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グリッド・グループ論に関する勉強途中の覚え書き

世の人々の間には「ものの考えかた」の違いというべきものがある。ある「ものの考えかた」の人は何かの政策課題に賛成することが多く、別の「ものの考えかた」の人は反対することが多い、といった構造のことはよく起こるだろう。さらに、政策課題についての判断の根拠となる事実に関する情報を信頼するかどうかさえ、「ものの考えかた」によって分かれてしまうことがあるようだ。ここでひとまず「ものの考えかた」という表現をしてみたが、「世界観」(world-view)と言ったほうがよいかもしれない。ただし、世界全体をどう考えるかよりも、自分の行動と世界との関係をどう考えるかが問題になる。これについて、すこし考えてみたことを[別記事]にしたい。

その前に、ひとつの枠組みについてこれまでに知ったことを整理しておく。この件に関してはわたしはまだ代表的文献を直接読んでおらず、誤解があるかもしれない。

わたしが最初にこれに出会ったのは、Maslin (2004)の本の初版(2008年の第2版からはなくなっている)で、気候というものに対する人々のとらえかたを4つに分類し、リスク論で使われている人々の世界観(この字体でかっこ内に示す)と、次のように対応すると考えられる、という話だった。

capricious (fatalist)perverse/tolerant (hierarchist)
benign (individualist)ephemeral (egalitarian)
そこで参照されていたリスク論の教科書的な本をわたしは見ていないのだが、ほかのいくつかの本を見ていくうちに、この世界観の枠組みはDouglas and Wildavsky (1982)またはThompson, Ellis & Wildavsky (1990)が基本的文献であること、grid/group論と呼ばれていることがわかった。ただし、この枠組みを援用する人ごとに、用語やその意味づけが少しずつ違っているように思われた。

基本的文献を読んでみるべきだと思ったが、本を読みとおす時間がとれそうもないので、ひとまず、その最初の提唱者であるらしいMary Douglas (1921 -- 2007, イギリス人の文化人類学者)の著作を検索し、無料でダウンロードできる評論を見てみた。

そのひとつは、Douglas (2007)で、grid/group論の初期を回顧している。この概念を最初に述べた文献はDouglas (1970)だそうだ。「Figure 1. The Grid Group Diagram」にかかれた2×2の表のような形の図式を引用しておく。ただしこのblogの表の表現能力が限られているので、横軸・縦軸のそれぞれの説明も、表の枠に入れたような形になってしまった。

↑[Grid] regulation
IsolatePositional[Group] a general boundary around a community→
IndividualistEnclave
縦軸のgridは規律がきびしいか、横軸のgroupは共同体の内外の区別がはっきりしているか、という意味だと、今のところわたしは理解している。枠の中に書かれた世界観の各タイプをあらわすキーワードが、近ごろ使われているのと共通のものはindividualistだけで、あとは違う。

もうひとつは、Douglas (2003)で、直接にはKahan and Braman (2003)のcultural theory of riskを応用して銃規制問題を論じた論文への批判的コメントとして書かれたもののようだが、むしろDouglas自身のgrid/group論の説明が主になっている。「Figure 1: The Grid-Group Diagram (p. 1354)」を同様に引用しておく。

[Grid] ↑strong regulation
←weak boundary contraints(B) Isolate(C) Hierarchical[Group] strong boundary constraints→
(A) Individualist(D) Egalitarian
↓weak regulation
Cultural Theoryの本をつくったThompson, Ellis, Wildavskyは(B)をFatalistとしているが、Douglasはそう表現することには不満らしく、1970年のバージョンと同じく Isolate を使っている。
なお、Douglas and Wildavsky (1982) Risk and Cultureでは、(B)を除く3つの類型だけを論じており、(D)は(egalitarianという語も出てくるが、おもに) sectarianとしている。【この部分2015-01-05改訂】

さて、Kahanは近ごろ、cultural theoryの流れをくむcultural cognition theoryというものを使っていろいろな問題に関する人々の態度を論じているが、そのうちに気候変動(地球温暖化)に関するものもある。Kahanほか(2012)の論文になった研究が、2012年のAmerican Geophysical Union 大会[2012-12-14の記事]で紹介されていた。そのときはDouglasと同じ2軸4象限の枠組みを使っていると理解したのだが、論文の小さい字のところまで目を通したらそうでなく、individualist, hierarchical, egalitarianはそれぞれ軸の片側の特徴として使われているのだった。(次に示すのはKahanほかの論文のことばによる説明をわたしが図にしたもの。)

↑hierarchical
←individualist*communitarian→
*
↓egalitarian
ただし、Kahanほか(2012)の論文の主要な議論では、「egalitarian communitarian」と「hierarchical individualist」の2つの集団、つまりわたしの図で*印を入れた右下と左上の象限だけがとりあげられている。
わたしの印象としては、この図の縦軸がgrid、横軸がgroupに対応し、KahanがDouglasと同じことばを使っていても、その意味のほうがずれているのだと思う。しかしこの推測は正しくないかもしれない。

文献

  • Mary DOUGLAS, 1970: Natural Symbols. Barrie & Rockliff the Cresset Press. Penguin (Pelican Books)版もある。[わたしは読んでいない。]
  • Mary DOUGLAS, 2003: Being fair to hierarchists. University of Pennsylvania Law Review, 151: 1349 -- 1370. http://scholarship.law.upenn.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=3215&context=penn_law_review
  • Mary DOUGLAS, 2007: A history of grid and group cultural theory. Toronto, Canada: University of Toronto. http://projects.chass.utoronto.ca/semiotics/cyber/douglas1.pdf .
  • Mary DOUGLAS and Aaron WILDAVSKY, 1982: Risk and Culture. University of California Press. [読書メモ(2015-01-05追加)]
  • Dan M. KAHAN & Donald BRAMAN, 2003: More statistics, less persuasion: A cultural theory of gun-risk perceptions, 151 University of Pennsylvania Law Review 151:1291 -- 1327. [わたしは読んでいない。]
  • Dan M. KAHAN, Ellen PETERS, Maggie WITTLIN, Paul SLOVIC, Lisa Larrimore OUELETTE, Donald BRAMAN & Gregory MANDEL, 2012: The polarizing impact of science literacy and numeracy on perceived climate change risks. Nature Climate Change, 2, 732–735. http://dx.doi.org/10.1038/nclimate1547
  • Mark MASLIN, 2004: Global Warming: A Very Short Introduction. Oxford University Press. [読書ノート]
  • Michael THOMPSON, Richard ELLIS & Aaron WILDAVSKY, 1990: Cultural Theory. Westview Press. [わたしは読んでいない。]