のではなく、大気の上下の境界で大気のエネルギーに出入りするとしたので、(2)式にあった「< Eの源 >」の項がなくなっている(鉛直合計のエネルギー収支だからこれでもよいようだ)。地表面でのFには、放射のほかに、顕熱フラックス(地表面では熱伝導、その上の境界層では乱流輸送)と、水の蒸発に伴う潜熱フラックスを含む([2012-04-29の記事]参照)。なお、Oort & Vonder Haar (1976)や Masuda (1988)ではEのうちの運動エネルギー K は省略した式を示している。

∂< E >/∂t + divH< (E + p α) vH> = + 地表面での正味上向きF - 大気上端での正味上向きF ... (5a)
E = cv T + g z + L q + K ... (5b)
E + p α = E + Rair T = cp T + g z + L q + K ... (5c)

(5a)の式の第2項(移流項)では E に p αが加わっているが、第1項(局所時間変化項)では加わっていない。

ところが、他の人による文献を見ると、局所時間変化項にも cp T + g z を含む、つまり、(5a)の形で言えば、局所時間変化項が∂< E + pα>/∂t になったような式も見かける。わたしは、Oortの定式化のほうが正しいだろうと思っているのだが、それに自信がなくなっている。

状態量としての大気がもつエネルギーの値としては、E に p αを加えるのは正しくないと思う。しかし、それの時間変化の式をたてる際に、移流項だけに加えればよいのか、局所時間変化項にも加えるべきなのかは、わたしにはよくわからない。わたしの理解は、次のそれぞれについて、あやふやなところがあるようだ。

  • 熱力学に出てくる変数(とくにエンタルピー)とエネルギー保存の法則との関係
  • 流体の輸送現象の「移流型」の表現(v・grad T のような形)と「フラックス型」の表現(div(v T) のような形)との関係
  • 静水圧のつりあいという近似や、それを前提として p 座標を採用することが、エネルギー保存の具体的定式化におよぼす影響

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次には、大気中の「熱源」に関する定式化、そしてそれに観測データを入れて数値を求める場合に考える必要があることを論じるつもりだが、いくつか文献を確認して考えを整理する必要があるので、なん日かかかる。

文献

  • Kooiti Masuda, 1988: Meridional heat transport by the atmosphere and the ocean: Analysis of FGGE data. Tellus, 40A: 285 -- 302. 出版元ページ(公開PDFあり) http://doi.org/10.1111/j.1600-0870.1988.tb00348.x
  • Abraham H. Oort & Thomas H. Vonder Haar, 1976: On the observed annual cycle in the ocean-atmosphere heat balance over the northern hemisphere. Journal of Physical Oceanography, 6: 781-800. doi: 10.1175/1520-0485(1976)006%3C0781%3AOTOACI%3E2.0.CO%3B2
  • Jose P. Peixoto & Abraham H. Oort, 1992: Physics of Climate. American Institute of Physics. [読書ノート(英語)]