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道に迷っていた人

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

(比喩的にいえばわたしは今も道に迷っている人だが) 近ごろ、実際に道に迷っている人を助ける経験をした。

ある晩、職場を出て近くの交差点のところを歩いていると、別の方向から歩いてきた人がいた。軽くあいさつすると、道をきかれたようだったが、よく聞きとれなかった。ききかえしてみると、S というところに行こうとしているそうだ。S に行くのならば、Q駅から電車に乗って、R駅で乗りかえるのがよい、と説明した。S に向かうのに、どの駅からどの線の電車に乗ったらよいかをあらかじめ確認していないことがちょっと不審ではあったものの、遠くから引っ越してきた人などの場合にはありうるかとも思った。わたしはちょうどQ駅のあたりで(ひとりで)食事をしようと思っていたところだったので、Q駅までいっしょに行くことを申し出た。

その人はおそらくわたしよりは年上だがわたしの親よりは明らかに若く、70歳代の(変なことばだが役所用語でいう)前期高齢者らしかった。歩く能力はじゅうぶんあり、わたしが加減しないで歩いても遅れなかった。ことば(日本語)を話す能力も不自由はないようだった。(外国語話者のようでもなかった。) ただし、話の内容を聞いてみると、朝から(昼からだったかもしれない)予想以上に長いあいだ歩き続けていたらしかった。道に迷いつづけていたのかもしれない。これでは、Q駅まで送り届けても、ひとりでR駅での乗りかえができるか、またS駅に着いてもそこから目的地に行けるのか、だんだん心配になってきた。

Q駅の前まで来て、その人は手さげ袋の中から財布か何かを出そうとして見つからないようだった。わたしが手さげ袋をちょっとのぞきこんでみると、高齢者デイサービスの連絡帳らしいものがあって、氏名、住所、電話番号が書いてあった (ただし住所や電話番号が自宅のものかデイサービス施設のものかは確かめていない)。その住所の細かい地名はわたしが知らないものだったが、大きい地名は、Qから見てRやSとはちがう方向のものだった。

そうすると、その人は、自分がどこに向かっているかを忘れてしまうような症状をもつ認知症をかかえた人にちがいない。デイサービス施設から抜け出した可能性もなくはないが、ありそうなのは、自宅からちょっと出かけて短時間でもどる予定だったのだが、途中で頭の中の予定が「Sに行く」に変わってしまった、ということだろう。

書かれていた電話番号に電話をかけてみようかと思わないでもなかったが、家族が電話に出たとしても会話が成り立つかどうか不安があった。さらに、その連絡帳が本人のものでない可能性さえあると思った。これは、こういう問題の本職にまかせようと思った。それは警察だろうと思った。

幸い、わたしは交番がQ駅の近くにあることを知っていた。わたしはその人をつれて交番に行った。交番には人がいなかったが、警察署へ直通の電話機があったので、電話をかけて事情を説明し、そこで待つことにした。10分くらいして複数の警察官が到着した。警察官たちは、まず、捜索願いが出ている人の情報と照合しようとしているようだった。わたしは、(わたしの)名まえ、住所、電話番号をたずねられたあと、帰ってよいと言われた。わたしが厚意ですでに数十分の時間をさいたことは明らかだったので、それ以上ひきとめるべきでないと考えられただろう。わたしは予定していた外食に向かった。

そういうわけで、結局どうなったのかは知らない。たぶん、電話で家族または介護専門職の人と連絡がついて、迎えに来てもらうか、警察の人が送り届けることになっただろうと思う。しかし、もう少し複雑なことが起きたかもしれない。